文官採用試験の合格者が正式に発表された。
今年の合格者はフェイ一人、ということになったらしい。
「トータルでの受験者も百人はいなかったんですよ。
年に一回の、身分差を超えられる試験であるなら、もっと多いかとも思ったのですが」
「文官は足りてるから無理に採用する必要はないって言ってたものね」
この世界において平民は政治などに関わることは許されない。
関わりたかったら貴族になる必要がある。
そして貴族は世襲制では無く、当主が貴族でも子どもは平民扱いになる。
準貴族位も持つことはできない。
「ここ百年ほどの合格者はほぼ全員が魔術師枠の子ども上がりですよ。
貴族の子弟には真剣さがありません」
と、ソレルティア様が教えて下さった。
生活と生きるのに精一杯の平民が貴族などになろうと思う程、向上心を持つことはあんまり無いらしい。
試験を受けるのは親に命じられた、大貴族家や貴族家の『永遠』の息子、娘が殆ど。
でも彼らの多くは試験にやる気を持たない。
だって合格したら仕事しなくちゃいけなくなるし。
それは魔術、勉強を収めた子どもの方が合格率は高いだろう。
必死さの度合いが違うというものだ。
「やはり、皇王陛下のお名前とお力は強いですね。
フェイに関する問い合わせや動きがピタッと止まりました」
リードさんが感心したように教えてくれた。
正式な叙任と任官は、騎士試験が終わってからだけれど、準貴族位を得る事になったフェイに無理は言えなくなったようだ。
やっぱり皇王陛下のお名前は本当に強い。
だけど…
「ちょっと、心配だなあ」
「何がです?」
「ううん、こっちの話」
皇王陛下の思いを聞いて、頼もしく思いながらも少し、心配になったことがあるのだ。
でも、私のような子どもが国王陛下の心配をするのも不遜な話。
今日は調理実習だからその後で、ティラトリーツェ様でも伺ってみよう。
と思っていたら。
「マリカ。ちょっと時間を貰えるかしら?」
終了後、逆にティラトリーツェ様の方から声をかけられた。
あれ? 後ろにソレルティア様も一緒。
なんで?
「ソレルティアは王宮に入ったころから、私も王子も目をかけているの。
皇子はお抱えの魔術師を持っていないしね。
色々世話にもなっているわ。彼女から相談を受けて、貴方達に確かめた方がいいと思ったのよ」
私の疑問を読み取ったようにティラトリーツェ様は説明して下さる。
「何を、でしょうか?」
「それは、館に戻ってからね」
「解りました。私も、ちょっと伺いたいことがあったんです」
第三皇子の館に戻った応接室の中で
「アルケディウスは全世界で見ると、反神国と思われていますね」
ティラトリーツェ様は、まず私の質問に答えて下さった。
そろそろ妊娠四カ月。かなりお腹のふくらみもはっきりとしてきている。
「え? それって大丈夫なんですか?」
思ったよりはっきりとした返答に、私は目を丸くした、と思う。
反神国、なんて言われたら神の力で不老不死を与えられたこの世界で、色々とヤバイのでは?
というか、この間のフェイにかけて下さった言葉を聞いた時に思っていたのだ。
あの場にいた人物は、ソレルティア様と副官、私とフェイとガルフ、皇王陛下と側に仕えていた文官長。
限られてはいるけれどそこそこ人目のある場所で、あんなに神批判、というか精霊国支持を口にしていいのかなって?
魔王国と精霊国、今は同一視されてるっぽいのに。
「皇王陛下のお考えと態度は、不老不死以前からの事ですから仕方ありません。
反神国、というより精霊重視の国、というのが正しいかしら?
勇者と共に魔王を倒した皇子そのものが、神との仲は最悪ですし。
世界の国々の神の崇め方もそれぞれですよ。アルケディウスは精霊より。アーヴェントルクなどはガチガチの神国ですね。全体で見るとプラーミァやエルディランド、春夏の国精霊信仰が強く、秋冬国アーヴェントルクやシュトルムスルフトなどは神を強く崇めている感じですね」
「神を崇めないって怒られて、不老不死を消される、とかないんですか?」
それが一番の疑問で心配。
シュルーストラムやフェイの話からして、身体の中に入れられた神の力を取られれば不老不死者も死に至るようだし。
「明らかに叛逆しない限りは無いと思うわ。
神は不老不死者の数が減るのを嫌がるの。極悪な犯罪者もよっぽどでない限りは矯正を受けて税を治めさせたりするくらいだから」
「それに、下手にそのような事をすれば神に対する不安や疑心に繋がるでしょう?
簡単にできることでもないようですし」
一国の王様やその住民を、少し神に不満を持つくらいで処分したらせっかく安定していた世界が大揺れになるだろう。
同じ理由で真実を知るライオット皇子も殺せない。
皇子が国民や、国なんかどうでもいい、と勇者伝説の真実を告げたら大騒ぎになる。
間違いなく。
「神が何よりも望んでいるのは変わらぬ安定。
人々から税以外の何かを搾取している。
安定が壊れる事でそれが失われることを何より恐れているようだ、と皇子は言っていたわ。
私には意味がよく解らないことですが」
前にフェイもいっていたけれど、神は人間からやる気や生きる気力を奪っているらしい。
食を失った人はそれに抗えず、何もしない、できないまま現状を甘受し続ける。
食の復活からまる一年以上。
神からの圧力とか関与は意外なほどに無いけれど、どう思っているのだろうか?
とりあえず、まだこちらからは下手に仕掛けられない。
神の現状とか、目的とか何も解っていないのだし。
「ティラトリーツェ様 アルケディウスの神殿って今、どのくらい人がいるんです?」
「神官が三十名ほど彼らは徴税官も兼ねています。
下働きが二百人くらい。護衛騎士や戦士が三十人くらいかしら。
詳しい数は解りませんが」
護衛、意外に少ない。
まあこういう事情下で神殿を襲う人もそういないか。
「まあ、大めに見られているとはいえ、一国の王が反神を大っぴらにしているというのは対外的良い事はありません。言うまでもないことですが吹聴する事の無いように」
「勿論です」
「では、次は私の話でいいかしら?」
話の区切りを待って下さっていたのだろう。
ソレルティア様が、待ちかねていた、という顔で私を見る。
前のめりに近寄って来る手には杖が握られているけれども、その眼は真剣で怖いくらいだ。
「なんでしょうか? 私に解る話でしょうか?」
「力が戻ってきたのです。杖が前以上にいう事を聞いてくれるようになりました。
貴方達、何か心当たりはありませんか?」
顔にはなるべく出さず、でもホッと胸を撫で下ろす。
良かった。
どうやらシュルーストラムの力を貰ったソレルティア様の杖は無事、元気を取り戻したようだ。
「存じません。ソレルティア様のお力が戻ったか、それとも杖との絆が深く結ばれたのではないでしょうか?」
「杖との…絆、ですか?」
「兄は、杖にも精霊が宿っていると常々申しております。術士はその杖に気に入られることで力を発揮できるようになる、と」
「杖に、精霊…ですか? それが私…術士を気に入る…と?」
「それに先の戦でソレルティア様のお力が弱まっているとは思えない、とも言っておりました。
であれば、杖とソレルティア様の絆が結ばれた事で、力が戻ったのではないかと思います」
杖の精霊が力を失っていたとか、それに力を注いだとか、貸を作るような事は言わなくていい。
杖の精霊はソレルティア様に力を貸したがっていた。
私達はそれにほんの少し手を差し伸べた。
ここから先はソレルティア様と、杖の精霊の問題だ。
「力と思いが通じなくなって、杖を見限ろうとした私だというのに、杖は、彼は私を見捨てないでいてくれたのですね」
強く杖を胸に抱きしめるソレルティア様。
「誓いましょう。もう二度と、杖の交換など考えないと。
貴方の終わりが私の終わり。どうか最後まで、側にいて下さい……シュティルクムンド」
彼女が杖の名前を呼んだ瞬間、だった。
杖から、爆発するような青銀の光が弾けた。
「え?」
「わあっ!」
驚く私とティラトリーツェ様の前で、杖はソレルティア様の手から離れても倒れることなく直立に立ち、ふわりと幻のような影を映し出す。
青銀の髪、蒼い瞳の杖の精霊。
「…シュティルクムンド?」
呆然としながらも彼の『名』を呼んだソレルティア様の手を、彼、シュティルクムンドは恭しくとってキスをする。
まるで騎士が姫君に忠誠を誓うよう。
夢見るがごとく美しい光景だった。
シュン、と風が集まる音がして気が付けば彼の姿はもうどこにもなく、杖はソレルティア様の手に戻り握られていた。
さっきまでより明らかに、強い力と光を発して。
「今のは…一体?」
「心に浮かんだ言葉を呼んだのですが………もしかして杖の精霊の名?」
「私も、存じません。後で兄に聞いてみますね」
私はそう答えたけど、多分、ソレルティア様にはもう言われなくても解ってると思う。
「ありがとう。私の杖。シュティルクムンド…。
どうか、許す限り、私と共に在って下さい。私は生涯、貴方の良き友でありたいと思っています」
杖を、強く、愛し気に抱きしめる彼女には、きっと…。
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