この世界は大きな円形で、雛菊に近い形をしている。
あくまで体感でではあるけれど東西南北で約2500~3000km弱の円に近いだろうか。
で本州の半分くらいの大きさの国が七枚。
花びらのように丸く連なっている。
そしてその中央を繋ぐ、花芯部分が大聖都。
一つの国を縦に北から南に縦断すれば十日近くかかる。
横に横断すれば七日程度。
各国の王都は国の中央から、少し大聖都寄りのところが多く、アルケディウスの王都からプラーミァの王都まで約七日かかった。
プラーミァ王都から、エルディランド王都まで約五日。
王都同士は街道がかなり整備されていて、行きやすいように思う。
私は他の国にまだ行ってないけれど、距離感は大よそ同じくらいらしい。
ただこれは王家の性能のいい馬車で、盗賊などの心配も無いから出せたスピードで、実際のキャラバンなどはもう少し時間がかかるということだった。
つまり…
「特殊な手段を使わない限り、アーヴェントルクが一週間前に決まり、まだ五日と経ていないマリカ様の『神殿長就任』を知る筈はないのですが…」
到着日の夜。
王城に到着した私達使節団上層部は、滞在の為の準備を下の人達に任せて早速の作戦会議と相成った。
「特殊な手段?」
馬車が主要交通手段、電車や車など望むべくもない世界。
情報の伝達は私が想像するよりも、かなり遅いと思う。
ただ、精霊が存在し、魔術が使えるので裏技的手段はいくつかある。
「精霊術の転移陣、精霊術士の転移術。後は早馬などを使った高速伝達方法など」
「アルケディウス限定ならドライジーネも最近は使われるようになってきてるがな。
馬の疲れとかを気にしないで済むから、中近距離の情報の伝達に限っての事なら早い、と話題になって目端の利く商人が軍からいくつか買い取ってた。
夏の戦の時、俺も使ったんだ」
「へえ? そうだったの?」
ドライジーネは自転車の原型となるキックバイク。
ゴム製タイヤもチェーンも無いから本当に慣れが必要だけれども、第三皇子が気に入って軍の技師などに改良を命じてた筈だ。
「クリスの足とドライジーネを併用させてな。
クリスはドラジーネに慣れているし、フェイにも補助を頼んだら森の中でも相当に早かった。
斥候役には最適だったと思う」
「まだ相当に高額ですが、近い将来一般の人々にも利用される日が来るかもしれませんね」
風の精霊術が使える精霊術士がいれば転移術が一番早い。
ほぼ絶滅危惧種の精霊術士は当然、貴族王族に使われるだろうから、転移術よりもドライジーネの発売、流通の方がまず間違いなく早いと思う。
と、話がそれた。
「後は、大神殿が転移門を使って、各国の神殿にマリカ様の『神殿長就任』を知らせた。
これだったら、まあ一番安心もできます。
一番最悪なのはアーヴェントルクが、独自の情報網でアルケディウスの情報を集めているとかですが…」
「どうして?」
「アルケディウスは今、『新しい食』をはじめとする様々な技術がマリカのおかげで急速に発展して行っています。
今年からはエルディランドとの契約で製紙、印刷も始まるでしょう。
それらの情報が知らないうちに流れていくかもしれない、ということですから」
一度世に広まれば、知識というのは止めようも無く広がっていく。
ある意味それは仕方ない。
むしろ食に関しては広がって貰った方がいいものもある。
ただ『新しい食』が上から下に流れ、広まり、定着するまでに変な海賊版は作られたくないのも事実だ。
今の所、各国とも正式な手段で買い取りを検討してくれているけれど、今はゲシュマック商会やその他にレシピはだいぶ広がっているし、手間とお金を惜しんで独自入手をどこかが目論んでもおかしくはない。
国では無く、大きな商会とかも。
「アルケディウスに戻ったら、情報の流通について改めて確認して貰った方がいいかもしれませんね」
「でも…さ」
アーヴェントルクの間諜がアルケディウスに潜入しているかも。
というのは確かに怖い話だ。
でも
「何か目的があってアルケディウスを調べているなら、それを言わない方が良くない?」
そう。
なんでヴェートリッヒ皇子がそれを私に言ったのかが解らない。
アルケディウスの秘密情報を知っているぞ。
なんて言ったら相手は警戒する。現に私達は警戒している。
情報だって集めにくくなるだろう。
わざわざ言う必要なんて…。
「…実は、ヴェートリッヒ皇子は父皇帝と不仲、という話を聞いたことがある」
「え?」
ぽつりと、呟いたのはリオンだ。
「噂に聞いただけだから確かじゃない。
ただ、皇帝陛下に唯一の王位継承者として厳しく厳しく育てられた、と聞いた事があるんだ。
同腹の妹姫は『聖なる乙女』として我が儘放題に育てられた一方で、皇帝が兄皇子を褒めているのを見たことが無い、と言われているとか…」
「それは、戦場での情報ですか?」
他国に注意を払っていなかったのはアルケディウスも同じで、私の親善訪問まで各国の王位や、国の状況などは殆ど情報を持っていなかった。
だからリオンがそんな情報を持っていた事に、フェイはきっと疑問を持ったのだろう。
「そればかりではないが…まあ、そんな感じだ。
実際、剣の腕にも優れ、不老不死前は弓の名手とも言われ、戦では毎年アルケディウスを倒す采配力やカリスマもある。
でも国での皇子の評価はそんなに高くないらしいぞ。
女好き、遊び好きの放蕩皇子ってな」
「アドラクィーレ様も、王位継承者よりも『聖なる乙女』である妹姫を可愛がっている。って言ってたものね」
私はここ二日間見て来たヴェートリッヒ皇子を思い出す。
第一印象最悪のウマしか皇子だと思っていたけれど、案内役の仕事は真面目。
素直に自分の非を認められるし、お礼も言える。
デリカシーなくグングン踏み込んで来るかと思えば、故国の風景を褒められて喜ぶ優しさ、繊細さもあって。
本当に掴みどころがなく、くるくると見るたびに印象が変わる万華鏡の皇子様…。
あれって、もしかしたら…。
「アーヴェントルクは敵国。
でも、その中で味方になってくれそうな存在がいるとすれば、ヴェートリッヒ皇子じゃないか、と俺は思う」
「リオン…」
同じように私の感情や思いを無視して求婚してきた大聖都のエリクスにはあからさまな敵意を見せていたのに。
戦で戦ったからなのか。
随分と態度が違うな、と素直に思った。
「マリカは嫌かもしれないけれど、悪い方向ばっかりで見ないでやってくれないか?」
「リオンが、そう言うの?」
「勿論、婚約者として結婚しろとか好きになれっていうのは、論外だけどな。
彼が、俺に手合わせを願ってきたら容赦なく倒す。
実力者ではあるけど、プラーミァのグランダルフィがどうしても届かないくらいの力量じゃない」
やっぱり、剣の実力はあるのか。
リオンは各国の戦士達には素直に敬意を示すタイプだし。
グランダルフィ皇子よりも上、というのはかなり高レベル。
まあ、年齢とかその他も色々あるのだろうけれど。
「解った。
とりあえず、第一印象は捨てて、もう一回良く皇子のことを見てみる。
明日の舞踏会では他の皇家の方達ともお会いする事になるわけだしね」
「そうしてやってくれ」
そうしてやってくれ。
やっぱりリオンはヴェートリッヒ皇子になんだか当たりが柔らかい。
何か好意を持つような何かがあったのかな?
でも、今は人目も多いし、ちょっと聞けそうにない。
そう言えば以前にも似たようなことがあった。
麦酒蔵のエクトール様。
あの方も私達の秘密を知っていることを、同じような感じで声をかけて下さった。
自分達はお前の味方だと、こっそり表明して下さったあの時と同じなら…。
パパンと手を叩いて、空気と気持ちを切り替える。
「この話は一度、ここまでにしましょう。
明日の舞踏会に向けて準備しなくてはならないことがたくさんありますから」
衣装の準備、お茶や飲み物の準備、その他色々。
やらなければならないことは山積みだ。
「ミュールズさん。
先に私はお菓子の準備などをしておきます。
衣装やその他についてはお任せしてもいいですか?」
「解りました。でもあまり火や灰の匂いが付かないようにお気を付け下さいね」
「気を付けますが、気になるなら明日の衣装の下に、香油を含ませたペンダントを付けるとか、どうでしょうか?」
「それは良い提案ですね。ならシャンプーや口紅は香りの無いものにしましょうか?」
「随員達も舞踏会に参加する者は、皆シャンプーを使っておくといいかもしれませんよ」
アドラクィーレ様の忠告を思い出す。
「強気で、自分は負けない、上だ。と顔を上げていろ」
俯かず、自分の全力を惜しみなく出す。
先手必勝だ。
明日から、いや、もう既に夜国との戦いは始まっているのだから。
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