【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 伝えたい知識

公開日時: 2023年5月30日(火) 08:55
文字数:3,056

 アルケディウスの孤児院で最初の出産が行われた。


「こんなに……親切にして頂いたのは初めてです」


 無事出産を終え、赤ちゃんを抱いたお母さんはそう言って泣いてたっけ。

 皆が不老不死で、子どもに未来を託さなくていい世界。

 それでも男女の営みはあって、女性の体内には通常より確率は低いとはいえ、子どもはちゃんと宿る。

 世界そのものが子どもの存在を望んでいない社会では術で流すのが一般的で、そのお金さえ無い人は密かに出産し、産み捨てる事が殆どだと聞いた。

 そんな状況下では、出産時に見守られ、助けて貰ったり労わられたりすることさえないのかもしれない。


「胸を張って下さい。貴女はアルケディウスに新しい宝を齎したのですから」


 私は嗚咽を隠せない彼女をそう慰めた。


 出産直後の女性は、身体に大きな傷を負っているのと同じ。と学生時代の母子健康についての授業で習った。

 そのダメージは一説には交通事故と同じくらいだという。


「皆さん、お母さんには産後一週間はゆっくりと身体を休めさせてあげて下さい。

 その後も暫くは二刻ごとの授乳とか、かなり大変なので孤児院全体で助けてあげて下さいね」


 私は出産の立ち合いの後、孤児院で働く人達にしっかりとお願いした。

 中世は母子保健もまだ確立されていなかっただろうし、家事労働などでのんびりしていられる状態では多分、無かっただろうけれど、だからこそ周囲の協力は大事。


 子ども達が夜眠れないとかになるとそれはそれで可愛そうなので、赤ちゃんとお母さんの部屋は寝室などがある場所とは別棟にして、サポートの女性について貰っている。

 出産を控えた女性などに担当して貰えると、自分の時の練習にもなるし、いいと思う。

 落ちついたら、子ども達にも協力して貰って孤児院全体、できれば地域、町全体で母親を護り、子どもを育てていく。


 この辺は最初にシステムとして確立させておきたい。絶対に。


 そしてもう一つ、やりたいことがある。



「お母様。これを出版したいと思うのですが、いかがでしょうか?」


 私は出産立ち合いの翌日、推敲を重ねた原稿をお母様に提出した。


「これは……出産の手引書?」 

「はい。コリーヌさんにも助言を頂いて、製作しました。できれば早急に印刷してプラーミァに送りたいのです」

「プラーミァに? ああ、フィリアトゥリスが身籠ったとの知らせがありましたね」

「はい。折に触れ励ましのお手紙は出し、お話もしているのですが、間に合うなら出産前にお贈りしたくって……」


 プラーミァにも先日、通信鏡が届いた。

 魔術師さえいればノーコストなので国王陛下がよくかけて来るけれど、それと同じくらいにフィリアトゥリス様も


「ご相談したい事があるのです。マリカ様」


 と連絡を寄越す。

 内容はやはり妊娠中後期の体調の変化、出産の不安など。

 年齢が固定されてしまっているので、フィリアトゥリス様は肉体年齢十五~十六歳。

 かなりの若年出産になる。

 出産は若いうちがいいとは言われているけれど、未成熟の身体での妊娠出産は不安だろうと思うので、知る限りで相談に乗っていた。

 ただ、通信鏡ってどうしても電話、だからね。

 情報は流れて行ってしまう。

 流石にFAXは無理なのでちゃんと文章にして本にしたものをお送りしたいと思ったのだ。


「自分で妊娠した訳では無いのに、良くここまで詳しい知識がありますね?

 妊娠日数など私自身そんなに気にしていなかったわ。

 これも、貴女が転生前にいたという異世界の知識?」

「はい。子どもを預かる上で必須の知識として学びました。

妊娠期間は十月十日、とこちらでも言われていますけれど、実際はそんなに長くありませんし、人によって差もありますから」


 向こうでの知識に加えて、こちらでのティーナ、お母様、孤児院での出産などの経験も踏まえて思いつく限りの注意点などを記したつもりだ。


「フィリアトゥリス様の妊娠が、私達の訪問と同時期であるのなら、出産はおそらく空の一月、もっと早まる可能性もありますし」


 初産は難産になることも多い。きっと不安だろうと思う。


「……いいでしょう。

 丁度、ユン殿が指揮した製紙工房が先日完成してね。冬になる前に試験運転を開始したいという話があったの。

 話をして、アルケディウス最初の紙で作って贈ってあげてはどうかしら?」

「お母様! 名案です!」


 早速、ユン君、クラージュさんと印刷工房に話をしよう。

 急げば見本誌を今月中にフィリアトゥリス様にお贈りできるかも。


「……この本は」

「お母様?」


 浮かれる私は、ふと、真剣に文章に目を走らせていたお母様が噛みしめるような声を溢した事に気が付いた。


「最終的には王家など一部の人間だけが読むのではなく、各家の女達が。

 最低でも妊娠出産に携わる者達が心配な時に開いて、目安とするものにするのがいいように思うのです。

 男性には理解して貰えないことだろうけれど、女にとって赤子を体内に宿すという事、身体が変わっていく、ということはとても、不安で心細いことですから。

 特に初産だったり、不老不死になったことで妊娠出産の知識が途絶えたりして周囲に相談する者がいないと気持ちが滅入ってしまいますからね。

 こういう本があると、きっと心強いと思うわ」

「……ありがとうございます」


 リオンが、以前言っていた。

 向こうの世界で学んだ知識をこちらに持ち帰る事が、転生した私の役目だったのだ、と。

 だとしたらこの女性を助ける知識は、最優先で伝えていくべきことだと思う。


「でも、貴女がいた世界の知識、というのは本当に凄いわね。

 男性と女性が交わる事で子どもができる、は解っていても、この精子と卵子? 

 男女の体内にある子どもの源が合わさってできるとか、一体、誰がどうやって知って確かめたの?」

「さあ……本当にどうやって知ったんでしょうね?」


 向こうの世界では常識になっていることだけれども、遺伝子とか、赤血球とか白血球とかがん細胞とか。

 今考えても、どうやって人の身体の中でそれらの仕組みが働いていると、誰が見つけ証明したのか不思議になる。

 妊娠出産は経験則が伝わって来ていたのだろうけれど。

 きっと何百年もの間、人間は不思議に思った事を疑問のままにせず、記録して調べて。

 助けとなる機械を作り、協力し合って知識を見出し、伝承してきたのだと思う。

 不老不死になれば医学はいらないと言われるかもしれないけれど、人間の身体、生命の神秘は人の根幹、生きる柱となるものだ。失わせてはいけないと思う。


「そういえば、魔王城には精霊古語で書かれた文書が多くあるそうです。その中には医学、人体の仕組みなどに関わるものもあるとか」

「魔王城の図書はできることなら精査して、世に出してくれると嬉しいわ。

 通信鏡のように人の生活を便利にしたり、出産の仕組みのように人を助けたりする知識があるかもしれないから」

「フェイと相談して、頑張ってみます」

「貴方達しかできないことですからね。大変とは思いますけれど期待しています」


 その後、お母様から皇王陛下、皇王妃様に話が通り、何人かの校正を経た後、アルケディウス産、木材紙の第一弾で妊娠出産についての書物が印刷された。

 まだ印刷機は試行錯誤中だし、イラストも多いから今回はガリ版印刷。

 最初の一冊はアルケディウス王宮の図書室に収め、初期刷りの中でも特に綺麗に印刷できたものをプラーミァに早馬で、私からのプレゼントとして、香料とか出産に必要そうな品と一緒に送った。


 少しでもフィリアトゥリス様の役に立てばいいのだけれど。

 そんな事を考えている間に風の二月も終わろうとしている。


 空の一月。

 秋の戦はもう目の前だ。


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