「ただいま、みんな~」
「お帰りなさい。マリカ姉~」
約一週間ぶり。私が魔王城に戻るといつも通り、子ども達が迎えに出て来てくれた。
「リオン兄!」「セリーナお姉ちゃんもおかえり~」
「カマラ姉ちゃんもお疲れ様~」
「あ、ピュールもいる。久しぶりだね」
元気な子ども達の笑顔の中をちらっと見やっても、私が探している顔は無い。
「みんな、レオ君はどうしてる?」
「レオならお城の中だと思うよ~」
「としょしつが好き~。オルドクスもいっしょ~」
「そっか、ありがとう。
私、ちょっと着替えて来るね。後でゆっくり遊ぼう?」
子ども達と約束してから、みんなに目くばせする。
「……セリーナ、カマラはゆっくり休んで。リオンはちょっと、ついてきてくれるかな?」
「ああ」
「解りました」
「ありがとうございます。あ、皆さん。お土産があるんですよ~」
私達のやりたいことを察して子ども達を誘導してくれたセリーナたちに感謝しながら、私とリオン、そしてピュールは勝手知ったる魔王城を歩いて行った。
プラーミァの祭りが終わった夜。
正式に、私のものになった精霊獣ピュール、の中のアーレリオス様が私に声をかけてきた。
夢の中で。
「大神殿の中では基本、私は出てこないと思っておけ。レルギディオスの結界がキツイからな」
「封印されていても結界って残ってるんです?」
「既に作られて切り離されたものは残る。我々が封印されていた時も最低限の国の守りや国境の結界などは残っていた筈だ」
今更、なんだけど、国境には精霊神様が作った緩い結界があるのだそうだ。
その気になれば、精霊神様には誰が結界を出入りしたか解るし、国境の結界を強化して外の人間を完全に入れず、出さない事もできる。
基本的にこの世界における七国は、神様同士が仲良しで侵略戦争とか無い世界だから今ある結界はホントに緩いもので、出たり入ったりするのにペナルティはない。ただ、国境超えの転移術だけはトラブル防止の為、人間の術師にはできないようになっているのだとか。
「そういえば、ジャハール様、フェイの結婚式の時、アマーリエ様を連れに国境吹っ飛ばして転移術使ってましたっけ」
私の身体で。
あれはかなりハードだった。ヘルメット無しオートバイで吹っ飛ばすような印象で最初は死ぬかと思ったもんね。
「精霊であるなら、国境があっても転移術が使えるだろう。
具体的にはお前とリオンだな」
「リオンはともかく、私は転移術使えませんよ?」
「術式を知らないだけだ。できる素質はある。というか封印も解けた今は、もうできるのではないか?」
「できる……んですかね。やったことないですけど」
「ジャハールが、レルギディオスにくれてやった術式を、奴はリオン、正確にはマリクに譲り渡した。ステラがリオンを得た時、その術式も得た筈だから、お前の中にもステラは入れていると思う。
そうでなくてもジャハールに身体を貸して、術式の使い方を見たのだろう? 使い方を思い出してトレースすればお前も転移術が使える筈だ。まあ、色々と加減が難しい術式だからいきなり使うのは止めた方がいいと思うが」
「リオンも昔は、転移できるのは自分だけで、周囲の人を守れなかったって言ってました」
「精霊は精霊の力を使う為の耐性があるが、普通の人間には無いのが普通だ。空間の転移に身体や精神がついていかないこともある。どうしてもの時以外は安全な転移陣や魔術師の転移術を使っておいた方がいい」
「解りました。ありがとうございます」
でも、いざという時の為に練習はしておいた方がいいかな?
とはちょっと思った。万が一、タシュケント伯爵家に誘拐されそうになった時のようにピンチの時、転移術ができればみんなに迷惑をかけずにすむ。
「それから、次に魔王城に行くときには私も連れていけ。
レルギディオスと話がしたい」
「構いませんが、今、魔王城の島にはレオ君、リオンの弟がいるんですよね。ナーバスになったりしていないといいですけど」
「リオンの弟? いたのか?」
「ああ、アーレリオス様もご存じなかったですか? 魔王降臨後に生まれたリオンの後継だったらしいですから、仕方ないかもです」
アーレリオス様が目を瞬かせた。
魔王マリクが人々を闇の側から纏める役だとすれば、フェデリクス・アルディクスと呼ばれた彼は、『神』の代行者として神殿を纏める役目を担っていた。
子どもの姿のまま、成長を止め、傀儡である『神官長』を動かして大神殿に影から君臨していた人物だ。
一度リオンに殺されて、アルケディウスに転生。
色々あって、今は魔王城でお母さんであるステラ様と話をしている筈だ。
そう言えば、どうなっただろう?
「プラーミァの大祭が終わったら、直ぐにアーヴェントルクに呼ばれているんですけど、数日は時間が頂けると思うので、魔王城にいっしょに行きます?」
「そうさせてくれ。レルギディオスを説得して結界を解かせたい。
ついでに奴が本当の意味で改心して、星の維持に協力してくれれば色々と楽になる」
「向こうの魔王城に眠っているという子ども達も目覚めさせてあげないといけないですしね」
私も、レルギディオス君と話をしたい。
対話は大事だ。直接の封印に加担した張本人だから拗ねて聞いてくれない可能性もあるけれど、その時はステラ様に相談しよう。
「なるべく早く話ができるといいな」
「解りました。フェイやリオンと相談してできるだけ早く行くようにしますね」
「頼む」
そうして私達は、魔王城に戻ってきた。
レオ君をステラ様に預けてから約一週間、孤児院の皆と約束した期日ももう目前に迫っている。
一度連れ帰る約束はしているから、どんな結果が出ていても孤児院に戻すつもりだ。
彼はお母さんであるステラ様との会話を経て、どう変わっただろう。
少し心配になりながら、廊下を歩く。
目当ては図書室。
「マリカ、ちょっといいか?」
「なあに? リオン」
二人きりになったのを見計らってか、リオンが話しかけて来る。
このタイミングでの話はレオ君のことについてかな?
「機会が無かったから、言いそびれたんだけれど、孤児院のフェデリクス、レオについて。
あいつは今、精神が破損している状態なんだ」
「精神が、破損? そんなことがあるの?」
私は思わず立ち止まってリオンを仰ぎ見る。
廊下での歩き話に聞くにはかなり、真剣な話だ。
「より、正確に言うなら、魂と、精神の一部を分け与えている、だな。
神官長エレシウス。お前にはフェデリクス・アルディクスと名乗っていた奴がいただろう? あいつの傷ついた魂を匿って、自分の一部を分け与えているんだ」
「いつから?」
「神官長の葬儀の後、間もなく。お前が大神官になって直ぐだ」
「でも、レオ君が大聖都に来た事なんてなかったでしょ?」
「リタ孤児院長がお前に呼ばれて、大聖都に来たことがあっただろう? あの時、付いて来たんだ。犬のぬいぐるみに宿って……」
「! あの時!」
そういえば、そんなことがあった。リオンが犬のぬいぐるみを預かっていたことが……。
でもまさか、魂を他のものに宿らせるなんて……。
と、言いかけて思い出した。足元のピュール。これも精霊神様の端末。
魂と精神を別のものに宿らせていると言える。
「あいつは、戦闘力が無い分、そういう事に関しては器用なんだ。
で、死んだあと、行き場を見失って彷徨っていたエレシウスの魂を、自分の魂を分けて何時も抱いている犬のぬいぐるみに入れて保護している」
「だから、いつも孤児院でぼんやりしているの……。ステラ様が力を分けたっていうのはそういうこと?」
「ああ、エレシウスに分けた分の魂をステラ様が補ってくれているから、今は元に戻っていると思う。子どもの姿をしてはいるけど、五〇〇年、神殿を率いた精霊に」
精霊、ナノマシンウイルスを扱う力を持つ者の総称。
現在、人型精霊と呼ばれるのは私と、リオン。そしてレオ君の三人だけだ。
「あいつが、ステラ様と出会い、どう変わっているかは解らない。
でも気をつけろよ。奴は五〇〇年以上の間、たった一人『神』に寄り添ってきた『息子』なんだ」
「リオンが、そう言うの?」
「俺だから、言うんだ。あいつと俺は言わば、同型機。だからな」
リオンはきっぱりと、そう言い放つ。
たった一人の同じ血を引く『弟』
でも、リオンは気にかけ大切に思う反面、必要ならばまた容赦なく殺すのだろうか?
そんなことはさせたくないな。と思いながら、私は丁度たどり着いた図書室の前に立つ。
子ども達が言ったように人の気配。
中に誰かいるのは間違いなさそうだ。
「レオ君、いる~?」
「はい。おります。どうぞお入りください」
少年、というか子どもの澄んだソプラノに促され私は扉を開ける。
本棚の森の中。
そこにはレオ君がいた。
城の守護精霊と精霊獣を引き連れて。
「え? レオ君?」
「お帰りなさい。マリカ様」
数日前と、いや孤児院にいた時と驚くほどに違う落ち着いた微笑みをその瞳に浮かべて。
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