【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 無の少女

公開日時: 2023年1月30日(月) 07:23
文字数:3,380

 私は仕事柄割と子どもの年齢の見分けはできる方だと思っている。

 子どもの外見や発語を見れば、何歳くらいかは解るつもりだ。

 その経験から察するに、今、目の前で膝をついている子は4歳くらい、いいとこ5歳。

 幼稚園年少から年中組だ。

 どんなに鯖を読んでも、年長組にはなっていない年頃。

 そんな子どもに膝をつかせ、挨拶を言わせる時点で、私はプッツンしてしまった。


「こんな、子どもを神殿では働かせているのですか?」

「育てる者のいない廃棄児です。

 拾い上げ、居場所を与えているだけでも神の温情であると存じますが?」


 怒りに声を荒げた私に、言っている意味が分からないとマイアさんは首を傾げている。

 そうだった。

 そういう世界だった。この世界は。


「『聖なる乙女』の用を成すものはできる限り穢れ少なく、邪な心を持たない者であることが望ましいので、いつも子どもが選ばれ、教育されます」

 

 多分、買収とかの心配がなく言われたことを素直にやるからとか、他の理由もあるにはあるのだろうけれど。

 やっぱり嫌だ。

 だって、この子、この暑いのに長袖を来てる。

 そして服の裾から覗いているのだ。

 赤い蚯蚓腫れやひきつりが。


 少し痩せ気味、マイアさんを見る目に微かな怯えも見える。

 きっといろいろ辛い目に合わされて来たのだろう。


「顔を上げて下さい。

 貴女のお名前は?」

「なまえ?」

「いつも何と呼ばれていますか?」

 

 名前を付けて貰えなくてオルデ(ゴミ)と呼ばれていたノーアルの件もある。

 黒髪の女の子は少し躊躇うような表情を見せると


「……ネア……です」


 小さな声でそう応えた。

 伏せられた紫の瞳。

 意図して、私と同じ色合いを持つ少女を選んだのかもしれないけれど、それだけにお父様に救って頂く前。

 厩で怯えるように生きて来た頃の自分を思い出して、胸の奥が痛くなる。

 

「ネア?」

「この仕事をする子の総称ですわ。いないもの。いなくなるモノ。

 無意味、無価値。そういう名です」

「え? いなくなる?」

「この子が神殿に召されるのは礼大祭の間のみです。

 終わった後は、『神』にお返しするのが通例。

『聖なる乙女』がお望みであればお引渡しすることもありますが」


 仕方ない、という顔で教えてくれるマイアさんの言葉に、私は頭が真っ白になった。

 儀式の後、神に返す?

 つまりは殺す?


「ダメです! 止めて下さい。

『聖なる乙女』が希望すれば引き取れるなら、私が引き取ります!」


「『聖なる乙女』?」


 少女の前に膝をついて私は、ぎゅっと抱きしめる。

 ダメ。ゼッタイ。

 こんな小さい子に仕事をさせて、使い捨てて殺すなんて絶対にさせない。


「解りました。

 先例もありますし、問題は無いでしょう。

 神官長に申し述べておきます」

「え?」


 意味が解らない、というように目を瞬かせるネアちゃんと私は瞳を合わせた。


「礼大祭の間、お仕事をお願いします。

 私の書く手紙を、アルケディウスの仲間の所に届けて下さい」

「はい。それがわたしのやくめ、ですから」

「大丈夫です。アルケディウスの皆も、子どもが多いし、優しい人ばかりですから。

 そして、嫌じゃなかったら、礼大祭の後、私と一緒にアルケディウスに行きましょう」

「いいんですか?」

「ええ。そこでは仕事は在るけれど、勉強したり友達と遊んだりできます。

 誰も、貴女を苛めたり叩いたりはしません。どうですか?」

「許されるなら……行きたいです」

「決まりですね」

「ネア。『聖なる乙女』の寛大なお心に感謝するように」

  

 マイアさんの言葉に、ビクリと身を震わせたけれど、彼女の目には喜びの光が見える。

 良かった。

 喜怒哀楽の感情が、まだ消えてない。


「ミュールズさん。私が着て来た服は洗濯に出したと言ってましたけど、アクセサリーはありますよね」

「はい」


 ミュールズさんが出して来てくれたアクセサリーの中から、私は花の飾りピンを取り出すとネアちゃんの前に差し出した。


「その飾りピンは、フリュッスカイトで作られ、アルケディウスで流行している品なので今、多分大聖都ではそんなに持っている人も付けている人もいないと思います。

 だから、アルケディウスの人達はそれを見れば、貴女が私の遣いであることが直ぐに解って、優しくしてくれると思います」

「スゴイ……。きれい……。

 これを、私が付けていいんですか?」


 目を輝かせるネアちゃんのこめかみの上にそっと付けてあげる。

 艶は無いけど、きっと儀式の為に洗われたのだろう。

 汚れは少なく見えた。


「何か、誰かに酷い事をされそうになったら、私の用をしているのだとハッキリ言って退けて下さい。

 今は、ここに閉じ込められている身なので、大したことはできませんけれど、貴女の事は、叶ず、私が護りますから……」

「あ、ありがとうございます……」

「少し待っていて下さいね。今、アルケディウスに向けて手紙を書きます。

 マイアさん。

 大祭の間、ネアちゃんをアルケディウスに置いて貰う様にしてもいいですか?」

「……本来であるなら、用事が終われば神殿の下働きに戻るのですが、姫君がお望みであるのなら……」

「望みます。

 ネアちゃん。夜はアルケディウスに泊って下さい。

 こちらにいる時は、退屈しのぎに私の話し相手になって貰えると嬉しいのですが」

「身体をお安めになることを、優先して下さい、と申し上げた筈ですが。

 まあ、それで、姫君が心安らかにお過ごしになられるのであれば……」

「ありがとうございます」

 

 マイアさんは大きなため息をつきながらも許してくれる。

 私が、この監禁生活に不満たらたらだったのが解ってたから、少しでもご機嫌取りになればと思ってくれたのかもしれない。


 私は大急ぎで二枚の木板に手紙をしたためる。

 一枚目には私の現状とこれからの打ち合わせ。

 こちらは不自由はあるけれど、なんとかやっていること。

 今の所、身体に不調も無い事、そちらで困っていることとかがあれば教えて欲しい事などを。


 二枚目には、ネアちゃんの保護についてお願いした。

 礼大祭が終わったら引き取りたい旨と、面倒を見て欲しいという事を書いてネアちゃんに渡す。


「ネアちゃん。

 これをアルケディウスの宿舎にもっていって、リオンという人に渡して下さい。

 きっと、良いように取り計らってくれますから」


 ネアというのが役職名なら、後でちゃんと名前をつけてあげたいと思うけれど、今はあんまりやり過ぎるのも拙いかもしれない。

 私が潔斎に入っている間は何もできないし。

 できる範囲で彼女を護る。その手はうっておくけれど。


「わかりました」

「では、行きなさい」

 

 丁寧にお辞儀をして、去っていくネアちゃん。

 仕草は凄くきれいだ。多分、今日の為にキツく躾けられたのだろう。


「姫君は子どもを愛し、尊重すると聞いておりましたが、あのような廃棄児にも目をかけられるのですね」

「子どもは未来を創る、国の宝ですよ。

 大事にするべきものです」

「既に、この世は『神』の恵みを受け、良き形で完成されております。

 これ以上、作るべき未来は無いと存じますが」


 いかにも『神』の信徒らしいマイアさんの言葉。

 でも、この世界が『良い形で完成』されているなんて思わない。

 少なくとも私は。


「世界は、もっと住みよく良いものにできると思いますよ。

『神』もそれを望んでおられるのではないでしょうか?」


 今は本気で議論までしないけれどね。



「では、姫君はどうぞお休みを。

 沐浴のお疲れも出るころかと思われますので。

 私は、神官長に先程の質問についてや、その他の報告をして参ります。

 決して奥の院から出られまぬように……」


 そう言ってマイアさんは外に出てしまった。


「外に出ようにも、鍵をかけられてしまっては出られないでは無いですか!」


 カマラはぷんぷんしてたけれど、まあ怒っても意味がない。

 ここは向こうのホームなのだ。


「でも、確かに身体が冷えたせいで疲れたかも」

「大丈夫ですか?」

「そんなに具合が悪い訳では無いです。ちょっと怠いだけ」


 心配してくれる二人に手を振って私は立ち上がる。


「少し寝てきます。カマラとミュールズさんはできる仕事とか、訓練をしていいですよ」

「ありがとうございます!」

「ゆっくりとお休みください。カマラ女官長や、ネアが戻りましたらお知らせします」

「お願いします」


 寝台に戻った私はそのまま、寝落ちした。

 ピュールが心配そうに鼻を寄せてくれるけど、構っている余裕はあまりない。

 まだ、朝だというのに、なんだか疲れた。

 ドッと疲れた。

 

 本当に……先が思いやられる…よ。


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