「え? アルにファンがついている?」
そんな話を聞いたのは久しぶりの本店勤務。
ジェイド達との会話から、だった。
ここ暫く麦酒探しとか、そこから単を発する調理実習とかその他、本当にどったんばったんの日々が続き『新しい食』のマニュアル作りとかも忙しくて、ずっと本店に顔を出すことができなかった。
でも、ジェイド達本店の子ども達はどんどん成長していて、店はまったく問題なく動いている。
本店の魔術担当はエリセ。
私もフェイも忙しくてなかなか側についていてあげられないのだけれど、アルがサポートに入ってくれて、今は店にも街にも慣れてきて
「お仕事、楽しいーよ。もらったお給料で、今度ミルカお姉ちゃんとリボン買いに行くんだ」
と楽しそうである。
秋の戦の前に騎士試験と文官試験があるので、なんだかんだで忙しくなった二人、リオンとフェイの代わりに屋台店舗の護衛はアルとグランが受け持っているのだけれど
「最近、アルは人気があるんだ。特にご婦人達に」
我が事の様に、楽しいし、嬉しいと言った風情でグランは微笑む。
前はあからさまに優遇されている、と私達にどうしても固い態度だったガルフの店の少年達は、今では随分と打ち解けて話してくれるようになった。
特に、本店に滞在する事の多いアルは接する時間も多いからだろう。
みんなと仲良くなっているようだ。
良きかな。
ではなく。
「ほら、金髪で緑の瞳。アルフィリーガと同じ色だろ?
加えて強くて優しい良い子だってな」
「勇者の化身じゃないかって言ってる人もいたな」
「でも、アレだろ。本物の勇者の化身は大聖都に…」
「それくらいいい子だって」
困っている人を放っておけない性格で、荷物運びに苦労している露店のご婦人の荷物を持ってあげたり、探し物を手伝ってあげたりしているという。
話を聞くだけで光景が見えるようだ。
アルの良さが知れて人気になるのは私も誇らしい。
でも…
「最近はアル目当てに屋台店舗を探す御婦人とか、アルが今日はいないのか、って聞いて来るやつもいるくらいでさ」
「アルの様子を聞いてくる人?」
それは…まさか?
「強いよな。アルフィリーガと同じ色って。羨ましい」
「色のせいばっかりじゃないだろ。アル本人の実力、っていうか魅力だろ?」
少年達の素直な雑談を聞きながら、私は嫌な予感が頭から離れなかった。
「ああ、解ってる。自分でもやりすぎだったって思ってるさ」
店が終わって業務も終わって、閉店後の帰り道。
男の子達に聞いた話をアルにすると、彼は素直にそう頷いた。
「ただでさえ、アルは目立ちますからね。
今注目のゲシュマック商会の店。
子どもでも腕のある護衛、そしてアルフィリーガと同じ色の少年とくれば、アルフィリーガの再来、なんて話になるのは予想できたことです」
「…うん。外に出られたのが嬉しくて、はしゃいだのは認める」
「人手が足りないとはいえ、あまり店の外に出るべきでは無かったかもしれません。
どこに彼の眼があるか解りません」
唇を噛みしめるアルをフェイが静かに諌める。
『彼』というのは以前、アルが王都にいた頃『主人』だった貴族のこと。
確か名前はドルガスタ伯爵。
国境付近の領地を治める大貴族の一人で、大貴族としての順位は高くなくても普通の貴族とは一線上の権力者。
しかも第一皇子の派閥で、第三皇子に不信感を持っているらしい。
言葉は厳しいけれどフェイが私達を心配してくれているのは解る。
「でも、それで言ったら家から一歩も出られなくなっちゃうよ。
もうアル、として神殿に登録されてるし、他人の空似とかで誤魔化せない?」
「…相手が本気でアルを取り戻そうとするとなると、難しいかもしれませんね」
「だな」
苦虫を噛み潰したように顔を見合わせる二人。
私は首を傾げずにはいられない。
「? どうして?」
「ああ、マリカにはちゃんと言ってなかったか? オレ…」
「しっ! 誰か来ます」
応えてくれようとしたアルをフェイの手が遮る。
大路の向こうからこちらに向かって歩く人影。
あ、子どもだ。珍しい。
この一年で、店の子達とファミーちゃん以外には始めてみたかも。
お仕着せっぽい服を着た十二~三歳くらいの男の子がこちらに向かって歩いて来る。
フェイやリオンと同じくらいかな?
キレイ、というわけではないけれどもちゃんとした服を着ているから、どこかの家で使われている子、なのだろう。
端正で綺麗な顔つき。
どこの家の子かな?
困ったことされてないかな。いい家で働かせて貰っているかな?
そんな保育士モードになって、その子を見ていたから気付かなかった。
アルの変化に。
「アル?」
「どうしたの? フェイ?」
「なんだか、アルの顔色が…」
見れば本当に立ち尽くす、アルの顔色がおかしい。
血の気が引いて真っ白だ。呼吸もおかしい。
荒く、ハッハと小刻みに揺れて、火の二月。真夏だというのに極寒の雪の中にいるようにブルブルと震えている。
「どうしたの? アル? しっかりして!」
「アル? どうしたんです? アル?」
私達が慌ててアルに近寄り、支えようとするその横を少年は、わき目もふらず歩いていく。
こちらを一瞥もしようとしはしない。
けれど…
『……………!』
「「え?」」
何かが聞こえた。気がした。
まるで刃のような、音にならない音。
それ私達の間を駆け抜けたと同時。
「アル!!」
がくんと、アルの身体から力が抜ける。
棒が真っ直ぐに倒れるように、アルは必死で支えるフェイの腕の中に崩れ倒れていた。
幸い、家までそう遠くなかったのでフェイが抱えてなんとかアルを家まで運ぶことはできた。
けれどアルの顔は真っ白、さっきに比べるとまだマシだけれどもそれでも、本当に辛そうに見えた。
熱はない。むしろ手や指先は血が通っていないんじゃないかと思うくらい冷たい。
なのに全身から湧き出す様な脂汗が凄い。
髪の毛など水をかぶった様にべったりと濡れて頭に貼りつている。
今まで、食生活や衛生、健康状態には気を付けていたこともあり、リオンの怪我と精霊力の暴走以外では、誰かが身体に変調をきたしたとか、倒れたとかはないので、正直どう対処したらいいのか解らない。不老不死の世界なので、病院もないしお医者さんもいない。
フェイはリオンやガルフ達を迎えに行ってくれたけれど、多分、役に立つ知識は出てこないだろう。
だって…
「これ、多分、病気とかじゃないな」
それはなんとなく理解ができる。
風邪とか、発熱とか、胃腸炎とか身体に変調をきたしての症状じゃない。
そういうのであれば、保育士の経験から見ればある程度解る自信はあるから。
だから多分、心の問題。
心理的に大きなダメージを受けて、それが身体に現れているのだと私は見た。
「少し、汗を拭いてあげようかな?」
体格は同じくらいだし、介護実習で教えて貰った古武術風介護術はお役立ち。
ベルトをとって、シャツのボタンを外す。服がはだけられると、蚯蚓腫れのような傷が無数に見える。
これは、知っている。
知っていても怒りが湧き出てくることは別問題だけれど、大きく深呼吸。今は胸の中に押し隠す。
かつてアルは希少能力者として貴族に所有され、酷い目に合されていたことは聞いていた。
『飼われていた』と本人ははっきりと言うくらい、そしてリオンとフェイが命がけで助けようと思うくらい、酷い状況であったのだろう。
成長期の子どもに、この傷は引きつって痛いだろうな。と思いつつそっと、丁寧に、キズが痛まないように汗を拭く。
身体の前面を拭き終え 荒い息を繰り返すアルの背中に手を当て、身体を起こさせた。
その時、気付く…。
「えっ?」
アルの背中の丁度中央、心臓の真裏。
当てた手がそれに触れた。周囲の傷より深く抉れたそれに。
支える手の力が抜けてしまったせいで、アルの身体はパタン、と二つ折りになるように前に倒れた。
だから、余計にはっきりと見えてしまった。
背中に深々と焼きつけられた黒い紋章。
呪いのようにアルに刻まれた、所有の刻印が。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!