長い、長い、夢だった。
「これが、この星『アースガイア』誕生の物語よ」
白い、純白の空間に私は一人立っている。
ううん。一人じゃない。
各精霊神様達のおわす空間とよく似た無重力の異次元空間には、振り返れば今、もう一人いる。
「ステラ様……」
黒髪、黒い瞳。白いレオタードドレス。
優しい微笑みの星子ちゃん。
ううん。この星の母神、ステラ様だ。
「ここは、疑似クラウドと呼ばれていた、ナノマシンウイルスが作る電脳空間ですか?」
「そうよ。私はここに意識を接続させているにすぎないけれど、現実世界の肉体を捨て去った『精霊神』様達は、普段はここで意識を休めておられるみたいね。
プライベートを守るって、おっしゃって、一応それぞれの領域は区切られているわ。
今はネットワークを繋ぎ直したので、この空間の中であれば自由に移動や会話ができるみたいだけど」
「じゃあ、この会話も聞いておられます?」
「多分ね。閉じる?」
「いいえ、いいです」
私は首を横に振った。私が何を知って何を思ったか、理解して頂くには丁度いい。
大きく深呼吸。
私はステラ様と目線を合わせる。
「私は、異世界からの転生者じゃなく、アルと同じ、地球で受精した最後の地球人。
能力者であった北村真理香とアーレリオス様。シュリアの娘、なんですね」
「そうよ。
ただ、最初のインストールの時に気付いただろうけれど実はそれだけじゃないの」
「はい。この星に生まれる筈だった、人間の魂も合成されている、と」
「ついでに先代までの『精霊の貴人』の知識と制約。真理香先生の人格データも入っているわ。魂的にはかなり酷いキメラかも」
ごめんなさいね。と視線で訴えながらステラ様は苦笑に顔を歪めた。
「地球から持ってきた真理香先生の卵子。
それが全ての王家と、エルトゥリアの『精霊の貴人』の祖です。でも不思議な事にね、卵子を保存してあった精霊神様が、自分の保存精子で受精、育成させても、精神というか、魂が生まれなかったのよ。卵子だけでクローン培養しても同じ」
肉体は試験管の中で培養させて、大人まで成長させることができる。
でも、何故かできたのは肉体だけ。それを動かす為の人格、精神が宿ることは無かったのだという。
「仕方ないので、精霊神様は自分の精神をコピーして。私は真理香先生の人格データからAIを生成して身体を動かしたの」
導き手のいない子ども達が、全くの新天地で苦労しているのを見て、精霊神様達はなんとか作った人間の身体で地上に降りて、精霊の力の使い方や文明の基礎を教えた。
子ども達が住む為に作ってあった神殿を、故郷から持ってきた王城に作り直し、子孫である王族が、子ども達を導くように王の精霊石やアイテム、知識も授けた。
「ただ、いきなり地球の文明を全て再建させるのは無理でしょ? 素材的なものや技術的なものもあるし、銃や爆発物とかは戦争の火種にもなる。
避難してきた子達の多くが、ナノマシンウイルスについてや地球滅亡について細かい事情を知らされていなかったことや、長期の冷凍睡眠で、思考がぼやけているのをいいことに、私達は子ども達が地球の続き、ではなく自分達で新しい世界を作れるように情報を意図的に操作したの。
特に火薬は作り方を教えることを絶対にしなかった。
ナノマシンウイルスを『精霊』としたのもその一環ね」
「解る……気がします」
地球の文明は色々と便利過ぎた。
一から作り直そうと思うと相当に難しい。
一歩一歩、地道に階段を上っていくしかない。
「勿論、全てを奪うつもりは無かったから、製鉄、製布などの工業、農耕、文字、言語、計算など。
最低限の技術や精霊術の使い方は知らせたし、書物という形で地球の知識を残しもしたわ。
だから、今は火薬も製法が伝わっているしね。
皆さんが頑張ってくれたから、大地は相当に実り豊かだし、体内のナノマシンウイルスのおかげで少なくとも餓死はしないようになっているし、ナノマシンウイルスが身体に上手く適合して所謂『能力』を得た子もいたし。
精霊の力を使う術式は暫く、王家の人間の特権にしていたけれど、普通に生きるにはそんなに苦労しない筈だったのよ。
ただ、人間の業というか、欲望というかは想像以上で。精霊神の監視の目が無くなると好き放題始めちゃって」
ステラ様は困ったわ、というように息を吐き出して見せた
人間同士の争いは生まれ、国同士でのトラブルも発生するようになった。
精霊神様達は、争いの無い平和な世界を目指していたようだけれど、地上に子孫を残し力を使い切って休息していた間に、子ども達はかなり暴走し始めた。
「子どもを育てるって本当に難しいと実感したの。
自主性を重んじるのと、野放しにするのは明確に違う。子どもには適切な管理と教育が、愛情と同じかそれ以上に必要なのね」
シュトルムスルフトとプラーミァの戦争や、私は知る機会が無かったけれど、エルディランドでの血で血を洗う王位争奪戦など、子ども達の暴走は精霊神様達やステラ様を悩ませた。
「で、そんな最中、行方知れずになっていたレルギディオスがこの地にたどり着いたってわけ。
彼が旅の中でどんな苦労をして、この星を見つけ、何を思い、どう考えたかは解らないわ。
ただ、想像はしていたけれど、私達が翼を捨て去り、この星に根付いたことに激おこでね」
「激おこ」
こういうところ、現代っ子だなと感じる。
まああくまで私の感覚で、実際はもう現代も何もないんだけど。
彼は問答無用と言わんばかりに疑似クラウドで身体を休めていた精霊神様の人格プログラムを封印して『神』として降り立った。
自分の『子ども』や配下を『神官』現世利益を与える精霊術使いとして動かし。そして本当の意味での我が子『マリク』を魔王として動かしたのだという。
「そこから先は、正直な所、子どもの教育方針の相違による夫婦喧嘩みたいなものかも。
だって、あいつ! 私と彼の子どもを目覚めさせたあげく、魔王なんかやらせたのよ!」
魔王の出現によって、人々は人間同士での争いを一時停止させた。
精霊神を封印したり、精霊の力や人々の気力を奪い始めたこともステラ様を怒らせたけれど、何より『神』が我が子を孤独にし、悪役を押し付けたことが逆鱗だったようだ。
「私の城と領域は、万が一の時に備えて疑似クラウドには繋がっているけれど、他の精霊神様達と経路を作っていないの。だから、あいつも私に接触できなかったみたいでね。
私を徹底的に避けて、会話も拒否して勝手をやらかしてくれたのよ」
だから、ステラは本格的に自分の端末として真理香先生の授精前卵子をクローン培養。
『精霊の貴人』を作り上げた。彼女は意志を持たない人形のような存在で真理香先生の人格データを基にしたAIで稼働。精霊国の女王として人々の上に立ち、人型精霊としてその力を示した。
最初は指示に従うだけの人形のようだったAIは何度か転生を繰り返すうちに、徐々に人間らしさを獲得していったけれど。
「最初は精霊神様達に預けていた、私担当の子ども達もその頃には一部を引き取って、私の城を守る『精霊国エルトゥリア』を作って貰ったの。
その過程で、最初の『精霊の貴人』に仕えてくれたこの星生まれの男の子がいてね。
優れた戦士だったんだけど、死の直前に言ったのよ」
『どうか、僕を『精霊』にして下さい。死しても貴女にお仕えしたいのです』
「その子が海斗先生にそっくりで……、あと彼との交渉が進まないことに困っていたのもあって、私は彼を死の直前に、ナノマシンウイルスでバイオコンピューター化したの。
それがこの城の最上階にいる彼。
そして、今のリオン、そしてある意味貴女のベースになった人物ね」
「リオンと、私のベース、ですか?」
私はホントにホントに、ずーっと昔。
最上階でオルドクスの封印を解いた時の事を思い出す。
精霊達の長、とシュルーストラムが言っていた巨大な精霊石。
彼がここに関わってくるとは……
「私は『精霊の貴人』に命じて魔王と戦わせて、四世代目でやっと魔王を倒したの。その影には彼の力が大きかったわ。この星で生まれた最初の『精霊』は生まれ持っての適正もあったのでしょうけれど、地球から連れてきて、後に王家に預けた『精霊石』よりも強くなったわ。
精霊達は彼を『長』と仰いだくらいに。
そして、私は魔王を、自分の息子を取り戻す為に、酷い手段をとったの」
「酷い手段……ですか?」
「そう。我が子である魔王を父親であるレルギディオスの影響から引っぺがす為に、あの子の魂とこの星の子どもである彼の魂を融合させたのよ」
「融合?」
首を傾げる私の前で、ステラ様は頷いた。悲し気で寂しげで、心から申し訳なさそうな顔をして。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!