最終的に、私アルケディウス皇王家の皇女マリかは大聖都と各国の要請を受けて大神殿の巫女にして神官達を統べる長、大神官に就任することが決まった。
大聖都の新体制については色々話し合い、前任者の死去により空位となった神官長にはアルケディウスの神殿長、フラーブが当面の間、繋ぎの長として立ち、落ち着いてから試験を行ったり能力や人脈などを総合的に判断して決めることになった。
「私のような者が繋ぎとはいえ、神官長など恐れ多いことで……」
とフラーブは尻込みしていたのだけれど、
「私はこれから、大神殿始めとする神殿組織全体を改革していこうと思うのです。
その為にはアルケディウスの改革の先導をした貴方の力が必要なのです。手を貸してもらえませんか?」
とお願いしてなんとか了承してもらった。ちなみにこの神官長位。
「最終的には僕が乗っ取るのもありかもしれませんね」
フェイが実は興味を示している。
「僕は不老不死の解除ならできますから」
不老不死は『神』の欠片を体内に入れそれを媒介にして不変の術を発動させる精霊魔術の一つ。『神』の属性を持つ『精霊の力』が無いといけないけれどあれば、フェイにもできないことはないのではないかと思うと言う。
「信仰心が問われるというのであれば無理ですけれど、実技や知識で決めるのであれば何とかなると思います。とりあえず、大聖都の図書館の本は全部目を通しておきますよ」
にっこりと微笑む姿は恐ろしくも頼もしい。
実際問題としてフェイは今後、『皇王の魔術師』を解かれ聖なる乙女付き魔術師として大聖都に括られることになる。転移術使いの魔術師として私以上に厳しくアルケディウス以外の国への出国、行動が制限されるから、それくらいしてもらってもいいかもしれない。
リオンは大聖都で私直属の守護騎士に。
大聖都にも偽勇者エリクスを崇めていたプライドというか建前があるので勇者の転生であることを公にはしないけれど解る人は解るって感じ。
表向きは大神殿の守護騎士として騎士団長の指揮下に入るけれど、私に関することは最優先で独立した行動を許されることになる。
カマラ、セリーナはそのまま私付きの護衛&侍女して残留。
アーサーとクリス、アレクは魔王城に返そうかと思ったのだけれども
「リオン兄達と一緒にいる!」
「マリカ姉、もう僕の演奏いらないの?」
とうるうるされてしまったのでリオン達の従者扱いで大聖都所属となった。
ヒンメルヴェルエクトから派遣されたソーン君はそのまま残留。
エルディランドのユン君、クラージュさんもアルケディウスから派遣された皇女の護衛ということで大聖都に移動してもらえそうだ。
「私も手続きが終わり次第こちらに移動して参ります」
ミュールズ女官長も約束通り、一緒にいてくれるという。
ミリアソリスは主である侯爵の許可を得てから。同じ理由でクレスト君も一端アルケディウスに戻ることになる。
ヴァルさんはリオンに代わり、アルケディウスの街の護民兵を率いる。
ウルクスとゼファードもアルケディウスに戻る。特にウルクスは家族がいるからね。
ただプリエラは。
「私はカマラ様と一緒に残ります」
と主張したのでカマラの従卒兼騎士見習いとして大神殿に残ることになった。
ウルクスは少し寂しそうだったけれど。
大神官就任の儀式は、神官長の葬儀の前に行うことになった。
何せ神官長の交代も、大神官の就任も前例が無いのでどういう風に儀式をして良いか解らない。パート2だ。
色々話し合った結果、神官長の就任式は省略。
これは繋ぎで直ぐ変わる可能性があるからという意図もある。
そして大神官任命の儀式は神官長が、神殿長就任の時の儀式に近い形で行うことになった。
数日の間に大聖都中に告知を行い、式典の準備をする神殿の人達も大変だけれども、私達の方も衣装の準備や手順の確認で大忙しだった。
衣装そのものは神殿長就任の時のものを直した白い舞用ドレスに、チュニック。
飾りも前より増えて、金銀のチェーンジャラジャラ。さらには神殿側から紅いマントが用意されてまるで戴冠式の王様のように豪華。完全に衣装負けしているよ。
「神官長の上に立ち、神殿を統べる御方の御衣裳です。神官長より粗末であっては困ります」
と女神官マイアさんは随分と力が入っていた。
今後は普段の身支度などはミュールズさん。神殿関係の窓口はマイアさんということになりそうだから、仲良くはしておきたいところなのだけれど。
そんな慌ただしい準備の中。
私は夢を見た。
「勘違いするな」
白い空間の中、一人佇む『彼』がいる。
私を見ている。
けれど身体は指一本動かない。声も出せない。
同じ空間にいるように見えるけれど、前の時とは違って明確に違う場所にいるのだと解る。
「賭けに破れたとはいえ……お前達を認めた訳では無い」
彼の口調も、眼差しも苦々しげで毒に満ちている。
親しみとか、愛着とかそんなものは欠片も感じることはできない。
けれど。
微かに何かが宿っている。彼も何かが変わったのでは、と感じるのは能天気に過ぎるだろうか?
「私は、この星の人間などどうでもいい。
『神殿』など円滑に力を集めるシステムを作る為の道具に過ぎない。世界中の人間が支配下にはいり、安定して力を手に入れられるようになった今は不要でさえある。好きにすればいい」
負け惜しみのように吐き捨ててて彼は、空を仰ぐ。
純白の空間。どこまでも続く白以外。何も見えはしない。
けれど……。
「私、いや俺達のいるべき場所はここではない。
約束した。
だから、帰るのだ。あの場所へ。俺はその為にはどんなことでもする。
裏切りの仲間達と袂を分かち、奴らの大事な子ども達を蹂躙する事さえ辞するつもりはない」
彼には見えているのかもしれない。
遠く、帰るべき場所。
『神』も『精霊神』様の仲間であるというのなら、それは地球の筈だ。
彼はこの異世界から、地球世界に戻りたいのだろうか?
「二年。時間をやろう」
(「え?」)
突然の宣告に目を瞬かせる私に向けて彼はふん、と不機嫌に鼻を鳴らして見せる。
「二年間の間、貴様らの望み通り神殿を預ける。
せいぜい努力して、この星を、民達を力づけるがいい。
星の表面は奴らに取り返されたとしても、住人共の殆どは私の支配下にある。
貴様らがこの星の人間達に力を与えれば与える程、私に集まる力は多く、強くなるからな」
ああ、そういうことなのか。
今更ながらに『神』が一度は奪った筈の『食』の復活を望んでいる、と言った神官長の言葉の意味が理解できた。
人々が逆らわないようにする為に、気力を奪う為に不老不死を与えたけれど。
創造の楽しみもなく、食の喜びもない、ただ永遠に同じ日々の繰り返しでは意外に『気力』が集まらなかったのだ。きっと。
「無論、魔王達もお前達の前に立ちふさがる」
魔王!
その言葉を前に私は聞きたいことがたくさんあったのだけれども。
どうしてあんなことをしたの? とかノアールを返して、とか魔王エリクスはどこにいるの? とか。
でも、そんなことは十二分に解っていたのだろう。
彼は私に質問の余地どころか、声の一言さえ許してはくれなかった。
「あれらは、なかなかにいい道具になった。
使い潰しても何も傷まないしな。
自由にさせることにした。
奴らはお前達を自分の意志で襲いに来るはずだ。本物になる為に」
ただ、自分の思いを告げるだけ。嗤うだけ。
「私は帰る。
お前達を連れて、子ども達と共に。かの地へと」
揺るがない決意。
「……死なせるつもりは無かったが、私に命を捧げ、夢に準じたあいつの為にも。
子ども達の為にも、私は諦める訳にはいかないのだ」
地球に帰る。
でも、本当にそんなことが可能なのだろうか?
そして、どうして私達が必要だというのだろうか?
「二年間。それが貴様らの最期の自由時間だ。
せいぜい名残を惜しみ、堕ちた子らに土産を残してやるがいい」
私の疑問に一つも答えをくれないまま。
唐突に夢は終わる。
けれども、私にはそれが『神』の白紙委任。
もしくは挑戦状に思えたのだった。
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