秋の大祭は、滞りなく開幕した。
この世界で行われる祭りは年に二回の夏と秋の大祭。
夏至の礼大祭は大聖都のものだけで、あとは新年にちょっとしたお祝いをするくらいで基本的には夏、秋の大祭が人々にとっては最大のイベントだ。
『不老不死前、『神』と魔王が来る前は年に一度の収穫祭が一番のお祭りだったかな?
あとは、やっぱり新年と年終わりの成人式とかだね』
と言っていおられたのはアルケディウスの『精霊神』ラス様。
『当時は奉納の舞も祭りだけ、とかではなくもっとこまめにやってくれていたんだ。
僕たちも、今よりはもう少し彼らと親しく、巫女ポジの『聖なる乙女』を通して助言したり力を貸したり、ね』
昔は比較的、『精霊神』と人々は近い存在であったようだ。
フリュッスカイトでは端末を残していたりもされていたようだし。
ただ、それは今から五百年+数百年だから千年近く昔の話。
……もし、本当に『精霊神』様が元人間だったとしたら、寂しいとか辛いだろうな、とちょっと思ったけど、それは口に出さず、リオンにエスコートしてもらい、私は神殿の奥殿に向かった。
先導してくれるのは王勺を手にした皇王陛下。去年までは神殿長だったのだけれど、今年は私が神殿長だから。副神殿長のフラーブは奥殿で楽師であるアレクと一緒に膝をついている。
今までの祭りの奉納舞は、配偶者の男性以外は付き添いが許されなかったのだけれど
『別に気にしないよ。見たければ保護者も一緒に来れば。
シュヴェールヴァッフェ。お前が来るなら王勺も持ってくるといい。
約束を手っ取り早く片付けてやれる』
と『精霊神』様本人がおっしゃったので、今回は皇王陛下が同伴だ。
お父様も来たがっていたけれど一度にあんまりたくさんの人間が奥殿に入るのは良くないだろうと遠慮したらしい。
女性は原則として舞の時は『聖なる乙女』以外立ち入り禁止なのだとか。
そっちも『精霊神』様的にはどうでもいいと言っていたのだけれど。
『『聖なる乙女』が主役となる舞台だからね。それを食うような大人の女性は控えておくのは奥ゆかしさってものじゃないかな?』
だって。なるほど。
新しい舞の衣装に、お母様から頂いたプラーミァのサークレット、それにリオンと『星』からの贈り物の指輪を身につけ、すっかり光を取り戻した精霊石に一礼する。
今日は精霊獣は傍にはいない。聖域で見ている、っておっしゃっていたから本体のところに戻っているのかも。
膝をつき、ゆっくりと一礼。
それから舞い始める。
胸で組んだ腕を交差しながら上に、くるくると回転させながら、上に上げていき、そこから両手をゆっくりと広げていく。
緩やかな音楽に合わせて丁寧に、精一杯。
思いを込めて舞う。
送り足からの雪受け。
体の方向と手の動き、指先まで神経を使い、大きく手を回す。
「細かい所作を一つ一つ、丁寧に行うことを意識することで、舞全体の格が上がっていくのですよ」
舞の名手、アドラクィーレ様はそうおっしゃっていた、
何百年もの間、舞手として勤めてきた彼女の後を継いで、まだ本格的にこの世界で舞い始めて、まだ一年足らずだけれど、その気持ちだけはしっかりと受け継いでいきたいと思っている。
今までの奉納舞では、舞そのものよりも、私の中にある力を『精霊神』様が必要としていて捧げることがメインだったから、いつも舞の途中で異空間に引っ張られたし、最初から最後まで舞を完遂できたことは、そんなに多くなかった。
体から力を吸い取られるので、舞に集中できなかった。というのもある。
でも、今回はちょっと違う感じがする。
力は確かに捧げているから吸い取られているのだけれど、必死に求める感じが無くって緩やかだ。舞の疲れとそんなに変わらないので、手足の動きや振付に集中できる。
何より舞空間が暖かい。
微かな光さえ帯びている気がした。
きっと本当に『精霊神』様達が見守ってくれているのだと思う。
その光の中で、私は思いを込めて舞う。意識したわけではないけれど、私の身体から小さな光の粒が無数に立ち上がって、空気中に溶けていくのが見えた。
そろそろクライマックス。
ラストの大回転だ。
緩やかに腕を回しかいぐり、上に上げた手をゆっくり左右に。
胸の前から手を右に、前に、左に、横に。
足元はなるべく動かさずに。
まだまだ、アドラクィーレ様みたいな大回転はできない。
二十回転もすると頭がくらくらしてくる。
でも、心を込めて、感謝を込めて、一生懸命に踊る。
どんな風に踊れているかは分からない。
この世界では録画装置も写真もないから、自分の舞っている姿を見ることさえできないのだ。
正直、拙いとは思う。
まだ、手や足が思うように動かないことも多い。
けれど、向こうの日舞でもフラダンスでも、この世界でも繰り返し教えられた。
動きに思いを込めること。
それだけは忘れないように気を付けているつもりだ。
あと、自分が楽しい気持ちで。
お遊戯会で子ども達にダンスを教える時も、楽しい気持ちで踊るようにいつも伝えた、技術よりも大事なことだから。
最後の回転を終えて、舞の終わり。
私はゆっくりと膝をつき、胸の前で腕をクロスさせる。
余計な介入の無い私自身の奉納舞。
『精霊神』様は、喜んで下さっただろうか?
目を閉じ、開くと、周囲にはまだ光がきらめいていた。
私の周囲だけではなく、奥の間全体が。
そして、明らかに輝きを増した精霊石から、真っすぐに、ビームのような光が放たれた。
私にではなく、皇王陛下の持つ王勺に向けて。
舞が終わったので、迎えに来てくれたリオンと共に、私は見た。
精霊石からの光を全て吸収した王勺が、今までとは違う虹碧に輝く様子を。
王勺からふわり、立体映像のような光が立ち上がり、透き通る人型を浮かび上がらせたことを。
彼女、だと思う。
女性の形態をしたその精霊は、幸せそうな眼差しで私達に向けて微笑む。
そして驚嘆の表情を浮かべる皇王陛下に優美にお辞儀をすると、吸い込まれるように石に戻っていった。
奥の間の中央にある『精霊神』の精霊石と同じように、今、王勺の石は虹を宿して輝いている。
私達は理解した。
儀式の成功と、王の精霊石。
『木の王』の復活を。
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