その墓地は、神殿の裏側。
目立たない所にひっそりと作られていた。
不老不死の時代、死者を弔うという儀式は、大聖都でも長く。
いや、大聖都だからこそ失われている。
命を落とすという事。それすなわち『神』の祝福を失ったということ。
不老不死前の子どもや、罪人などの他には『死者』は生まれることはないのだから。
であるが故に、魔王の大聖都襲撃の際、命を落とした神官長フェデリクス・アルディクスの死は隠されこそしなかったものの大神殿の外には吹聴されることなく。
亡骸は神殿内のみの儀式の後、敷地の一角に埋葬されたのだった。
俺は、一人そこに訪れていた。
フェイにも、マリカにも告げず、こっそりと。
墓石の前に立つのは葬式の時以来だろうか。
「ほら、連れて来てやったぞ。
エレシウスに謝りたかったんだろう?」
肩の上に乗せた、犬のぬいぐるみ。
その背をトトンと叩いて俺は墓石の前に置いたのだった。
神官長の葬儀は静寂の中、土葬の形で行われた。
木の棺を神官達が掘った穴の中に収め、参列者が花を捧げた。
「ここに、深き哀悼の思いを紡ぐ。信仰にその生涯を捧げた神の徒への敬意と共に」
華やかな大神官就任の儀とは裏腹に、ここには華やかな見送りもなく、輝きもなく。
マリカの真摯な祈りと、七国王と、ほんの僅かな神殿重臣達の見守りがあるだけだ。
「貴方を思い起こす時、我らの胸に悲しみは涙の雨となり、思い出と共に降り注ぐ。
我らにとって大いなる導き手、揺るぎなき信仰者であればこそ、我らの心に深く刻まれ消えることはない」
でも、それで十分だと俺は思う。
あいつは己の夢と願いと信仰に正しく準じたのだから。
「その命と強き心は、風化することなく、我らの中に永遠に輝く。
我らはここに祈る。
彼の魂よ、安らかに眠らんことを。
カサルティオルを超え、シュロノスの野にて『神』にまみえんことを」
神殿の書物から一生懸命に探した祝詞を唱え
「神官長様。魔王から私達をお救い下さいましてありがとうございました」
讃美歌を捧げたマリカ。
神殿の行事には不慣れだろうに堂々とした神官っぷりだった。
「向こうの世界ではお葬式とかよく出たからそれっぽく、真似しただけだよ」
後で聞いたらそんなことを言っていたっけ。
とにかく、埋葬の儀式が終わった後は、ここを顧みる者はいなくなった。
時々、女神官や神官が掃除に来ているようだが、個人的に参る者は殆どいないだろう。
俺自身も、哀れだと思いながらも足が遠のいていた。
「やっぱり、可哀相だと思うのか? 自分の、いや『神』の道具として使い捨てられた子どもの事は」
俺は、墓石の前に置いた犬のぬいぐるみに話しかける。
勿論、返事は返らない。
でも、俺には『声』が聞こえる。
『当たり前だろう! 『神』もエリクスもやりすぎだ!
大切に育てて、忠実に仕えてくれた子だったのに!』
「そうだな。ミオルも悲しんでいるかもな」
本当の大神官 フェデリクス・アルディクスの叫びにも似た思いに俺は素直に同意する。
このぬいぐるみを孤児院のリタ院長が持ってきた時には少し驚いた。
何せ、この中に大神官の意識が欠片だが封じられていたからだ。
『精霊神』が『精霊獣』を作る時によくやる意識の分割。
その簡易版。
俺には専門が違うからできないけれど。
『なんで、あの子が死ななきゃいけなかったんだよ。
マリカを神殿に括りつける方法なんて、いくらでもあったろうに……』
犬のぬいぐるみだから『精霊獣』のように自由に歩くこともできない。
必死で念波を送ってきて俺を呼び。
墓に参ってやりたいから、連れていけと頼まれ、言うことを聞いてしまったのは。
やはり俺もあいつが哀れだと感じていたのだろうと自己分析する。
旅の時代の前、ミオルが拾い育てたという『弟』エレシウスは間違いなく『星』の子ども。
でも、全ての事情を知った上で、あいつは『神』に仕えると決めた。
『僕が、あの子を神殿に繋いでしまった。良かれと思ったことではあったのだけれど……。
色々と『神』の話や『神の国』についての話をしてしまったのは、良くなかったかな?』
そう、少し反省したような面持ちでミオルが言っていた事を覚えている。
……俺は、大きく息を吐きだすと告げた。
「なあ。フェデリクス」
『なんだよ!』
「おそらく、あいつは半ば、自分の意志で死を選んだんだ」
『!』
フェデリクス・アルディクスの念波が剣呑な色を帯びた。
もし、身体が動き、表情があれば、怒りのあまり飛び掛かってきた、というところだろう。
『アルフィリーガ! 君は自分が何を言っているのか解ってるのか?』
「解っている。だが、さっきのお前の言葉ではないが『神』はそこまでしろ、とエリクスには命じてはいなかっただろう。
エリクスも、恨みや思いはあっても、死なない機会は作っていた。
もし、最後の局面で謎の炎の攻撃からマリカを、身を挺して守らなければ神官長は死ななかったのではないか、と俺は思っている」
魔王の襲撃は不老不死者も、魔性の攻撃や武器で傷つくことを示したし、その傷がふさがりにくかったのは事実だったけれど、同じ鎌で身体を傷つけた国王達の怪我はすぐに治った。
神官長の直接の死因は、大量出血と変生の残り火の攻撃が身体に負担をかけたためだろう。
とマリカが言っていた。
「マリカを庇って死ぬ。
そうすることで、マリカは大神殿を見捨てられなくなる。
奴は、命がけでマリカと大神殿を括り付けたんだ」
想像でしかないけれど、多分、大きくは間違っていないと思う。
どこまでが計算だったのかは分からないけれど。
『……バカな子だ。死んだら元も子も無いのに』
慈しむように呟くフェデリクス。
奴にとって神官長は、信頼し、正体を明かせる大事な存在だったのかもしれない。
道具扱いではあったにしても。
「『神』は人を救い上げて、『転生者』にしたりしないのか?」
『自分達の子どもでもないのに無理だよ。そんなの。
あの方が司るのは維持と、移動。死者の理に介入は……って、えっ!』
「どうした?」
『アルフィリーガ! アレ! 取って!』
「アレ?」
見れば。
精霊瞳でよく見てみれば。
墓地の周りにふよふよと、何か薄黄色の存在が浮かんでいるように見える。
言われるままに虫取りのように捕まえて、そっと手の中で確認する。これは……
「人の……魂? まさか、エレシウスのか?」
『なんで? もうカサルティオルに引き込まれたかと思っていたのに。
……もしかして『神』のお力かな?』
人の。精霊もだけれど宿る身体を失い死んだ魂は現世への介入力を失い、世を漂う。
そして、死者の国と言うべき『星の煉獄』カサルティオルに引き込まれ、罪を焼かれ記憶を洗われ、この世界に新しい命として戻ってくるのだ。
特別な精霊や『星』と契約した者は、その理から外れ、直接別ルートで転生することもあるけれど、こんな所に魂が放置されているとは。
いや、見ようによっては、助かったとも言えるのか?
「どうする? 『星の煉獄』に送るか? 今はナハト神も蘇っている。悪いようにはしないと思うが」
『イヤだ! 今までのこの子の努力が報いられずに無に帰すのは……』
「じゃあ、どうするつもりだ?」
『……この身体に入れて、僕が守る』
決意の籠った念波が届いてきた。
「この身体、ってそのぬいぐるみか?」
『僕は『星』や『神』のように新しい身体を用意してあげられないから。
特に今の、子どもの身体ではどうしようもない。だから、大きくなって『神』の所に帰ってちゃんとした身体を用意できるようになるまで、ぬいぐるみに入れて守る』
「だが、死の影響で弱っているだろう? 精霊でもない魂を新しい命として固着できるのか?」
『それは……僕の魂で補強する。君のように』
「……なるほど。丁度いいかもしれないな。だが、力は減るぞ。どうしようもなく」
『構わないさ。一人より二人の方ができることが増えるかもしれないし』
「勝手にしろ」
『ああ、勝手にする。事が済んだら、ぬいぐるみをリタに渡してくれればそれでいい』
「いいだろう」
俺の言葉を聞いた次の瞬間、ぬいぐるみから淡い白い光が立ち上がった。
そして黄色い魂を包み込むように抱きよせる。
やがて二つの魂は混じり合い、一つになった。黄色でありながら白い輝きを宿す光はぬいぐるみに吸い込まれ、消えていった。
今まで自立していたのに、力を失ったかのようにぱたりと倒れた人形を、俺は拾い上げた。
「俺も……こんな風に思われ、助けて貰ったのかな?」
思わず思いが零れる。
記憶には無い。けれど、きっとこうだったのだろうと理解できる己の始まりに思いをはせて。
「託された命と思いに値する者になれていれば、いいのだが……」
そして、人形の額に唇と力を寄せる。
これくらいの手助けは許されるだろう。
「新たなる『星』の子どもに祝福を。
いつか、その願いが成就する日が来るように……。
神の国への帰還ではなく、この星が新しい神の国になる日を見届けられるように……」
そうしてこの星、アースガイアは新たなる変化、進化の道を歩み始める。
新しい『導き手』と共に平穏と繁栄の時を。
次に物語が動き出すのは『神』との約束通り、二年の後のこととなる。
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