シュトルムスルフトを出た日の夜。
ヒンメルヴェルエクトに向かう貸し切り宿にて。
「フェイ。女王陛下から貰ったアレを見せてくれる?」
「はい」
上級随員達が集う夜の打ち合わせ。
皆の前でフェイは小さな小箱を取り出した。
女王陛下との最後の別れの時、抱きしめられたフェイはそっと服の隠しに何かを入れられた様子だった。
大っぴらには渡せない、でも、フェイが持つべきと託されたこれが何かは解っている。
フェイが取り出して開けて見せた箱の中には思った通り、虹色の光を放つ石が入っていた。
「これは、精霊石ですね。フェイルーズ様が化身されたものでしょうか?」
「多分、そうですね。他のものを女王陛下がフェイに贈る理由はありませんから」
私達がファイルーズ様の遺体を発見した時に見つけた石。
『精霊神』様がおっしゃるには、人間の体の中にも『精霊の力』がある。
それは微弱なもので、普通の人は生きている間は最低、餓死、枯死はしない。不老不死で無いのなら生きる為に力を貸してくれる。程度のものだけれど(それでもけっこう、大きな力だよね)。
各国の王族や『聖なる乙女』は強い力を体内に持っているから、死後、それが思いの力によって固まり結晶化することはあるという。
通常であるなら死後直ぐにできるというものではないから、王族などが葬儀などをするくらいの、日程、範囲では解らない。土の中に埋められてしまえば精製されても長い年月の間に溶けて星に還る。
だから『王族』『聖なる乙女』の精霊石が世に出るのは稀で、王族の身体から精霊石ができる。なんてことは知られていない。
その方がいい、と『精霊神』様は言うし、私もそう思う。だって万が一そのことが知られたら、王族が子どもをむやみやたらと作り、その子どもを殺して精霊石を作ろう、なんて考える人間がいないとも限らないから。シュトルムスルフトの前国王陛下のような人なら、やりかねない気がする。
今現在、魔王城には何個かの全属性の精霊石がある。
力は弱いけれど、全部の属性の力をもち、どんな術でも使いやすい優しい石。
今、エリセとファミーちゃんが使っている。後、一~二個あるっぽい。
セリーナに力を貸してくれているのは普通の(?)風の精霊石だけれど。セリーナが本気で精霊術師になりたいと思っているわけではないせいか、まだ正式契約には至っていない。名前も聞けてないんだって。
性別の無い精霊の中で女の子の個性を持つ全属性の石達は、おそらく今回得た情報からして死んだ『聖なる乙女』もしくは王族から生まれた『精霊石』なのだと思う。
エリセの使うエルシュトラーシェの名前を持つ精霊石は解りやすい。きっとシュトラーシェ女王の精霊石だ。
他にも不遇の中、若くして死んだ『聖なる乙女』や『王族』がいて、死後精霊石になって。それを『星』が魔王城で保護しているのかもしれないと思った。
エルディランドでも、王の杖が失われるくらいのトラブルがあったらしいし。
とにかく、この『王族の身体から生まれた精霊石』はとても貴重な品であることは確かだ。
現在、世界全体を見ても魔術師の杖や魔術が使えるレベルで強い精霊石のついた装飾品は百個あるかないかだと聞いている。
盾や鎧、剣などについているものも在るけれど、それらは相対的に力が弱く、持ち主を守る程度の力しか発揮できない。不老不死世だと特に。それらを足しても千個は絶対にないというくらいに精霊石の数は少ない。
「新しい精霊石は作れないんですか?」
と以前ラス様に聞いてみたことがあるのだけれど
『今の不老不死世では簡単には無理かなあ。封印が解けたからやってできないことはないけれど。『星』が作る『精霊の力』を今は殆ど神が乗っ取っている状態だからね。
本気を出して頑張れば小さいのがなんとか。大きいのを作ろうと思えば数週間とか数か月レベルで集中しないといけないけれど、その間国の守りが留守になったら本末転倒だろう?』
とのこと。私に水の『精霊神』様がくれたエリチャンは相当頑張ってくれたものらしい。
ありがたやありがたや。
ではなく。その貴重な精霊石を女王陛下は、国で使うのではなく、フェイに渡してくれた。
母親の精霊石だから、子どもが持っていた方がいい、という配慮だろうと思う。
きっと反対はあったのだ。だから、こっそりと。
女王陛下、アマリィヤ様のフェイへの愛情が伝わってくる。
本当に、我が子のように思ってくれているのだ。
「フェイ。その精霊石に何か感じたりする?」
「……いいえ、特には。人格も……感じませんね」
『ファイルーズの『魂』は今もあのオアシスに括られている。
本人もそれを望んでいるし、お前の邪魔はしたくないから、と言っていたからな』
「! ジャハール様!」
いつの間に。
さっきまでは絶対にいなかったフクロウ。風の『精霊獣』が、バサバサッと羽音を立てて私の肩に舞い降りる。
猛禽類の爪は鋭そうなのに痛くないのは気を使って下さっているのだろう。
「オアシスにファイルーズ様の魂が?」
『ああ。自死者の魂は例え理由があったとしても『星』の循環の中には戻れない。
ファイルーズはこれからも、あの土地に在り続ける。
それが一番、あいつを苦しめない方法だからな』
「それって酷くありませんか? 解放して差し上げることはできないんですか?」
『そういうシステムだから仕方ない。
『星の獄』で罪ごと焼かれて消失するか、長い年月をかけて摩耗して『星』の大気に溶けて自然に還るのを待つか、強制的に俺達が砕いて無にするか。
自死、自殺というのはこの『星』においてそれほどまでに重い罪なのだ』
「でも……」
『あいつに罪がないことは解っている。俺もアレのことは哀れに思ったから夫を連れて行ってやったしな。
ファイルーズも自分のことは気にしなくていい、と言っていたぞ』
「「夫!?」」
私とフェイの声が重なった。
そう言えば、ファイルーズ様を多分、逃がすために拷問にかけられて死んだファイルーズ様の夫。つまりフェイのお父さんがいたんだった。
『ああ、ファイルーズの夫は死後、無念を抱いて星に還れず、彷徨っていた。
だから、封印が解けた後、ファイルーズの所に連れて行ってやったんだ。
今後二人でオアシスを守っていくだろう。だから、まあ、あまり心配するな』
「良かったね。フェイ」
「ええ……」
「もう一度シュトルムスルフトに来ることができたら、またファイルーズ様のオアシスに行ってお母さんだけでなく、お父さんにもご挨拶しよう」
「はい。そうできたらいいと……思います」
眦に微かな光を宿しながらフェイは頷いた。
フェイの本名はどうやらフィクルというらしい。思い、とか、願いとか、夢とか。
そういう意味があるんだって。
「僕の名前はフェイです。でももう一つの名前も同じ音を持つのは嬉しいですね」
確かに音が似ているからあだ名としても無理はあんまりないよね。
「本名も忘れずに、大事にしていきますよ。親が僕にくれた、やっと取り戻した大事なものですから」
シュトルムスルフトでの一件は大変だったけれど、手に入れたものも少なくなった。
特にフェイは自分のルーツを知り、立ち位置がはっきりしたことで、前よりも逞しくなった気がする。
そう考えるとあの騒動にも感謝しなくっちゃ、なのかな?
「それで、この精霊石、どうしよう。男の子のアクセサリーにするには、ちょっと大きすぎるかな?」
そして本題。託されたファイルーズ様の精霊石。このまま魔術師の杖に仕立てられそうなくらいに力があるけれど、既にフェイにはシュルーストラムの杖があるから無理。
誰かに託すのもちょっと違うだろう。
『仕方ない。貸せ』
「あ、シュルーストラム」
ぶわりと、フェイの杖から立体映像が立ち上がる。
驚く上級随員達に改めて説明した後、私はファイルーズ様の精霊石の箱を開いたまま掲げた。シュルーストラムの前に。
「どうするの?」
『我が子に付いていたいだろうに、私がいるから気を利かせたようだ。よくできた母親だな』
「?」
『石に人格が残っていると面倒だったが、ここに在るのは純粋な『精霊の力』の塊だ。なら、私が外付けで利用しても問題はない』
「外付け?」
『マリカの指輪に付いたリカチャンのようなものだ。杖に取り込み、拡張機能として使う』
そういうとシュルーストラムは精霊石に向けて手を伸ばした。
「わっ!」
精霊石がふわりと浮かび上がり、パシンと音を立てて砕けた。
虹のような塵が渦を巻き、フェイの杖、その星飾りに吸い込まれていく。
「わああっ! 綺麗」
思わず誰かが声を上げた。それを止める者は誰もいない。
元々、荘厳な美しさを持つフェイの風の王の杖。
月と星と翼の意匠に飾られた杖の星飾りは今、金色から虹色に姿を変えて煌めいていた。
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