私が舞を終えて舞台から戻る中、溢れんばかりの喝采が私を送ってくれた。
神事だから、本当は拍手など送られることは無いのだと、後でマイアさんが教えてくれる。
「きっと、姫君の舞に心から感動した者達の思いが、零れ出たのでしょう。
美しく、素晴らしい舞でございました」
私は何がどうして、どうなったのかははっきり言ってよく解らない。
ただ、自分がなんとか役目を果たせたことだけは確かなようでホッとする。
見ていた人たちは解らないだろうけれど、最初から最後までドキドキの綱引きバトルだったのだ。
リオンが加勢してくれなかったらけっこう危うかったと思う。
誰との綱引きかって?
それは……『神』との。
私が奉納の舞を舞い始めると、多分、何かのスイッチが入ったのだと思う。
会場全体が、勿論、私が舞っている舞台も不思議な熱を帯び始めた様に感じる。
同じ頃私の身体も不思議な熱を宿し始めていた。
まだ舞い始めだし、踊りの疲労とかが原因ではない。
力を吸い取られているのとも今は違う気がした。
そもそも今までの聖域での奉納舞は、舞い始めて直ぐ、足元から力が吸い取られて行くようだったし。
『……け』
「え?」
頭の中……いや違う。
身体の中から薄い、声が聞こえて来る。
『……集め、導け。我が元に、力を捧げよ』
この声には聞き覚えがあった。
『神』の額冠を身に着けた時、最後に聞こえて来た『声』に似ている。
あの時に比べればずっと、小さくか弱いものであるけれど。
こう動け、手を伸ばせ、というイメージが伝わってくるのだ。
十分に抵抗できる程度のものであるけれど。
私は、舞の振り付けが乱れない程度にそれを取り入れてみる。
手を高く掲げ、空を抱き、解き放つマイムなどを。
それもまた何かのスイッチだったのかもしれない。
(「え?」)
ビックリ。
会場を埋め尽くす人々のが一人残さず光っている。
白くて淡い光。
異世界の知識で言うならオーラとても言う所。
そのオーラがゆっくりと会場中から立ち上がって行くのだ。
空を漂うオーラはやがて舞台の周りに薄い膜を作る。
舞台の上はすっぽりと不思議な『何か』に包まれてしまった。
まるでシャボン玉を上から被せられたような感じ?
『もっと、もっと……』
力を寄越せ、と言わんばかりの意思が私の中から伝わってくるけど心配でならない。
私が舞いを続けている限り、人々から力が吸い取られて行くのは確か。
今、どのくらい吸い取っているのだろう。
皆は大丈夫なのだろうか?
力を集めなければならないせいか、今の時点で私から吸い取られている量はそんなに多くない。
でも、まだまだ求められてる気がする。
これ以上取ったらきっとヤバイ。
直感でそう感じて、私が舞を少し早めに終わりに迎えようと、そう思った時だ。
「えっ?」
一気に力が増えた。
今まで集めた力全体の下手したら五割くらい?
私の頭の中にしか多分聞こえていないのだけれど、ドガン、とかズウンとか重い地響きをたてて力が増された気がしたのだ。
顔を上げ、意識を観客席に向ける。
会場を埋め尽くす人々。
舞台から見ると意外に観客席の人の顔は見えるものだけれど、一番遠く。
入場門の側に佇む存在の顔が、私にははっきりと解った。
(「リオン!!」)
壁沿いに佇むリオンがいた。
フェイが側に控えているけれど、表向き、外見だけはいつものリオンに見える。
なんとなく解った。
さっきの力はリオンから贈られて来たものなのだ。
普通の人から集めた光は大よそ、白い色をしている。
リオンから流れて来た力は青色。
絵の具のように二つの色が混ざりあって、淡い水色になった光のシャボン玉がぐるぐると舞台の周囲で渦を巻き始めたのだ。
舞のクライマックス。
アドラクィーレ様程ではないけれど、回転が続く最後の見せ場。
「あうっ!」
洗濯機のように激しさを増した渦に、今度は私の力も吸い取られて行く。
かなり強い。
全部持って行かれそうな勢い。
それはヤバイ。少しは残して貰わないと、と思った瞬間。
(「あれ? 楽になった?」)
指先からふわりと風が立ち上がって何かが出ていく感じがして私は身体にかかる負荷が激減したのを感じた。
もしかしたら『星の護り』が吸い取られる力を肩代わりしてくれたのかもしれない。
素直にそう感じた私は回転に合わせて手をゆっくり巻き手で返しながら空に掲げる。
これも、省略してはならないと言われた動きの一つだった。
日舞には波や、花を顕す仕草があるけれど、風と気流の流れを示す様なこの動きに、周囲の力が従って流れていくのが解った。
私の腕が万歳のように一番高い位置につくと、渦を巻いていた力は空へと立ち上って飛んでいく。
真上の太陽に流れていく、のではなく虹のように弧を描いて飛んで行った感じ。
多分この『星』のどこかにいる『神』の元に飛んで行ったのではないだろうか?
あくまで、印象というか、カンだけど。
私は身体に力を込める。
全部もっていかれて、この場で気絶なんては困る。
せめて気持ちの上だけでも、負けない様に。
回転が終わり、私は静かに跪く。
力の綱引きは終わり。あっちからの働きかけはどうやら止まったようだ。
全部もってかれたと思っていたけれど周囲にはどうやらまだ少し白い光が残っている。
集まった力はかなり膨大だった。
今まで、舞の時に吸われた私の力なんて比較にならない。
千人以上の人間から吸い取って、『星の護り』から力を貰って、リオンが力を足してくれて、やっと少し残るくらいというのは怖ろしいけれど。
残っているなら、力は皆に返すべきだ。
私は膝をつきながら思いを込めた。
自分から前に手を差し出す仕草は割と万国共通で、貴方に送るという意味を持つ。
胸に手を当て、皆の方を見つめまっすぐ前に。
どうか皆に、この力が還りますように……。
すると、残った力が作っていた薄いドーム、シャボン玉がパチンと弾けて、会場中に散って行った。
キラキラキラキラ。
まるで雪が振るみたいに綺麗な光景だった。
会場の人達も、初雪を確かめるみたいに手を伸ばして、降りて来た雪を受けとめている。
とっさに、リオンの方を見た。
リオンの所にも力は届いたみたいだ。掌をぐっと握りしめると、私に向かって微笑んでくれたのが解る。
よかった。
私は、もう、ドッと疲れて体力気力、全部もっていかれた気分だけれど、今、ここで倒れる訳にはいかない。
全力で、残った体力全てかき集めて、立ち上がり、ゆっくりと階段を降りた。
そのまま静かに壇を下がり、通路に。
拍手も何もないから、見ていた人たちがどんな思いなのかは解らない。
でも、私はやるべきことを全部やった。
それでいい。
パチ。
ふと私の後ろから小さな音がした。
パチ、パチパチパチ。
小さな音はやがて、大きな波のように広がって会場中を覆い尽くしていく。
私の後ろから始まった音は私を追い越して、私を迎えてくれる。
異世界でも、拍手は感動や思いを伝える所作であると知っている。
それを伝えてくれたのが嬉しくて、私は退場の扉を潜る前、一度だけ振り返りお辞儀を返した。
心からの感謝を込めて。
扉を潜り、会場から切り離された直後。
気が緩んだのか、私の意識と身体はくらくらと揺れて力を失う。
「マリカ様! 大丈夫ですか?」
「だいじょぶ。でも、疲れたから……このまま寝て……い……い?」
カマラが支えてくれたのをいいことに、私は返事を待たず、そのまま爆睡した。
やるべきことを終えた満足感を胸に抱いて。
アルケディウスの随員の皆に随分心配をかけちゃったみたいだけど。
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