孤児院の件の前に、私は呼び出されていた図書室に向かう。
まずは情報収集。
そして根回しが大事。
「面白い技術やアイデアが色々と出てきていますよ」
図書室のテーブルは広げられたり、栞を挟まれたりした本でいっぱい。
その中でフェイは心底楽しそうな表情で私達に、いくつかの本を指し示す。
「これは、人工的に雷を作り出す装置のようです」
「雷?」
「ええ、その雷が作り出す力を貯めておくことで色々なことに使える、と。
川の水を汲み上げたり、麦を脱穀したりするのに水車を使っているでしょう?
あれを応用するもののようですよ」
あー、電気と電池、後、水力発電、かな?
昔、漫画で見た。発電装置を作る為には強力な磁石が必要で昔はその磁石を作るのに雷の力を利用してたって。
「起動に強大な雷の力。力を貯める液体を作り出すことに水の力が必要になります。
カレドナイトがあるとどちらもかなり手間が省けるのですが」
この世界に向こうと同じような鉱物があるのかどうか解らない。
今の所、発見されて使われているのは金、銀、鉄、銅、錫、鉛などの有名金属とガラスの素材の珪砂くらい。
そもそも磁石、あるのかな? 見たこと無いけど。
で、この世界の貴金属、非金属、全てを蹴散らす最強金属がカレドナイト。
『精霊』の力を良く通し伝える超アイテムが全てを解決する。
電気も精霊の力として、カレドナイトは貯めておくことが可能になるわけだ。
電波の発生や、通信機能を受けもつ機構を普通だったらレアメタルや、細かい構造の機械で受けもつところ全てカレドナイトでOK。
この中世異世界に電話吹っ飛ばしてテレビ電話作ってしまうくらいの超アイテム。
勿論、入手難易度激高。一つの電池作るのに金貨数枚レベルになるだろうけれど。
「カレドナイトが無い場合は水の精霊の力で、液体を変化させ力を貯められるようにするようです。
また水に雷の力を合わせることで色々と生活に役立つ物質ができるとあります」
電気分解系かな?
一般保育士にはちょっと縁がない世界の話でよく解らないけれど。
「これは、大公閣下にも相談してフリュッスカイトとも連携した方がいいかもしれません。
かの国では精霊の書物の読み解きが進んでいると聞きました。
お互いに情報交換を行い、力を合わせることで失われた知識を再生させ、この世界に新しいものが生み出せるかもしれません」
オルクスさんも興味深そうに本のページを捲っている。
「オルクス様も精霊古語が読めるのですね」
「基本程度ですが、私は神殿孤児院出身なので『神々の言葉』として学びました」
「孤児院の御出身だったんですか?」
「魔術師の杖と共に神殿に置き去りにされていたそうです。
私は比較的物覚えが良く勉強が好きだったので見込まれて、杖も返して貰い魔術師として独立させて頂きました」
「神殿孤児院ってどんなところですか?」
私の問いにピタリ、とオルクスさんの動きが止まった。
凍り付くような表情は、孤児院があまり楽しい思い出のある場所ではないということを語っている。
「……この不老不死世において、子どもに屋根と寝場所が与えられるだけでも幸運であると思っています」
感情の見えない言葉で紡がれる思いに大神殿にいた不老不死の子ども達のことを思い出す。
自分はまだマシなのだと思わなければきっと心が壊れてしまうのだろう。
「神殿の人達に叩かれたり、暴力を振るわれたり、イヤな事をされたりしませんでしたか?」
「……大人しく指示に従っていれば、そこまで酷い事にはなりません」
そこまで、ってことは指示に従っていても理不尽な事をされることはあるってことだ。
「さっきも言った通り努力し、実力や才能があれば上に上がることもできますので、十分に恵まれていると思いますが……」
「そんなのは恵まれていると言えません!」
「マリカ様?」
実際に聞けば聞くほど、黙っていることはできないと感じる。
子どもは家族と共に育つのが一番だと思う。
けれどそれができないのなら、せめて子どもにとって自分の生まれ育った場所が誇れる場所であってほしい。
「オルクス様。オルクス様は今の神殿孤児院を良い場所だと思われますか?」
「……そ、それは……」
「オルクス様にとって直接ではないかもしれませんが、孤児院の子ども達は後輩であり、家族ではありませんか? 彼らを少しでも良い環境で過ごせるようにしてあげたいとはお思いになりませんか?」
「勿論、それができれば最上でしょうが……」
「私もお手伝いしますので」
「え?」
どこか所在なげだったオルクスさんの目が驚きに瞬く。
「私、孤児院の子ども達を少しでも良い環境下で過ごせるようにしていきたいんです。
その為でしたら、ありとあらゆる点で助力は惜しまないつもりです」
「本気ですか? 他国の、しかも孤児の為に皇女が御自ら?」
「他国も自国も関係ないです。子どもは皆、星の宝、未来。
大事に守り育てていくべき者だと私は思っています。全力でお手伝いしますので、どうか力を貸して頂けないでしょうか?」
「マリカ様……」
膝をつき、頭を下げる私を見て、リオンやフェイも倣ってくれる。
カマラやミーティラ様も。これは私の意思と願いを尊重して、従うという意味だろう。
本当にありがたい。
「顔をお上げ下さい。マリカ様」
オルクスさんが私の前に膝をつき、立つようにと手を差し伸べてくれた。
「僕はこの国に仕える魔術師の一人であり、何かを決定できる権限はありません。
でも、孤児院の子ども達のことはずっと気になっていました」
「では……」
「必ずお役に立てる、とお約束はできませんが公子と大公閣下にも今の事をお話してみます。大公閣下も貴族達も神殿に魔術関連を仕切られていることにご不満をお持ちですので、その辺を上手く突けば、少しは改善が可能かも……」
「ありがとうございます!」
「子どもは、星の未来……ですか。
なんだか懐かしい言葉ですね。いえ、どこで聞いたかは思い出せないのですが……」
「オルクス様……」
「マリカ様 『星』と『神』の寵愛を受けし『聖なる乙女』。
僕は貴方がこの国に滞在する間、全てを賭けて貴女の助けになると誓いましょう」
オルクスさんは『神』のスパイ。
そういう疑念は今もある。
でも、孤児院の子ども達を救いたい、護りたい。
その思いはきっと嘘じゃない筈だから。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
私は彼の手をしっかりと握りしめた。
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