【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

火国 火の国の王子

公開日時: 2022年5月3日(火) 08:40
文字数:4,588

 私が勝手に兄王様、と呼んでいるのはプラーミァ国王 ベフェルティルング様。

 私のお母様ということになっているティラトリーツェ様の兄上で、火の国プラーミァを納める七国で一番若い王様だ。


 若いと言っても勿論、この世界は不老不死で、大人の大半は五百年前から生きている人達だから、ベフェルティルング様も五百年以上国王をされている。

 ただ、単に即位した歳が当時二十七歳であったというだけのことなのだけれども、未だに他の国からは若い王様扱いされているらしい。


 身長は多分190cm以上。

 周囲から頭一つ確実に高くてアルケディウスでもかなりの長身である、お父様とお母様よりもなお高い。

 奥様である王妃オルフェリア様も、妹であるお母様も170cm越えの長身なので、家系なのだろう。多分。

 母上であらせられる王太后様は普通というか小柄であらせられたけど。


 日に焼けた褐色の肌、茶色い髪、燃えるような紅い瞳が印象的で、鍛え上げられた無駄のない細マッチョな身体は、正しく戦士の国を率いる若く強い指導者だと感じさせる。

 一度見たら簡単には忘れられないタイプの『強い』目をした方だ。


 で、一瞬ベフェルティルング様かと勘違いしてしまったけれど、プラーミァ国王が例え国賓で姪だとしても こんなところに来る筈は無い。

 私に膝なんかつく筈は無い。

 では、目の前に跪くプラーミァからの出迎えとは?


「あの…貴方様は?」


 私は三人並ぶ男性の、最前列にいるベフェルティルング様そっくりの青年に声をかけた。

 頭に日よけであろう薄絹をかけ、黒い輪っかのような冠で止めているのはどこか、ハワイやシンガポールよりもどこか中東めいている。

 さらりとした貫頭衣を纏い柔らかな腰帯で結ぶ民族衣裳。

 冠の飾りや、腰帯の装飾からしてもこの方が身分が一番高いのに間違いない。


「お初にお目にかかります。アルケディウス皇女 マリカ姫。

 我が従妹の君。私はグランダルフィ。プラーミァの第一王子です」

「え? すみません。王子に大変失礼を…」


 慌てて膝を折ろうとした私をグランダルフィ王子は、慌てた様に手を振って止める。


「お止め下さい。マリカ皇女。

 敬愛する叔母上と叔父上の愛娘にして希代の料理人。

 アルケディウスの『新しい食』を支える親族と会えることを、私も楽しみにしていたのです」


 私の手を取り、にこやかに笑うグランダルフィ王子。

 若いな、と思う。

 二十代、にはなっていない。十代の印象。

 ベフェルティルング様を十歳若返らせたら、って感じだ。


「グランダルフィ王子。ご無沙汰しております」

「久しいな。元気そうで何よりだ。ミーティラ。コリーヌも良く戻った」


 立ち上がり、プラーミァに所属を持つ二人に労う様子は正しく王子、人の上に立つ方だ。

 様になってる。

 ついでに背が高い。この方も180cmくらいありそう。


「ここまで来れば、プラーミァ 王都 ピエラポリスまでは半日ほどです。

 明日の朝、早くに出れば、暗くなる前には到着するでしょう。

 我々が先導、ご案内します。

 今夜はゆっくりこの館で身体をお休めになって下さい。

 城に到着すれば、多分毎日お忙しくなるでしょうから。

 父上はじめ、城の皆が貴女の到着を今や遅しと待っております」

「解りました。お心遣い感謝いたします」


 スッと私にエスコートの手が差し出される。

 ちらり、とリオンの方を見やった私は、彼が頷いたのを確かめて王子の手を取る。

 出迎えに来てくれたプラーミァ国王の息子を、無下にはできない。


 王子の手は剣を取る戦士の手。

 リオンやお父様とよく似て、固くしっかりとしていた。

 リオンのそれより、大きく、強く。お父様のそれより細く繊細だったけれど。

 彼は身長差50cm近いの子どもの手を、恭しくとってゆっくりと、私と歩幅を合わせて歩きだしてくれた。



 プラーミァは私的に南国、ハワイやシンガポールの感覚で実際、気候風土はその通りなのだろうけれど、建物や服装は中東やインドも混ざっている気がする。

 宿として指定された館は、小さくても秀麗で、精緻な細工の施された装飾も為されている。

 美しくて居心地のいいところだった。

 中庭にはプールめいた美しい池があり、少し涼やか。

 プラーミァの気候に合わせてか、風通しのいい作りをしている。

 廊下は壁の無い吹き抜け。

 気密性が高いアルケディウスとは本当に色々と違う、異国を感じさせる作りだ。


 で、

「…王子がいらっしゃっているのなら、私が今日は食事作った方がいいかな?

 多分、これはそれを期待されているっぽい?」


 私は台所に用意されていた食材を見てミュールズさんと顔を合わせた。


「そのようですわね。

 コリーヌ様にお願いする手も無くはないですが、今は王子にご報告をと、離れに行ってしまわれましたから」


 王族の為の宿舎は基本、王族が宿泊する本館と使用人達が寝泊まりする離れに別れている。

 でも王子達は本館では無く、離れに籠ってしまっているので、使用人も含め、私達は今日は本館で過ごすしかない。


「肉、小麦粉、ナーハの油、エナとパータト、シャロ。

 砂糖に胡椒。南国フルーツも。

 あ、これはナツメグかな? こっちはクローブっぽい?」


 小さな木の実と乾燥された小さな蕾に触れてみた。

 知らない、ではなく使った事のない香辛料もいくつか見かける。

 もしかしたら、唐辛子とかはあるかもしれない。

 私の知識は植物としての香辛料じゃないから判断が難しいけれど。


「これだけあれば、サラダ、ハンバーグ、スープ、デザートくらいはできそうです。

 明日から王宮に入れば、随員の皆にはなかなか食事を振舞えなくなるでしょうから、今日は作ってみましょうか?」

「よろしいのですか?」

「簡単なものだけです。ミュールズさん。私の荷物からエプロンと三角巾をもってきたら、身支度の準備を。

 あと、王子によろしければ夕食をご一緒に、とお伝えください」

「かしこまりました」

「セリーナはいつものとおり、私の助手。ミリアソリスも手伝って下さい」

「はい」「了解いたしました」

「後、ミーティラ様、お願いがあるんですけれど」

「何かしら?」

「外にあった木から、アレを取ってきてほしいんです」

「あれ?」


 二人を助手に私は材料の大半を使って料理を多めに作る。

 天然酵母を使ってパンを作るには時間が足りないから、ピザで場を濁すのはいつものこと。

 あとは野菜たっぷりスープ。

 出汁はベーコンと野菜の甘みを引き出して。


 お肉はハンバーグに。

 ナツメグかな、と思った丸いクルミのような固い種子はでも触ってみるとそれほどではなくって、簡単にすりおろすことができた。

 匂いからしても、うん。多分間違いない。ナツメグだ。

 こっちでも香辛料として使っていたのだろうか?

 クローブは煮込み料理とかに使いたいところだけれど、今回は見送り。

 

 ハンバーグはナツメグを入れると、グッと味のグレードが上がる。使う量には気を付けないといけないけど。

 試食の段階で、今的はレベルの違う味わいになっているのが解った。

 やっぱり香辛料の力は凄いな。


「セリーナ。私は着替えて王子をお迎えして来るから、合図があったら指示通りに温めて出して。食事が終わったら、残った料理はみんなの賄いに」

「かしこまりました」


 料理と汗で汚れた服で王子と食事はできない。

 私は大急ぎで着替えだけして、王子を本館のダイニングに出迎えた。

 と言ってもここはプラーミァの館だけれどね。

 

「王子、この度はわざわざお出迎えに来て頂きありがとうございます」

 

 借り物の宿だけれども、ホストとして私はやってきた王子を随員達と出迎えた。


「ゆっくりとお休み頂くべきところを申し訳ありませんが、父上が絶賛するアルケディウスの『新しい食』が味わえるとなれば遠慮はできません。

 ご相伴させて頂きます」


 やっぱりこれで正解か。

 ニコニコ笑顔でやってきた王子は、ありあわせのもので作った簡単ディナーではあるけれども、本当に嬉しそうに召し上がってくれた。

 

「素晴らしい味です! 特にこのハンバーグ、ですか? 肉料理が素晴らしい!

 父上がアルケディウスからレシピを買い取ってきたので、時折プラーミァの王宮でも作られるのですが、ここまで美味にはなりませんよ」

「用意して頂いた香辛料のおかげかと思います。適量を使う事で肉の臭みが消え、香りが引き立つのです」

「しかも、このデザートも、柔らかいパンも。

 菓子と言えばただ甘い、疲れをとるだけのもの。パンも固い皿代わりとおもっていましたが、アルケディウスの料理を食べると違うと違うと解ります」

「過分のお褒め、ありがとうございます」

「私は、アルケディウスのチョコレートの大ファンなのですよ。父上と母上が国王会議で新作のチョコレートを食べて来たと聞いて羨ましかったのなんの」

「今回、持ってきておりますので」


 美味しいものを食べると口が滑るのか、王子は思う以上に饒舌で、鮮やかに笑いかけて下さる。

 でも、汚らしい食べ方では無い。こういうところも、兄王様そっくりだな。


 パンケーキはミルクの代わりにミーティラ様に取って来てもらったココナッツミルクを使った。ココナッツの果肉を加工したもの

 チルド冷蔵のような形でミルクはもってきたけれど、風味は劣ってしまう。

 ココナッツミルクを使う事で、アルケディウスで作るものとは違うけれども、かなり美味しいパンケーキができた。プラーミァに乳牛がいるかどうかは解らないけれど、チョコレートミルクにもたしか使える筈だから、かなりできることは広がる筈だ。


 綺麗に完食、ハンバーグとパンケーキはお代わりまでしてくれた王子は


「本当に素晴らしい料理でした。このような腕の料理人を抱えているなどアルケディウスが羨ましい。しかもそれが、こんなオルキスのように美しい姫君とは」


 食事を終えると、ゆっくり立ち上がり、見送る為に大扉の前に立った私の元にやってくると手を取り


「貴女がやはり欲しくなりました。父上の命だから、ではなく、僕自身の意志で、貴女自身が」

「!」

「麗しのマリカ様。我が従妹姫。

 どうか私と結婚して下さい」

「え?」


 騎士の礼で手を取りキスをした。

 

「正式な求婚は後ほど。王宮についてから致します。

 叶うなら、麗しの従妹姫。私の妻となりプラーミァへ」

「わ、私はアルケディウスの皇女ですし、結婚には両親と、皇王陛下の許可がいります。

 それにそれに、婚約者もおりますので!!」

「そうですね。ですが、皇子妃と騎士の妻。

 どちらが貴女に相応しいかは自明の理であると思いますが?」


 護衛として後ろに控えるリオンを余裕の目でみやる王子の視線は熱い。

 紅い瞳が燃えるようで、火傷しそうだ。

 エリクスの時とは違う。大人の本気。

 こ、怖い!!


「まあ、いきなり、強引な求婚は嫌われると解っておりますから、今はただ、私の意志表示とお流し下さい。

 ただ、諦めはしません。貴女はプラーミァにぜひ欲しい。

 父上が強く願う気持ちがよく解りましたから」


 立ち上がり、深淵な笑みと優雅な礼を残し去っていくグランダルフィ王子。

 本当なら玄関まで出てお見送りしなければならないところなのだろうけれど、腰が抜けて動けない。




「な、なんなの。いきなり!

 もしかして、プラーミァの男の人ってみんなこうなの?」


 八つ当たりの様に叫んだことは、実はその通りで。

 男性の強引さ、情熱の強さではプラーミァが大陸一だと知るのはこれからすぐの事だった。


 まだプラーミァでの仕事も、交渉も始まってさえもいないのに、確実に先手を取られた。

 火の国、プラーミァ。

 恐るべし。


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