私が見ているのは真理香先生や、星子さんの記憶、という訳ではなさそうだ。
おそらく、コスモプランダー襲撃からの、地球全体の記憶。
エミュレーションなのだろう。
移り変わった場面は、豪奢な執務室。マホガニーの事務机の前に座る男性の横で、ラジオがエンドレス。同じニュースを流していた。
『現在、コスモプランダー襲撃の為、地球規模で非常事態宣言、外出禁止命令が出されています。ワクチンの接種をしていない方は、極力外出を避け政府や軍の指示に従って下さい。
オーストラリアへの避難は、未成年者優先です。
連絡が届き次第、順次移動をお願いします。
地球全ての危機に際し、皆様の冷静な対処を求めます。
繰り返します……』
「国民の様子はどうだ?」
「ワクチンが完成したことにより、少しずつ冷静さを取り戻してきているようです。自己中心的な者もいるにはいますが、多くの者は子ども達を避難させ、最後の瞬間まで、この地球と日常を守ろうという意識を持って、人類の生活圏を守っています」
「現在、完全な安全圏と言えるのは能力者達がいる、オーストラリアだけだからな。
早く我々も避難したいところだが、そうもいかないのが辛い所だ」
「大統領……」
「NASAを始めとして、死を覚悟して研究や対応、インフラ維持に当たっている者達がいるのに我々が逃げ出すわけにはいかんからな」
「はい……」
そっか。ここはホワイトハウス。アメリカの大統領官邸なのか。
オーストラリアに臨時政府ができたとアーレリオス様が言っていたけれど地球全体が即座に全滅したわけでは無いだろうから、人々を守る為に各国にはこうしてきっと最期の時まで頑張った人たちがいたのだろう。
「能力者のシールドのおかげで、現在新規の隕石は大気圏で弾かれて地表に落下することが少なくなっております。おかげで、感染源が変異種からの直接感染に絞られ、ワクチンが、生存者の多くに行き渡ったこともあり、死亡者罹患者は劇的に減少しました」
「それが本当に一番の吉報だな」
「はい。情報通信網の回復も含め、我々に『能力者』という希望が残されていなければ、何も解らず絶滅していたことでしょう」
「たった、十名にこの星の未来がかかっているのは、申し訳ない事だがな。せめて新たな能力者が生まれてくれればいいのだが……」
「その件については現状、不可能という結果が出ています。ワクチンの接種者が生存者の八割を超えた現状では新規の能力者の発見はほぼ絶望的だと」
「一億人を殺して一人の能力者を得るか、それとも能力者を得られぬまま人間の力で立ち向かうかしかないということか」
「はい。能力者の覚醒には遺伝子レベルの特殊条件を持つ者が、原種のナノマシンウイルスを浴びる必要があるようです。第一世代八名の能力者は既に、肉体が人類の想像を超えるレベルで変質していて、元の条件を検索することが不可能。現在の生存者の中に同条件を持つ者がいたとしても判別できないのが現状です」
「だが、二名の第二世代がいただろう? 億分の一の特殊資質の持ち主が同じ場所に三人もいたという訳ではあるまい? 人為的な能力者の製造も可能なのでは?」
「第二世代は第一世代とは全く違う存在です。
事前に能力者の血液から疑似ワクチンを得ており、その上で能力者の覚醒前。
ナノマシンウイルスに感染しながらも、変化、変質の完了していない血液を浴びたという奇跡的条件下で生まれたもの。
人為的に同じことを行う事は不可能でしょう」
「……やはり、天意を待つか彼らに頑張ってもらうしかないのか……」
「時間が許せば、彼ら同士の子から能力者を期待することも可能かもしれませんが、それだけの時間は、おそらく我々人類には無いでしょう。既に地球の半分が奴らの手に落ちているのですから」
彼らの視線、壁面には巨大な世界地図が貼られている。
ユーラシア大陸のほぼ全域、アフリカ。日本の本州、アメリカの西海岸、南アメリカ。
既に半分以上が真っ赤に染まっている。
人類がほぼ全滅。魔性の闊歩する廃棄されたエリアだ。これらの土地は気温が全体的に低下。人類が食料として育てていた植物の多くが育たない環境になっているようだ。
代わりに宇宙由来の怪しげな鉱物とも植物とも知れない結晶体が随所に樹木のように聳え立っているという。ドローンなどの偵察では、変質した地域においては大気の組成すら変化しつつあるとか。
ナノマシンウイルスと彼らが呼ぶ微小兵器が、地球を徐々に作り替えているのは間違いない。
「それに、能力者達も我々の希望として生まれた訳でもなさそうですし……」
「どういうことだ?」
「先に、移民船の護衛に来た第一世代からの申告です。おそらく彼らは……」
「なんだと?」
「対処方法を、いえ、根本的な考え方を変える必要がありそうですね……」
人類の希望である『能力者』達。
彼らに一体、何があったのか。
その秘密を聞くより先に、場面が切り替わる。
私にはコントロールは不可能だった。強制的に物語が進む映画のように、
次に、私の前に映し出されたのは、
「先生!! ただいま戻りました」
「神矢!」「お帰りなさい。神矢君。さっき、星子ちゃんも帰ってきた所よ。ご苦労様」
「うー。今日も……一日、酷い目に遭いました。あいつら、俺らが死なないと思って、遠慮ないんですから」
「そう……。苦労をかけてしまって、ごめんなさいね」
「先生のせいじゃないですよ。悪いのはコスモプランダーっす」
おそらくオーストラリア。
能力者の研究所だった。
室内に響く元気を装った声にベッドに横たわっていた女性が、身体をゆっくりと起こしたのが見えた。
傍らでかいがいしく世話を焼く少女と共に、入ってきた少年を暖かい笑顔で出迎える。
飛び込む、というくらいの勢いで入ってきた少年は、ベッドサイドに腰を下ろし身を寄せた。母親に甘えるように愚痴る少年の背に、追い討つ二つの影。
「レルギディオスは直ぐに弱音を吐くんだから」
「うるせー! すぐ直るからって麻酔無しで切り刻まれる俺の痛みがお前らに解るか! つーか、俺は神矢だ。レルギディオスなんて勝手な名前で呼ぶな。
あと、先生と、星子に近づくな」
しっし、っと少年は手を振るけれど、後から入ってきた二人。銀髪、灰色の瞳の少年と黒髪、黒い瞳の少年二人は気にも留めずに近寄ってくる。
女性の傍らで世話をやいていた少女は、苦笑しながらもスッと身を引いてベッドサイドを空けた。
「先生はお前一人のものじゃないだろ? 一日に一時間もない自由時間なんだから、たった一つの癒しを独占すんな」
「そうそう。仕事以外で自由に外にでは出れない、パソコンもネットもできない。退屈しかないこの研究所で女性棟への面会は唯一の癒しなんだから」
「ミハエル君も、ティム君もいらっしゃい」
「! ははは、神矢の気持ちもちょっと解るかな。もう、僕をミハエルなんて呼んでくれるのは先生達だけだから、結構嬉しいかも」
「一歩、外に出れば本名を名乗ることも呼ぶことも禁止だもんな。仲間内でさえコードネームで呼び合えってどうよ?」
肩を竦める少年二人はきっとラス様とジャハール様だ。
三人と同じように、息を呑む程の超絶美形である今とは違うけど、面影はある。
そして、さらに後ろから入ってくる三人。
「仕方なかろう。万が一、俺達の身元が知れたら面倒になる。俺達と同じ能力者が欲しくて皆、血眼なんだ」
「まあ、もう国がほぼ丸ごと滅びてるんだ。身元を隠すも何もないけどね。ただいま、マリカ。セイコ」
「げ? 三人とも、もう帰ってきたのかよ?」
「あ、すまん。言うの忘れてた。さっき俺が空港から連れてきたんだ」
「シュリアさん……。ホセ君、ルドウィックさんも。お帰りなさい」
「ほら、ルド!」
「た、ただいま……」
ああ、アーレリオス様とキュリッツオ様とナハトクルム様だと解る三人だ。
ナハト様は、少し腰が引けている様子だけれど、真理香先生と星子ちゃんの出迎えに嬉しそうな笑顔を見せている。
「外での作業お有疲れ様でした」
「ああ。久しぶりに海斗とも顔を合わせた。君にくれぐれもよろしく、とのことだ」
「アメリカと日本からの生存者、無事に到着したよ。もう少ししたら、また護衛に出発することになりそうだけど」
「他のお二人は?」
「ハオランとセルジュは検査。戻ってきたばかりだから、手短にするって言ってたけど、長引いてるみたい。でも終わったら来るんじゃないかな。
ティムールじゃないけど、君達と会えるのは癒しだから」
「ちぇっ! せっかく実験と仕事が終わった貴重な一時なのにさ」
「うんうん。神矢は頑張ってる。ミハエルもティムもいい子いい子」
「星子ちゃん。さっき差し入れに貰ったケーキ、皆に切ってあげて。
一緒に食べましょう」
「セイコ!」「マリカ先生!」
三人が加わって、あまり広くない室内は人で溢れているけれど、楽しそうな笑顔も広がって、外の緊迫した様子。
室内にいくつもある防犯カメラ。
窓の分厚い鉄格子。全員の手足と首につけられた物々しい鋼のバングル。
そして建物の外に立つ、銃を構えた重々しい表情の軍人たち。
今の彼らの状況を忘れさせる、甘やかな一時となっていた。
どうやら、彼ら第一次コスモプランダー襲撃の生存者十名は、オーストラリアの中央に作られたこの研究所に集められている様子だった。
彼らの話や、周囲の様子とアーレリオス様が前に話してくれたことを総合して解ってきたことだけれど、約三十億人が死亡した第一次コスモプランダー襲撃で、人間の意思と形を保ったまま生き残ったのは十一名。
そのうち、異能を発現させた十名がこの研究所に監禁、実験や研究、それから外での地球人の避難、救助活動にあたっているらしい。
「僕達が乗っている船は、なんでかモンスターに襲われないんだよね。
飛行機も、僕らが乗ってないと、落とされることが多い、って解ったから最近は避難者の移動にはいつも僕らが駆り出されるようになった。
まあ、シンヤじゃないけど、注射と検査と実験のフルコースよりはずっとマシ」
「くっそ、なんで俺らだけ外に出して貰えないんだよ!」
「仕方ないだろう。お前らの能力は俺達と明らかに質が違う。
しかも、完全に衰えず再生する身体に新種のナノマシン精製なんて解明できればコスモプランダー対策の切り札になると思われても仕方ない」
アーレリオス様の言葉に、星子ちゃんと真理香先生の顔が静かに曇る。
みんな、それに気づいているだろうけれど、気付かないふりをして害のない愚痴と会話を続けているのが痛々しい。
「んなこと言われたって、自分でどうしてこうなったのかわかんねえんだぞ。調べて解ることなのかよ!」
「そうね。一月かけて、エルフィリーネの協力を得てようやくナノマシンウイルスの構造や能力が解ってきたところだもの」
『申し訳ありません。私の力が及ばず』
「ううん。エルフィリーネがいなかったら、私達は敵の情報も性質も解らず、大変だったと思うから」
真理香先生の膝上でスマホが微かに震え、声を上げる。人工音声だけれど、紛れもなくエルフィリーネの声質だ。
『私はマリカ様の血液と、コスモプランダーのナノマシンウイルスが融合してできた新型ナノマシンによって構成されたサポートAIです。
マリカ様には名前も頂き、本当に感謝しております。
コスモプランダーのナノマシンの解析とそこからの情報収集しかお役に立てないのが申し訳ないのですが……』
「それが本当に重要なのよ。貴方がいなければナノマシンウイルスの存在も、ナノマシンから発生する妨害電波についても、解らないまま今も。各国が分断されていた筈だから。
妨害電波の波長を分析して、各国の情報通信を回復させた。その功績は絶大よ」
「そうだな。通信途絶のままのエイリアン襲来などホラーでしかない」
『少しでもお役に立てていればいいのですが。マリカ様の体調をサポートするAIとして今の現状は……』
「いいの。今は本当に誰もが我儘を言っていられる状況じゃない。コスモプランダーを退け、なんとか地球を取り戻す為に、今はみんなで力を合わせるしかない時期だものね」
「先生……」
エルフィリーネが心配の声を上げるのもよく解る。
こうして見ていも、ベッドの上の私、真理香先生と呼ばれる女性はかなりやつれていた。
それがコスモプランダー対策の為であることは明らかだ。
例えば腕に刺さっている点滴めいた機械からは薬品が投与されているのではなく、血が抜かれ続けている。
さっきの大統領や、エルフィリーネ。そして襲撃時の映像と、アーレリオス様の話からして彼女、真理香は防御壁を作る能力者で、その力でオーストラリアと、地球全体を守護している。その媒介となるのはおそらく彼女の血液で。
二重、もしくはそれ以上の防御壁を作る為に彼女の身体と能力は限界に近く削られているのだろう。
「……そうだ。神矢。星子」
「なんだよ。シュリア」
「食堂に今回の護衛の報酬というか土産として貰ってきた果汁がある。マリカに飲ませてやりたいと思ってたが忘れてきた。持ってきてくれないか?」
「え? なんで俺らが? ティムが跳んでくればいいじゃん」
「いいの! 解りました。先生、ちょっと出てきますね」
「ありがとう。神矢君、星子ちゃん。お願いね」
「ゆっくりでいいぞ。なんなら少し散歩してこい」
先生に頼まれ、しぶしぶと立ち上がった神矢君が星子ちゃんと部屋を出たと同時、紅い髪、褐色の目と、肌の男性、シュリアと呼ばれた人物が部屋の中央に進み出た。
多分、アーレリオス様だ。インド生まれだって言ってたし、顔立ちに面影があるし、なんといっても風格が違う。
「おい」
ベッドの真理香先生や、仲間達ではなく、虚空に向かって呼びかける彼。
一瞬、私に呼びかけられたのかと思ったけど、違うな。きっとどこかに監視カメラがあるんだ。
「二人の方は少し、そっとしておいてやれ。邪魔はするな。
これから大事な話があるんだ。見るなら、こっちを見ていろ!」
「シュリアさん……」
楽しく、穏やかな雰囲気は一瞬で霧散し緊張が部屋に奔った。
「皆に、確認したいことがある。この場にいない二人には後で話す。
お前らも良く聞いておけ。……エルフィリーネ」
『なんでしょうか? アーレリオス様』
シュリアさんの呼び声に真理香先生の布団の上、スマホがチカチカと光で応えた。
「コスモプランダー共からの指令電波は今も届いているか?」
『はい。ますます強まっています』
「やはりな。皆も、口に出さないが感じているだろう? コスモプランダーからの命令を」
「!!」
全員が顔を背け、あるいは俯き、あるいは中央に立つ彼を見つめ、肯定している。
「『帰ってこい』『従え』と奴らは俺達に命令し続けている。
俺達が生まれたのは地球の希望。奴らにとってたった一つの誤算、だと思いたかった。
だが、違う。受け止めなければ、今後の奴らに対応できない。
だから、言う。覚悟しろ」
悔し気に唇を噛みしめながら、でも彼ははっきりと告げた。
「奴らにとって、我らは配下。おそらく牧羊犬だったのだ。この星を奴らの都合よく育てる為の」
絶望の真実を。
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