【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 第一皇子妃のお茶会

公開日時: 2021年7月10日(土) 01:55
文字数:3,643

 人の顔と名前を覚えるのは、苦手では無い。

 でも、相手は大貴族の、しかも敵方だから、失敗はできない。

 とりあえずは、気に入られておかないと。

 名前をちゃんと覚えるのはその第一歩。

 名前を間違えられて嫌な気分にならない人はいないもんね。


 という訳で私は


「お茶のお代わりはいかがでしょうか? アイテーシア様」

「あら、気が利くわね。ありがとう」


 第一皇子妃主催のお茶会で、教わった知識と記憶力を総動員しながら全力でお茶とお菓子の給仕をしていた。




 全力で給仕って大げさな、と思われるかもしれないけれど、私にとっては本当に全力バトルだ。

 一瞬たりとも気が抜けない。


 事のおこりは昨日、アドラクィーレ様が


「私の主催の茶会にお菓子の準備を。そしてそこで給仕をなさい」


 と命令したことから。

 それも調理実習の終わった後、何の前触れもなく。

 相も変らぬ無茶ぶりだ。

 私を大祭で誘拐した時と、まったく変わらない。


 ティラトリーツェ様不在なので止める人も無く、断ることもできず心の中で溜息を吐きながら私は頷くしかなかった。



「解りました。いつでございましょうか?」

「明日です」

「!」


 ちょっとまて!

 貴族のお茶会は一週間前には知らせるのが礼儀じゃなかったんかい!

 と、心の中で叫んだのだけれど、毎週恒例の定例会だと言われれば反論などできる筈もなく。

 私は大急ぎでアドラクィーレ様の料理人ペルウェスさんと一緒に献立を立て、準備をして最初のお茶会に挑んだのだった。




 ちりひとつ無い応接の間は満開の夏薔薇に飾られて、煌びやかに美しい。

 机やカーテンも全体のバランスや美しさを考慮して配置されているのが解る。

 生花の新鮮な花の香りの邪魔をしないようにしつつフローラルウォーターも使われているっぽい。

 匠の技だと感心する。

 私はまだ、お話したことはないけれどアドラクィーレ様の側に仕えるお側付きの筆頭女官様が采配されているとのこと。

 

 ちなみに王宮に努めるのは一種の名誉職でここで働いている人は基本、一番下の下働きまで全員、国家公務員。

 貴族か準貴族扱いになるとのこと。

 私は例外中の例外だ。


 第一皇子妃様のお抱え楽師が流麗な音色で竪琴を奏で、その中をさらさらとした衣擦れと、貴婦人の笑みが零れる。

 もう、童話やラノベの中で見た事がない異世界、いや異次元の、上流階級の集い。

 正直怖くて震えがくる。

 皇王様、皇王妃様の宴に出た時よりもさらに怖い。

 あの時は第三皇子やティラトリーツェ様がいたし、ガルフもいてくれた。

 でも、ここには味方が誰もいないから。

 第一皇子妃様も、味方、ではないと解るから。


 

「本日はお招きいただきましてありがとうございます。アドラクィーレ様」

「アドラクィーレ様のお茶会はいつも素晴らしくて、毎週、楽しみにしておりますの」

「うっとりするような、花の香り」

「今日も美しい御髪でいらっしゃいますこと。そろそろ私達にもその秘密をお教えいただく事は叶いませんか?」


 側仕えの女官を一人連れて入って来る御婦人達は、まず当然ながら主催者たるアドラクィーレ様に挨拶をする。 


「今日は、いつものパウンドケーキや、クッキー、クレープの他に、新しい菓子を用意しましたの。

 夏らしい氷菓。アイスクリーム。ぜひ召し上がって」

 

 集まった夫人達に上機嫌のアドラクィーレ様は他の給仕を入れず、側に控える筆頭女官様も動かさず私だけにお菓子の取り分けやお茶くみをさせる。


「マリカ。あちらのアイテーシア様がそちらの菓子を所望です。お取りしなさい」

「はい、かしこまりました」 


 一度だけ、名前を呼んで教えて下さるけれど、どこの領地の方だとかまったく知らせては下さらない。

 だから、私はもう…自分の記憶力を総動員して、この間覚えた貴族年鑑を頭の中でくっぴきながらその場を取り繕うしかなかった。

 えっと、アイテーシア様は派閥のナンバー3のアーケイック伯爵家の奥様…っと。


「お茶のお代りはいかがですか? ケーレシアーナ様」

「あら、ありがとう。随分と躾の行き届いた子ね。アドラクィーレ様。この子が噂に聞くゲシュマック商会の娘、ですか?」


 取り分けたケーキをお渡ししたトランスヴァール伯爵家のケーレシアーナ様の問いに我が意を得たと言わんばかりに満面の笑みを浮かべるアドラクィーレ様。


「ええ、そうです。

 マリカ。やっと手に入れましたのよ」


 …手に入れたって何、手に入れたって。



 本気でツッコミ入れたかったけれどとりあえず我慢する。

 私はお茶くみ人形…。




 女性達の話の内容は、美容とファッションの話。 


「アドラクィーレ様、ステキ」


 に基本的には終始した。

 あと、少し、お菓子を含む新しい料理の話題と妊娠が公表されたティラトリーツェ様の悪口合戦。


「こんな時に妊娠するなんて」「子どもを産むなんて正気じゃない」等々。


 側仕えに毒見をさせて新しいお菓子を頬張る貴婦人方は上機嫌だけれども。

 聞いている私が精神がぐりぐり削られて行く感じだ。

 人の…女性の悪意が気持ち悪い。


「どんな時でも俯かず、顔を上げていなさい。 

 格上の相手でも気持ちは負けないように」


 ティラトリーツェ様のお言葉が無かったらめげていたかもしれない。



 …私には会話をする権利は与えられていないから、誤解を解いたりはできないけれど。

 冷静に、感情を取り払って状況と人を見れば、この派閥の中でも人間関係は見えて来る。


 例えばプレンティヒ侯爵家はこの派閥の大貴族の中では第一位。

 全体としての第一位で、皇王妃様のご実家パウエルンホーフ侯爵家に並ぶ名家で、第一皇子妃様を臣下として立ててはいても、微妙な感情があるようだ。

 トランスヴァール伯爵家は情報通。

 身分差を気にせず、奥様のケーレシアーナ様は私にお菓子の作り方などを聞いて来る。


「美髪の液の出所がゲシュマック商会だと聞いたけど、本当?」

 

 とツッコまれた時には笑ってごまかすしか無かったけれど。

 第一皇子妃様に心酔している方、複雑な感情を持つ方、冷静に状況を見定めようとしている方。

 それぞれで、派閥も一枚岩では無いようだ。

 付け入るスキはありそう。

 今、ここにいるのは九人、大貴族は全部で十七人。

 派閥割合は九対八だから、一人、第三皇子派に願えれば状況はひっくり返るのだ。


「表だって皇位や権力を取る気はまだ無いからその辺は気にするな」


 と皇子はおっしゃっていたけれど、いざという時どこに付け込めばいいか調べておくくらいはしてもいいだろう。

 見るに情報通で、第三皇子家とゲシュマック商会の繋がりに注目しているトランスヴァール伯爵家、そして最下位で肩身が狭そうにしているアイネ―デ伯爵家は付け入るスキがありそうな感じ。

 第三皇子妃の悪口を聞かせて平気な顔をしているあたり、私の事は完璧に手に入れたと思っているか、侮っているのだろう。


 だったらそれを逆手に取って、逆襲の為の情報を集めてやる。



 華やかで煌びやかで、でも会話の中身の薄いお茶会もそろそろ終宴。

 私は貴婦人達の背後で、雑談の邪魔をしないように片付けをし始めた。

 本格的な片づけは後からだけれども、返される食器などは脇に纏めておかなければならない。


「これをお願い。今日のお菓子はとても美味でしたわ」

「ありがとうございます」


 侍女さんからお皿を受け取った私にケーレシアーナ様は優しく微笑んで下さる。

 その笑顔が少し嬉しくて、丁寧にお辞儀をし踵を返し歩き始めた。

 正に、その時だ。


「えっ?」


 私の右足元が自分の意志と関係なしにガクンと崩れる。

 何か柔らかいものが歩き始めた私の甲に触れた?

 そう思った瞬間、私の身体はバランスを崩して前に倒れたのだ。


「だ、ダメ!」

 必死に左足を前に出して、完全な転倒はなんとか避けた。

 でもお盆の上に乗っていたカップの一つ、それは地面に落下して…


 カシャン


 小さな音を立てた。

 じゅうたんの上に落ちたティーカップは粉々、ではないけれど完全に真っ二つだ。

 テーブルの影に隠れたそれを、私は拾い上げる。

 

「何をしているのです? マリカ?」

 

 私は落ちたカップを拾い上げるとアドラクィーレ様に向かい合い跪いた。

 

「足を絡ませ、転びました。お見苦しい所をお見せしてすみません」

「何か、割れる音がしませんでしたか?」

「いえ、幸い割れる事はありませんでした。ですが、粗相をして皆様のお目汚しとなりましたことをお詫び申し上げます」


 お盆の上に私が戻したカップを見て、アドラクィーレ様は眉を上げる。

 あれ? なんだかおもしろく無さそうな顔?


「何か?」

「いえ、怪我や被害が無いのなら何よりです。片づけを続けなさい」

「はい」


 頷いて立ち上がる私のすれ違いざま、小さな声が聞こえた。


「ごめんなさいね」

「え?」

  

 貴婦人たちの輪に消えたその声の主が誰かは解らない。

 その言葉と、宴の終了後


「存外、お前は面白くない子ですね?」


「え? それはどういう意味でしょうか?」

「いえ。仕事としてはほぼ文句はありません。

 最後の粗相も大目に見ましょう。今後もその調子で励みなさい」


 かけられたアドラクィーレ様の何か、含むような労いの意味に気付いたのは心配していたティラトリーツェ様達の元に戻ってからの事だった。


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