目を閉じて、自分の中の『力』その流れを感じる。
心臓の鼓動や、血液の循環とは違う、流れが身体の中にあるのが、解るのだ。
それにまずは気付く事から。
エルフィリーネはそう言っていた。
「……カ……ま マリカ様??」
「あ!」
仕事の中休み、休憩時間。
ゲシュマック商会貴族街店舗、執務室。
かけられた声に私は、ハッと顔をあげる。
眼の前に置かれた冷えたお茶と、甘いケーキの香りに初めて気が付いた。
周りを見回せば、カマラにノアール、セリーナ。
そしてラールさんの心配そうな顔。
「どうかなされたのですか? マリカ様?」
私に声をかけたのは、どうやらセリーナだったようだ。
「あ、ごめん。ぼんやりしていたみたい」
「いえ、休憩時間です。
お茶がぬるくなってしまうので声をおかけしましたが、お疲れならベッドで横になってお休みになった方が良いのではないか、と」
「心配しないで、疲れてるとか、居眠りしてた。とかじゃないの。
ちょっと瞑想、というか訓練をね。ケーキ、頂きます。うわ~、美味しそう」
皆の心配で、少し澱んだ空気を私は変えるように明るい声を上げて、フォークを握った。
アイスティーならぬアイステア。レモンの乗ったパウンドケーキ。
黄色が目にも鮮やかで見るからに美味しそう。
「今日は君がいる、って聞いてコリーヌが試作品を試食して欲しいってさ」
「美味しいです。流石コリーヌさん。
オーブンの使い方もばバッチリですね。こんなキトロンの果汁が、パウンドケーキに爽やかさを加えてくれて夏にピッタリだと思います」
まだまだ中世異世界で、夏の冷たいお菓子や飲み物、氷は貴重品。
汗ばむような陽気になって来たこの時期に冷たいものが楽しめるなんて。
こういう時には皇女の立場がありがたいなって思う。
テアも少し濃いめに入れてあって、氷で薄まることを考えてあるのだと思う。
気遣い、心配りの繊細さは流石、元女官長。
「コリーヌは一級試験に合格したからね。
夏の終わりを待ってプラーミァに戻る。
それまでに学べるレシピはできるだけ身につけていきたいって凄い熱意だよ。
彼女のやる気が周囲にもいい影響を与えて、今、貴族街店舗は本店より活気があるかもしれないね」
各国から選ばれた精鋭が、最高の意欲と技術で腕前を発揮する貴族街店舗は社交シーズンということで連日予約でいっぱい。
予約を取らない並んだもの勝ちのワンプレート販売の方に、この間大貴族が並んでいたと評判になったという。
「実習店舗の二店目を早く用意して、大貴族の料理人を受け入れて欲しいという声が高いそうです。
今は、どうしても各国の王室が優先ですからね」
「指導役を第一皇子の料理人がするって話だね。
旦那様は、閉めた第二、第三店舗の料理人を店長に据える予定だってさ」
「ペルウェスさんなら大丈夫だと思いますけど、トップが二人ってことになりますから上手く相手を立てられる人だといいですね」
「マリカ様、お飲み物の氷が溶けてしまいます。
休憩の時くらいはゆっくりとなさって下さい」
いけない、いけない。
社畜根性がまだ残ってるのかな。
休憩は休憩、メリハリはつけないと。
「ごめんよ。僕が仕事の話を振ったから」
「いえ。どうしても性分で、ゆっくり休んでられないんですよね」
「出来る仕事は周囲に回して、少しでも休んで下さいな」
「ありがとう」
お母様にも、お祖父様にも言われる事だけれど、我ながら直らないあなあ。
と思ってしまう。
直す気が無いからだ、と言われればそれまでなのだけれど。
「それで、訓練ってなんだい? 瞑想?」
話を仕事から変えようとラールさんが問いかける。
ここにいる人達、ならまあ、いいかな?
「もうすぐ、大神殿での『礼大祭』じゃないですか?
その時に皆の前で舞を舞うんですけれど『聖なる乙女』の舞で、他の人達の祈り、というか力を集めて『神』に送るそうなんです。
だから自分の中の『力』を確かめて、振り回されない様に制御できればいいなあって、訓練です」
「マリカ様は、選ばれし『聖なる乙女』ですからさぞかし大きな力があるのでしょうね」
どこか羨ましそうにノアールは言うけれど、
「『力』そのものは誰にでもあるって、エル……じゃなくって専門家は言っていたよ。特に不老不死を得ていない子どもは大きな力を持っていて、精霊に愛されているんだって」
『気力』そのものは誰にもあり、子どもは『神』に奪われていない分、大きな力を持っているのだと、昨日、魔王城の守護精霊は教えてくれた。
あ、そうだ。
「ノアールは自分に変わった力がある、って感じた事は無い?」
「変わった、力?」
「うん。不老不死を得ていない子どもはね。『精霊』がその命を愛して守ってくれる為に特別な力を得る事が多いんだって。
『能力』って私達は呼んでいるんだけど。私にも、セリーナにもあるの。
向こう、魔王城で会った子ども達、沢山いるでしょ? あの子達も殆どが能力者」
「え?」「そうなんですか?」
「精霊を見る力だったり、声を聞く力だったり、走るのが早かったり、力が強かったり、歌が上手かったり、動物と話せたりとか色々だけどね」
ノアールだけでなく、カマラも目を瞬かせる。
そうだね。
子どもでも、そう言う力があるって教えられなければ気付かないまま終わる子も多いのかもしれない。
「君の
『能力』を見た時は、ビックリしたな。剣が一瞬で砂になって元に戻ったからね」
「「は?」
「ラールさん……。まあ、ここにいる人達ならいいですけど」
そういえばラールさんには、私の『能力』を『不思議な世界の知識を持っている事』にしているって話してなかった。
子どもの『能力』の事は国でもトップの人しか知らないから、カマラ、ノアールは違和感に気付かないだろうけれど、後でちゃんと話した方がいいかな?
「私の本当の『能力』は『物の形を変える力』なんです。
触ると、その物の形を、質量が変わらない範囲で変えられるんですよ」
手にもっていたフォークに力を送る。
以前、ラールさんに見せた時はお母様の剣だったけれど、あの時と同じように銀製のフォークが一瞬で銀粉に変わり、またフォークに戻る。
「うそ……」「魔術ではないのですか?」
カマラとノアールの目は驚きで真ん丸だ。
「セリーナは、自分の気配を周囲に気付かれない様にする力があるんです」
「自分では、何が変わったとは思えないので、本当にそんな力があるのか自信が無いのですけれど」
「わっ! セリーナさん! いつの間に後ろに???」
ポポン、と背中を叩かれて飛びのいたカマラの顔は青い。
仮にも護衛士が侍女に後ろを取られて気付かないなんて失態だし。
「気にしないで。カマラ。
セリーナは自分の存在感を消して、そこにいる事に気付かれない様にする力があるんです。
姿が消える訳では無いけれど、そこに彼女がいる、と意識していないと見失うし、気付けないようですよ」
セリーナが魔王城に来てから、検証実験はした。
彼女が周囲の人に見つからないように、と念じてから人のいる部屋に入った場合、魔王城でもゲシュマック商会でも周囲の人間達はそこにセリーナがいることに気が付かなかった。
部屋から指定のものを持ち出す事も可能。
店舗のような人の多い場所でも、彼女を見つける事ができた人はいなかった。
悪用しようとすれば色々と悪用できる能力なので、よっぽどの時以外には使わない様によく話してある。
ゲシュマック商会でも知っているのは上層部のみ。アルケディウス皇王家では雇い主のお父様とお母様だけだ。
「カマラは小さいころに、人より得意な事とかありませんでしたか? でなければ自分を助けてくれる力を感じた事は?」
「……言われてみれば、ですけれど、人より鼻が利く、と褒められていました。
酒蔵の発酵の失敗とか、麦の異変とか、水の汚れとかに気付く事が多かったんです。
後、魔物の匂いを感じたり、悪人がエクトール領に盗みに入ろうとしたのが解ったりとか……
不老不死になってからは、なんだか鈍くなって、感じ取れなくなってしまいましたけど」
「じゃあ、それがカマラの『能力』』だったのかもしれませんね。
子どもが欲しいと願う力。やりたいと思う事を助けてくれる力が発現する事が多いと聞きますから」
きっとカマラはエクトール蔵の為に役に立ちたいと思って一生懸命働いていたのだろう。
カマラらしい『能力』だ。
「不老不死になると、『能力』は消えるのですか?」
「消える、というよりも使えなくなるようです。不老不死は『神』の恩恵を強く受けているので、そっちに力が取られて『能力』は使えなくなる、と専門家は……」
待てよ。
もしかして不老不死者が『気力』を奪われない。もしくは奪われた以上の『気力』を補充出来たら『能力』使えるようになったりしないかな?
「では、私にはまだその『能力』が使えるようになる可能性がある?」
がっくりと肩を落とすカマラと正反対にノアールの目が輝く。
「ええ。あると思いますよ。というか、もう芽生えたりしてないかなっていうのがさっきの質問の理由で」
魔王城の子どもだけの統計だからはっきりとは言えないけれど、魔王城の子ども達はほぼ全員五歳から十歳までに『能力』に目覚めている。
外から来たミルカは『『能力』』の事を知った次の日に、変身の能力が発現したっけ。
「今は、まだ……解りません。そういう力が自分にあるかどうか……」
「焦らなくても、いいと思いますよ。ノアールになりたい自分や目標があって、それに力が欲しいと思えば、多分『能力』が応えてくれると思います」
昔、アーサーやエリセが『『能力』が欲しい』とかなり長い間悶々としていたことを思い出す。
でも、それぞれがそれぞれのやりたいことを見出した後、助けてくれる『能力』は自然に目覚めた。
きっと、そういうものなのだ。欲しい、と思って得られるものでは無く、いつか自分の中から意思と共に芽生えるもの。
意思の力『気力』によって発動する、という『能力』は。
「もし、それらしいものが感じられたら、教えてくれると嬉しいです。
決して悪用したりはしませんし、検証実験にも協力できますよ」
『能力』は未だ広くは知られていない。
一番研究が進んでいるのはアルケディウスで、専門家と言えるのはフェイだけだろう。
能力の方向性を知ったり、実験したりするにも魔王城が一番適している。
「解りました。その時には必ずお知らせします」
ぎゅっと、手を握り締めるノアール。
彼女にも目指す何かがあるのなら、応援してあげたいと思う。
「マリカ様」
「何ですか? カマラ?」
「私、本当に不老不死を外したいんですけれど、ダメでしょうか?」
「どうして?」
「不老不死をもっていると、魔王城に入れませんし、剣とも意思を交し辛いのでしょう?
マリカ様から頂いた剣は、確かに私を助けてくれる意思を感じるのですが『彼』に私から力を送れないのも悲しくて……。
『能力』の事も合わせて、真剣に不老不死前に戻りたい、と思ってしまうのです」
カマラはカマラで、真面目で一途。
仕事に誇りを持ち、真剣に私に仕えてくれている。
だからこその思いなのだろうけれど、素直に頷いて後押ししてあげる事はちょっとできない。
「でも、護衛の仕事には『不老不死』はあって邪魔になるものではありませんよ。
敵から傷を受けて、退場するようなことになれば護衛の任務は果たせなくなりますし」
「それは、そうなのですが……」
「焦らないで、色々と方法を考えていきましょう。
次の旅でリオンに戦い方を教えて貰う約束をしたのでしょう?」
「はい」
色々と考えている事もあるし、一度不老不死を外したら元には多分戻れないのだ。
ここは慎重に行くべきだと思う。
「とりあえず、休憩はここまで。
出立前の最後の夜の日に魔王城に戻れるように、できる限りの仕事は片付けていかないといけませんからね」
私は話を切り替えて仕事に戻った。
私が戻ったから、他の皆もそれぞれの仕事を始める。
瞑想と訓練は付け焼刃だけど、もう少ししっかりと続けてみよう。
火の二月。
大神殿での礼大祭は、もうすぐそこなのだから。
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