【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 深層意識下の戦い

公開日時: 2023年12月13日(水) 08:48
文字数:3,867

 馬車から降りたとほぼ同時にそれは起きた。

 身体から、全部の力が引っ張り出され、どこかに流れていくような感覚。

 目の前に急に黒幕がかけられて私の視界は閉ざされた。

 もちろん、それは比喩だけれど。


「マリカ様! しっかりして下さい! マリカ様!!」


 まるでこむら返りをしたように、足がピキッと攣って、そのまま動かなくなる。

 同時に足の力のふんばりが効かなくなり、私の身体は棒切れのように倒れた。

 カマラが支えてくれたので、激突はしなかったけれど、私はそこからもう指先一本、動かせなくなっていたのでそのまま目を閉じた。


「カマラ? 何があったのです? 一体マリカはどうしたの?」

「あ、ティラトリーツェ様解りません。急に倒れられて。馬車の中ではふつうにしておられたんです。なのに……」

「とにかく寝室に運んで!」

「はい」


 王宮や孤児院でなく、家で良かったなあ、というのがこの日考えた最後の記憶。

 私はそのまま目を閉じた。閉じるしかなかった。



 夢の中、というか無意識下の空間にはけっこう慣れてきたように思う。

 何もない、無重力の空間。

 これが私の精神世界なら割とさっぱりしているな。

 と自分でも思う。

 私はあんまり夢を見ない方だ。

 夢の中での残っている記憶は精霊神様と話をしたり、与えられたりしたものが殆どだった。あれは私の精神を『精霊神』様が話をしやすいように自分の領域に引っ張ったのだと思う。

 で、今起きているこれは多分、違う現象だと確信できる。


 例えていうなら、ホースで水を抜かれているような。

 私の力が、どこかの誰かに向けて流れて行っている。

 現実での私は突然発生したそれに対処しきれず、ぶっ倒れたのだろう。

 夢の中の私も今、それを止めることはできない。止める蛇口が見つからない。

 だから、私は、その流れの行く先を探してみることにした。

 我ながら他人事のようだけれど仕方ない。

 夢の中の私はゲームのアバターで、なんとなく現実感が無い。それを俯瞰しながらキャラクターをコントローラーで指示を与え操作しているような感じなのだから。


 力の流れはさっき、ホースと水に例えたけれど、はっきりと目に見えている訳じゃない。

 ただ、周辺の空気が揺れたり、流れ星のように煌めいているのでこっちに行っているなというのを感じることができるだけだ。

 無重力空間なので、ふわふわと宇宙飛行士のように飛びながら、私は力の流れの方に向かう。

 少しとんだところで白い空間は終わっているのが解った。

 イメージ的にはシャボン玉。私のシャボン玉に、もう一つ別のシャボン玉がくっついている。でも、そのシャボン玉に直接力が流れていくのではなく、


「子ども?」


 シャボン玉の手前に子どもがいて、その子に力が流れ込んでいるのが解った。

 その子は、泣いている。

 2~3歳くらい? ぐしぐしと目元を押さえながら。


「どうしたの? なんで泣いているの?」


 私はその子の前に降り立った。

 無重力空間ではあるけれど、少年の周りには重力があるようだ。

 膝をつき目線を合わせる。

 太陽の光のように輝く金色の髪の毛。新緑を輝かせたような碧の瞳。

 とっても綺麗な顔立ちの子どもだった。

 多分、男の子じゃないかな? と思うんだけど、女の子に見えない事もない。

 息を呑む程に愛らしい。でも、どこかで見たような。

 その子の視線が、私の方に向いた。

 エメラルドのような瞳を真っすぐに私の目と合わせている。


「まいごに、なったんだ。

 おうちに、かえりたいのに。かえれない……。かえれないんだ」


 少年の目からは止まることのない雫が溢れている。

 寂しそうで切なそうな表情。

 ダメだ。私、こういうの放っておけない。


「どうすれば、帰れるの? おうちは……帰る所は解る?」

「かえるところは、わかる。かえるほうほうも、わかる。でも……ちからが、たりない。

 だから……、だから……

 いっしょにいこう……おねえちゃん!」


 ひいっ!


 私は思わず後ずさってしまった。

 だって、子どもの身体が急に黒い靄みたいなものに包まれて浮かび上がったんだもの!

 そして、ぶああっ!

 と広がって、私の周りを包み込むように絡みついてくる。


「な、なに? これ?」

「さあ『精霊の貴人』 そのちからを、ぼくに!!」

「い、いや! ちょっと待って!!」


 黒い靄は形も手ごたえも無いのに、私の手首や足にまとわりつき、身体と抵抗を絡めとってしまう。まるで大きな腕に抱き留められているようで気持ち悪い。

 それに、身体に触れられたことで、力が余計に吸い取られていくみたい。


「こんなこと、しなくても……助けて欲しいなら、手伝うよ。

 だから、離して! 一緒におうちに帰ろう?」

「ダメ、だよ。おねえちゃんは、みんながほしがってる。

 だから、つかまえたら……ぜったいに、だれにも、とられないように……しまっておかなくっちゃ」

「え?」


 身体から、勢いよく、力が抜けていく。さっきとは比べ物にならないスピードで。

 と、同時に相手の姿がどんどん大きくなり、変わっていくのが解った。

 前にも見た、あの『魔王』エリクスの姿へと。


「ぼくは、いや……我が名は魔王エリクス。

『聖なる乙女』その力、貰い受ける!」


 魔王の攻撃? いったい、いつ、どこで?

 思わず動揺してしまったけれど、そんなことを考えている余裕は正直なかった。

 元から吸い取られていたこともあって、凄い勢いで、力が抜ける。

 この身体も立って、というか維持できなくなりそう。

 身体が無くなったら、私個人の精神がむき出しになって、相手の手に落ちる。

 そんな予感が奔った。まずい。このままじゃ、絶対にまずい!


「だ、だれか! 助けて! 助けて!! リオン!!」


 必死に、私は助けを求めた。

 ここにリオンはいないし、助けにも来れないと解っているけれど、他に呼べる名前が出てこない。ただ、ただ全力でもがいて叫んだ。


「こんな、深層意識の奥底まで、アルフィリーガが入って来れるわけ……なに!」


 声の調子も変わった、『魔王』の影。

 私の必死の抵抗をあざ笑うかのように呟いたけど。

 その瞬間! 


 パリン!!


 シャボン玉が割れて、外から黒い閃光が、燕のようにしなやかに、私の側に舞い降りた。


「リオン!」

「マリカ!」

「何!!」


 その小さいけど大きな背中は、一言だけ、私の名前を呼ぶと、青い短剣を引き抜き、目の前の敵に飛び掛かっていった。

 魔王の姿は解けていて、子どもに戻っている。どういう理屈なのかは解らない。


「な、なんで?」


 私に関しては圧倒的な力を発揮していた黒い靄も、リオンに対しては全く役に立たない様子。

 短剣の一閃で散らされて、子どもはねじ伏せられ、倒された。


「は、離せ!」

「まったく。油断した。

 まだ大したことはできないと、甘く見ていたが、仕置きが必要なようだな。……マリカ」

「な、なあに。リオン。っていうか、その子誰?」

「こいつは、力が欲しいんだそうだ。少し、分けてやってくれないか?」

「力を分ける?」


 気付いてみれば、力の流出は止まった感じだ。

 黒い靄も霧散して、身体に力が戻っている?


「そうだ。『精霊神』に与える時のように、本気で、真剣に力を分けてやってくれ」

「いいけど……ホントに誰? 魔王エリクス、じゃないよね? 何があったの?」


 じっくりと見てみれば違う、のが解る。

 同じ金髪碧眼の子どもだけれど、雰囲気とか完全に別人だ。


「後で話す。さっきの件、頼めるか?」

「あ、うん。いいよ」


 とりあえず、私はリオンに言われるまま、地面に臥したままの男の子の背中に手を触れ、力を送り込む。奪うんじゃないし、いいかな?


「う……、あああっ!」


 すると男の子は身体をびくびくと振るわせて、何かから逃れるように、逃れようとするように首を左右に振った。

 でも、リオンがしっかりと押さえつけた体は動かない。

 何か、苦しそうだな、と思って私は力を送り込むのを途中でやめたのだけれど、それでも何かしらの効果はあったようで身体を捩るように動かした後、男の子は


「あ……う、あああ!!」


 一際大きな声を上げて、意識を失ってしまった。

 気絶?


「どうかしたの? 私のせいで、何か具合悪いことになったの?」

「心配いらない。疲れてちょっと動けなくなっただけだ。死んではいないし、身体が動けなくなったり不自由になることもない。俺が保証する」

「なら、いいけど……この子、本当に誰?」


 三度目の疑問、質問。

 この顔……見覚えがあるような気はするのだけれど。思い出せない。


「さっきも言った通り、話は後で。とりあえず、今は戻れ」

「う、うん。解った。リオンは?」

「こいつをあるべき場所に返したらちゃんと戻る。ほら、迎えが来た」

「マリカ!!」


 迎えと、リオンが指をさす先。空から緑色のリボンのようなものと声が降ってきた。


「ラス様、ですか?」

「そう。君の深層意識の中に勝手に入っていけないからね。帰る為のルートを作ったから早く戻っておいで」

「ここって、やっぱり私の深層意識だったんですか? でも、どうしてこの子とリオンは、ここに?」

「詳しい話は後で。リオンは、別ルートから入ってきたから、別ルートから出ていく。

 心配はしなくていいよ」

「リオン」

「そういうことだ。こいつを戻したら、直ぐにお前の所に帰るから」

「解った。待ってる」

「じゃあ、後でな」

「助けてくれてありがとう」


 リオンは、気を失った男の子の首根っこを猫を掴む様に持ち上げたと同時、瞬間移動。

 その姿を消した。赤いビーコンみたいなものが煌めいていたから、アーレリオス様でも助けてくれていたのかも。


「マリカ。早くおいで」

「解りました」


 私は緑色のリボンに足を乗せる。と同時リボンは高速エスカレーターのように音を立てて私を引き上げたのだった。

 白い空間の外。現実世界へと。


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