拍手と共に幕が下りると直ぐに、また幕が上がった。
所謂カーテンコールだ。
流れてきた音楽に顔を明るくする者も多い。
アルケディウスの大祭で踊られる円舞曲だから。
円舞曲で踊る風に俳優達が前に出てきて一礼する。
まずはアンサンブルの人達。それから悪役を演じた婚約者と、その部下達。
舞台上では悪役だけれども、カーテンコールでは明るい笑顔をしている。
好きだなあ、こういうの。
それから、精霊女王のドレスを纏った町娘マーリカと、チェルケスカ姿のレオン。
結婚式の花嫁と花婿姿ってことだね。
その後に出て来たのは精霊王のお付きのパルと精霊女王の侍女のルーチ。
この二人はただのお付きと侍女じゃなくって、実は強い風と炎の精霊って設定らしい。
バトルシーンでは、王と女王を守って大活躍してた。
あんまり表に出てこなかったけど、恋人同士でもあるらしく、王様と女王がすれ違う度にため息をついたり、目配せやサインを送ったりしてたのが面白い。
最後に皆に迎えられて出て来たのは『大祭の精霊』姿の精霊女王ヴィエネーラと精霊王コルドゥーン。女王の髪には星の飾りも光っている。
衣装で言うならマーリカとレオンの方が豪華なんだけれども、なんだか凄く、輝いて見えるのは布地の質がいいからなのか、役者さんのオーラなのか。
そして違った。最後じゃなかった。
本当に最後の最後に出て来たのは、エンテシウス。
この物語のスタートを告げた人物で、要所要所に出て来ては次にどちらのサイドなのかを教えてくれたっけ。
いわば物語の案内役。
彼らが全員で並んで、お辞儀をする様子は向こうの世界のミュージカルや劇団を思い出す。お芝居の基本的な所はこちらも向こうも変わらないのかもしれない。
カーテンコールの挨拶を終えた後、普通なら舞台の幕が下りるのだけれど、音楽が終わっても彼らは並んだまま、観客席を。
正確に言うなら、私達。
私と、皇王陛下を見ている。
新しい劇団の初演。その判定や如何に、と緊張の眼差しで。
「皇王陛下?」
私は伺う様に皇王陛下の顔を見た。
一応、発案者で支援者は私だけれども、この国最高位の御方がいるというのに勝手な事は言えないというか……。
「私が先に、感想を言ってもいいのか?」
「お願いいたします」
私が水を向けると皇王陛下は、うむ、と満悦な顔で頷くと立ち上がり
「エンテシウス、そしてその朋友たる劇団員達よ。
此度の演劇、実に見事であった。
劇と言えば勇者伝説という、不老不死世に、全く新しい舞台を作り上げた事は賞賛に値する。私を含む、貴族、子どもら、騎士、魔術師、女達、この場に集う老若男女が誰も、飽く者なく、最後まで劇を楽しみ、喝采を送った事がその証。
良くやった」
「あ、ありがとうございます……」
アルケディウスの王にして最高権力者、皇王陛下から賜った賛辞に、エンテシウスは深々と頭を下げたと同時、光る雫が跳ねた。舞台上の役者達の間からも、嗚咽が聞こえる。
私が無茶ぶりを言いつけてから約三カ月。0からのスタートでここまでたどり着き、それが報われたのだから。
と、皇王陛下が後ろに首を向け、くい、と前に動かすと一人の人物が前に進み出た。
今回は文官長、タートザッヘ様が一緒じゃないから、皇王陛下のお付きの人、と思っていたのだけれど
「エンテシウス」
「……父上」
「え?」
どうやら、彼はエンテシウスのお父上で、大貴族の一人。ナディエジータ伯爵であらせられたようだ。
大貴族の顔と名前、覚えたんじゃなかったのかって?
一応覚えたつもりだったけど、大貴族として顔を合せた時とこういう場所では違うモノなんですってば。
「お前は、兄や弟と違って役職に就こうとも、私の仕事を手伝おうともしない、放蕩者だと思っていた。
いや、事実放蕩者でではあるのだが、我らから見て遊んでいるようにしか見えないことでであっても、貫き通せばそれは価値あるモノになるのかもしれぬ」
「父上……」
「しっかりやるがいい。私は『聖なる乙女』に見込まれ、皇王陛下に認められた其方を誇りに思う」
皇王陛下がエンテシウスの為に伯爵を連れて来たのだということが解った。
今後、皇王家お抱え、私が後見する劇団の主宰者として彼が認められ、活躍できるように。
流石、皇王陛下。
こういう気遣いや人間関係の気配り、まだまだ私には経験や配慮が足りないと実感する。
「まだまだ、荒さはあるがな。
祭りに出たという大祭の精霊の動きをただ、なぞるでなく独特な解釈で美しく、楽しい物語にしたのは良いが、色々と不自然なところもある。
例えばいきなり貴族かもしれない女に服を脱げと迫るとか、精霊でなければ無礼を責められ大事になってもおかしくないぞ」
「あ……はい」
「後は、ドレスを物語の主軸にするなら、最初に婚約者が与えたドレスの素晴らしさを強調しておく。そうする事で、精霊のドレスを手に入れた驚きと見事さが際立つだろう。
劇の中の事、深い設定が必ずしも必須ではないし、流れと勢いで押し切ることも大事だがそういう細やかな所に手を抜かない事が、最終的な完成度を高めることに繋がる」
「あ、ありがとうございます」
「精霊の王と王妃に少し威厳が足りぬのは、若々しさを表現するのには良いと思うが……」
皇王陛下はお芝居に詳しくないとおっしゃっていたけれど、どうしでどうして。
出すダメだし、語る注意点。
どれもが的確で的を射ている。エンテシウスは一言も聞き逃すまいと真剣だ。
私なんかは中世だし、短い時間で頑張って整えたと知っているから甘くなりがちだけど『神は細部に宿る』というしね。
皇王陛下のアドバイスを入れて直せば、きっと舞台は格段にレベルアップする。
短い期間でここまでよく頑張ったなあ、という贔屓目が入る私より、よほど良い観客で指導者だだと思う。
「まあ、色々と申したが、全体として私は気に入った。
精霊を称え、愛するアルケディウスらしい魅力的な話であったと思う。
孫を題材にしたことも、好印象だ。マリカ、其方はどう思う?」
「お祖父様?」
孫を題材、と言われて一瞬、ドキッとした。
『大祭の精霊』の正体が解っているのかな?
と思ったけど、きっと人間のヒロインとヒーローの事だ。
マーリカとレオンって、私達の名前から取ったんだなって思うもの。
「皆さん。今の劇を見て、どう思いましたか?」
最終判定を前に私は、孤児院の子ども達や職員に向けて問いかけた。
「お、面白かったです」「楽しかった!」「また観たいな」「僕も俳優になってみたい!」
「これが答えです。おめでとう。賭けは貴方の勝ちですよ。エンテシウス」
返ってくるのは鮮やかで楽し気な肯定の声。
子どもだけじゃなく、勇者の劇を見慣れている大人や職員。そしてリオンやフェイも。
紡がれる賛辞はきっとお世辞じゃない。
喜びと憧れに輝く目がはっきりとそう言っている。
「勿論、皇王陛下がおっしゃったように、改善した方がいい点はいっぱいあります。
でも、今まで勇者伝説しか、知るべき話、楽しむべきものが無かった世界に、きっと貴方達の劇は新風と、喜びを齎してくれると思うのです」
私は、ゆっくりと舞台に上がり、填めていた手袋を差し出した。
あ、決闘とかではないからね。
「今後、皆さんはもし良ければ、グローブ一座を名乗って下さい。
古い言葉で、手袋をグローブっていうと聞きました。
貴方達は、私の大事な仲間で、手の代わり。
私の代わりに世界を回り、人々に喜びを与えて下さいませんか?」
向こうの世界の劇場の代名詞、グローブ座の『グローブ』が手袋、ではないことは知っている。
確か、地球とか、そういう意味。
でも、私が後見を与えている、ってことが解るように第三皇子家の紋章が入っている日用品を与えようって考えるとハンカチか手袋になるんだよね。
ハンカチ一座じゃ、ちょっと冴えない。
この日の為に、新しくて綺麗な手袋してきたよ。
ちなみに私の手は、そんなに綺麗ではないのだ。料理や水仕事するから。
公式の場では手袋必須。
エンテシウスは、私が差し出した手袋を恭しく受け取ると、跪き口づけてくれる。
「アルケディウスの宵闇の星。世界の不用品であった我らに喜びと希望を与えて下さった
『聖なる乙女』
その強く、美しい心と指先に賭けて誓いましょう。
我等、グローブ一座。
必ずや人々に、新たな喜びと笑顔、そして感動を贈り届けると」
エンテシウスと共に他の劇団員たちも頷いてくれた。
舞台上から観客席を見下ろすと、リオンの嬉しそうな笑顔が見える。
ここにアルケディウス皇王家後援、皇女の手袋。
グローブ一座が誕生したのだった。
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