フリュッスカイトとの秋の戦が無事終わり、軍が戻ってきたのは空の一月の終わりだった。来週からは空の二月。
空の二月の開始と一緒に大祭が始まることになりそうだ。
私は予定より少し早く帰ってきた軍を舞台上から見つめそう思った。
二年連続の秋の戦の大勝利。
去年の私は、ゲシュマック商会の使用人として初戦で一番手柄を立てたリオンを、片隅で見送るだけだった。
今は、こうして皇女として舞台の上から出迎えている。
去年の秋の戦が大きな転機だったなあ、と改めて感じている。
部隊の最前列に指揮官トレランス様。
指揮を行う将軍達の後にミーティラ様とユン君を先頭に立てた一団が入ってくる。
赤い大きな旗をユン君が掲げているのは戦の一番手柄の証。
良かった。
女性騎士貴族として侮られることなく、ミーティラ様は最大の功績を挙げてこられたのだ。
「今、戻った。出迎えご苦労。聖なる乙女。その祝福により我らを勝利に導いてくれたことに礼を言おう」
「お帰りなさいませ。二年連続の戦勝を心からお喜び申し上げます」
私にしっかりと頷いて、トレランス皇子が剣を掲げる。
「誉れ高きアルケディウスの達よ。我々は勝利した!」
ここからの挨拶はいつも殆ど同じなので省略。
夏にケントニス皇子にもしたので、トレランス皇子にも光の精霊を呼び出して視覚効果はちゃんとUPさせておいた。
皆、熱狂に近い大歓声を上げている。やっぱりスポーツチックなんだよね。
この世界の戦って。
早く失くしたいというお父様のお気持ちは解るけれど、どうしたら無くせるものやら……。
トレランス皇子が戦の終わりと大祭の始まりを宣言すると、街は一気にお祭りムードになる。
本格的な祭りの始まりは、まだ三日後だけれど、街中が浮足立っているのが分かった。
今年の祭りはきっと、去年以上に夏以上に賑やかなものになるだろう。
お母様は、今頃、家でお父様とミーティラ様の出迎えをしている。
私も打ち合わせが終わったら館に戻ってパーティに参加する予定。
ただ、予行練習の時と衣装が変わった、とお母様が報告したので皇王陛下と皇王妃様が確認の為に、私は城に来るようにと命じたのだ。
そういう訳で非公式の身内用謁見の間。
「ただいま戻りました。皇王陛下、皇王妃様」
「うむ、出迎えご苦労だった。今回も、光の精霊の祝福があったと、民も喜んでいたようだな」
「皇王陛下のご威光の賜物にございます」
私を優しく労ってくれる皇王陛下に私は深々と頭を下げた。
「そういえば、其方が皇族として名乗りを上げて間もなく一年だな」
「はい。大祭三日目の会議にお父様と乱入しましたことは今も忘れられません」
「さもあろう。私とて忘れられぬ」
皇王陛下が髭をなでながら笑う。
その眼差しはとても暖かく優しいものだった。
「給仕の娘がいきなり我が孫だと言われた時の事はな。
だが、不思議と疑問には思わず、むしろすんなりと腑に落ちた。
其方が来てからというもの穏やかな日々は消えたが、楽しみ、喜びは倍増した。真、其方は幸せを運ぶ小精霊であったと今は思っているぞ」
「ありがとうございます。お祖父様」
ちょっぴり心は痛い。
実際には私は皇子の子ではないし、陛下達の孫でもないから。
でも、子ども達を守り、世界の環境整備をする。
私の目的を叶えるためには今の立場がどうしても必要だ。
だからせめて従順で役に立つ孫娘でいようと改めて心に誓う。
「ティラトリーツェも貴女が可愛くて仕方がないようね。まさか、国宝を国から本気で奪い取ってくるとは思わなかったわ」
「国宝? このサークレット、国宝なんです?」
皇王妃様の呟きに、私は首を捻った。渋る国王陛下から分捕ったかなりのお宝、みたいなことは聞いていたけど、そこまでのものとは思ってなかった。
目を見開く私にああ、と頷いたのは皇王陛下だ。
「アルケディウスに伝わるこの王勺とほぼ同格の『精霊神の遺物』だ。各国に二つはない」
「いっ!」
皇王陛下が手の中の王勺をパシパシと弄びながら笑う。そういえば、あの王勺って『木の王の精霊石』じゃないかって話があったんだよね。今、どういう状況なんだろう。精霊石として起きてるのかな? 意識や力残っているのかな、と少し心配になるけれど、それを気にしている余裕は正直ない。
「アルケディウスには『聖なる乙女の至宝』は残されていない。同様にプラーミァには王勺が無い。アルケディウスは北の国故、王による精霊石を使った魔術が必要であった。プラーミァには必要が無かった故に王勺としての精霊石が伝わらなかった、と今、私は理解している。
あくまで其方が諸国を回ってきて感じた推論であるがな」
つまり、皇王陛下の推論を正しいとするのなら、各国に一つ『精霊神の遺物』が残されている。それはカレドナイトを使った『聖なる乙女』が使うものか、王勺かに分かれる。
王勺は七つの国の『王』の精霊石。これは国王が持つべきものって意味ではなくその国と『精霊神』が司る自然の力を操る『王』っていうことで、王勺を与えられた国は、その『精霊の王』の力を借りて魔術師として国を治めることを期待されていた可能性が高い。
精霊国に残っていた三本の『王』の杖が風と、地と、火。
南国三国のものであることからしてもそう大きな間違いではないと思う。
(「陛下に、『その杖貸して下さい』とか『陛下は精霊術が使えないんですか?』とは、ちょっと聞けないしね~」)
私が下手に王勺に触れたことで変な騒ぎが起きたら大変だ。後で『精霊神』様本人に聞いてみた方がいい。
教えてくれない可能性も高いけれど。
「今後の祭事に私が、このサークレットをアルケディウスで使っても良いでしょうか? 最初の使用は大祭での『精霊神』へ捧げる舞になると思うのですが」
とりあえず、一番確認しておかなくてはならない点を確かめる。
私はその為に呼ばれたのだ。
お母様が下さったプラーミァの至宝。それをアルケディウス皇女が使用してもいいのか?
アルケディウスの面目が潰れたり、アルケディウスの宝物を使えと言われないか?
「許可する。現状、アルケディウスには言った通り『聖なる乙女の至宝』はないからな。其方の身を守る為に使うのであれば『精霊神』様もお許し下さるであろう」
許可は悩むよりすんなり降りた。
「プラーミァは其方への礼と一縷、獲得への希望としてそれを贈ってきたのであろうが、アルケディウスは其方を手放すつもりはない。
其方の次代となるであろう『聖なる乙女』レヴィーナもプラーミァの流れを汲む者であるしいずれ返却を求められるまで使い倒していくのが良いだろう」
使い倒すって、と思ったけれど口には出さないでおく。大事に使用するの意味で。
それによく考えれば、使用許可は後で『精霊神』様達に聞いて取ればいいのだ。アルケディウスの王勺の現状とか使い方も言っていいことなら教えて下さるだろう。
「大祭が始まれば忙しくなる。今日、明日はゆっくりと体を休め英気を養い大祭に臨むように」
「かしこまりました。ありがとうございます」
「無理はするでないぞ。其方自身が既に装飾品に勝る『精霊神』の宝である」
私は皇王陛下の言葉を魔王城に行ってのんびりしてこい、と取った。
大祭後またドタバタになる可能性は高いし、素直にご厚意に甘えよう。
頭を下げた私は退出しようとした。
というか退出したのだけれど。最後の最後、退出直前に意味深な言葉が背にかけられた。
「マリカよ」
「はい。なんでしょうか?」
「『大祭の精霊』を知っておるか?
夏の祭りに現れたという不思議な一対、幸せを呼ぶと呼ばれる者達を」
「う、噂だけですが」
「今年の祭りに現れると思うか?」
「私には、解りかねますが……一度、あまりにも騒ぎになりましたので出ないのではないでしょうか?」
「そうか、それは残念だな。私も会ってみたいと思っていたのに」
含み笑う皇王陛下は、それ以上言葉をかけず、退室を許してくれたけれど。私は部屋を出ても、館に戻るまで冷汗が本当に、止まらなかった。
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