少し話は前後するけれど、買い物に行った時服飾店に寄れなかった私の為に、王子妃フィリアトゥリス様が御用達の服飾店を呼んで下さったのはゲシュマック商会との契約の翌日だった。
王室御用達の服飾店、すなわち商業ギルド長のマクラーレン商会。
私の機嫌を損ねたから、なんとかしたいと思ったのだろうか
それとも商売の方はちゃんとしているのか。
多分、両方なのだろうけれど
「姫君、こちらがサーレン。こちらがランガ、そしてこちらはガークラと申します。
どれもプラーミァの伝統的なドレスでございますわ」
たくさんのドレスや綺麗な布、スカーフなどを持ち込んで、私に丁寧に説明してくれた。
「こちらのランガが、新年の時などに着る正式なドレスですわ」
私にとってはインド風のツーピースドレスに布を巻いた服は=サリー(サーレン)だったのだけれど、実際には色々と種類があるようだ。
サーレンが大きな布をぐるりと巻くのに対し、ランガの方はそこま大きな布を使わない。
身体にピッタリと合わせた胸下までのブラウスと、腰元はタイトで下に行くとふんわと広がるスカートに、ショールを羽織る感じなのだろう。
見本に見せて頂いたのはフィリアトゥリス様の国内行事用なのだとか。
光沢のあるサテンのようなピンク色のドレスの裾には華やかなペイズリー風の装飾のが施されている。
透明感のあるショールには一つずつ、ビーズが煌めいて見ているだけでうっとりしてしまう。
街で買ったものとは違う、向こうが透けて見えるほど薄様のショールは完全な装飾品なのだと思う。
「これを着たフィリアトゥリス様はさぞお美しいでしょうね」
「ありがとうございます。前にお話したようにあまり民族衣装は舞踏会などでは着ないのですが、もしお望みでしたら次の晩餐会の時にでも着てみましょうか?」
「ええ、ぜひ…って晩餐会、まだありましたっけ?」
私的には歓迎の晩餐会でもうお腹いっぱい。
あと最後に国を出るときの送別会は逃げられないかなとは思っていたのだけれど。
「滞在期間の丁度中日に、姫君の活躍を労う晩餐会が設定されていた筈ですわ」
「滞在期間の中日って…明後日?」
「ええ、たしかそうです。火の日ですから」
「いっ…」
それはヤバイ、完全に頭からすっぽ抜けてた。部屋に戻ったら予定表確認しないと。
「姫君にもプラーミァにおいでになった記念に一着お贈りしたいと、お義父様や王太后様が仰せなのですがいかがですか?」
「え? こんな豪華なドレス頂く訳には…。それに私、まだ子どもですし、このドレスはピッタリしていて背が伸びたりしたら直ぐに着れなくなりそうです」
フィリアトゥリス様がお声かけ下さったけれど、本当にプラーミァのドレスはタイトでしかもへそ出し。
お腹に贅肉がついたりしたら一度でモロバレだ。
戦士国のすんなりとした女性だからこそきっと似合う服…。
「あら、着れなくなった新しい服を注文すればよいのですわ」
ニッコリと微笑んであっさりおっしゃるけれど、やっぱフィリアトゥリス様は生粋のお姫様だな。
「それほどご心配はいりませんわ。この服は見かけと違って大きさの調整が可能ですの。
腰の所と首、胸の所はほら、紐で大きさを合わせるのですわ」
で、追加でマクラーレン商会のデザイナーさんが営業をかける。
良く見てみれば胸丈ブラウスはチューブトップのような感じで首と下は紐でサイズを合わせている。
スカートもウエストは紐を通してあって調節する。
ゴムが無い世界だから、下着とかもウエスト紐で調節しているけれどなるほど、これならフリーサイズ。
便利だ。
「ですから、どうかお持ちくださいませ。他意はない、本当にただの贈り物ですから」
「まあ…それなら…」
「ありがとうございます。では、サイズを」
サイズを計って貰い、意匠や布の合わせを相談するのは楽しいことだったのだけれど。
その後、舞踏会についての打ちあわせに行った王様の所でとんでもない爆弾を落とされる。
「明後日の晩餐会、各地の大貴族共がお前に挨拶や機嫌伺に来るだろう。心しておけ」
「え? なんでです? ていうか、晩餐会の目的が私の慰労ならやらなくていいですよ。放っておいて下さるのが一番の慰労です」
他の国だったらこうも王様に生意気な口はきけないけれど、兄王様だから本音を出す。
晩餐会とか舞踏会やられても、私の慰労にはならない。
むしろ疲れる。
前みたいに外に出して下さるか、静かに一日宮殿や庭園散策でもさせて貰えた方がうれしいんだけど。
「解っている。だが、これはどうしても必要なことなのだ。
大貴族共がいい加減に、お前に紹介しろと煩くてな。一度機会を作ってやらないと納まらない状態だ」
王様の表情は苦虫を噛み潰したような、心底面白くないという顔をしている。
暴君兄王様でもやっぱり、国内を支える諸侯には多少は気を配らないといけないのか?
「えっと、レシピが欲しいとか、そういうのです?」
「主としてはそれだな。後、なんとかお前を篭絡して取り込みたいという奴」
「…婚約していて、王子に求婚もされている私を本気で口説き落とせるとお思いなんですか?」
「まあ、大半はダメ元だろう。残りの比較的本気な連中は、お前と王家を甘く見て力や、モノ、圧力でなんとかなると思ってる奴」
先王時代からの忠臣、と名乗る大貴族の何人かは
『若き王の御為』と治世に口を出して来る。
そういう大貴族の多くが肥沃な大地を領地として持っているので、今後、食や農業を広めていく為には無下にはできない。と。
王様も大変だ。
「奴らを黙らせる為に、今度の晩餐会は前とは違い、全力の『新しい食』で行く。
エルディランドからサケとショーユも取り寄せてあるから、慰労の宴という名目に悪いがメニューの指示を頼む。
麦酒も言い値で買い取ろう。
主賓に作れ、とは言わん。新しく発見された果物、香辛料を使った料理を考えてくれればいい。
コリーヌと料理人に作らせる」
「かしこまりました」
醤油と酒があるのなら、メインは大聖都の晩餐会で好評だったイノシシ肉の角煮がいいだろう。
パスタはペペロンチーノ風にしてさっぱりとしたガスパチョをスープに…
デザートはヴァニラアイス付きのパンケーキがいいかな?
プラーミァのでの発見を考慮しながらメニューを組み立てる私は、ふと。
兄王様が私を心配げな眼で見ることに気が付いた。
「舞踏会ではグランダルフィと少年騎士を側に着けておく。
お前は当たり障りなく大貴族共の挨拶を受けておけばいい…。篭絡されるなよ」
「されるとお思いですか?」
「いや、思わぬ。そんなに簡単に篭絡されてくれるなら俺も楽で済んだ」
ニッコリと、返した私の言葉にくくっ、と王様が笑んだ。
戻ってきた意地の悪い兄王様の笑みに私は少しホッとする。
「プラーミァでの滞在期間も半分を切った。今まで様子を見ていた者達もそろそろ本気で動き出すだろう。
他国の皇女に無礼無きよう我らも万難を排して対処するが、其方も十分に気を付けろ。
知識、地位、肉体も含め、その全てがお前は野心家どもが狙う餌になりうる」
「御忠告とご配慮、心から感謝も申し上げます。残りの期間、全力で努めますので何卒宜しくお願いいたします」
今まで、王様達が私の事をできる限りの力で守って下さっていた事は解ってる。
プラーミァの滞在期間はもう残り後一週間。
だから、私もその優しさに全力で応えようと決めたのだ。
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