【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 双子の出産 前編

公開日時: 2022年1月20日(木) 08:15
文字数:5,284

 明日で空の二月が終わるという日の夜。

 私は魔王城で、小さく荷物を纏めていた。


「どうかしたの? マリカ姉」

 

 私が大広間でがさごそやっていたのに気付いたのだろう。

 エリセが小さく小首を傾げた。


「ああ、これ、エッセンシャルオイルを探していたの。

 あったあった。ジャスミンとロッサ、念の為レヴェンダのも」


 エッセンシャルオイルの箱は、作ってくれるシュウ達が自由に出し入れできるように大広間に置いておいたから。

 割れないようにそっと取り出したのはロッサとジャスミン。

 食べ物じゃないのでリードさんも名前を知らなくて、この世界での名前は解らないので勝手にジャスミンと呼んでいる花がある。

 去年の夏、香り高く、向こうの世界でもよく見かけた白い花、魔王城の森で見つけた時にはその香りにうっとりした。

 シュウ達に時間があれば、と頼んでおいたらけっこう纏まった量の精油を作っておいてくれたのだ。


「もうティラトリーツェ様の子どもがいつ生まれるか解らないから。明日から泊まり込もうと思って」


 助産婦のコリーヌさんはミーティラ様と一緒に家に住み込んでるから、私の仕事なんて今回はそうそう無いかもしれないけれど、できるなら立ち会って助けたい。

 双子で、長い出産になるだろうから、少しでも気持ちを安らがせるのが私の役目だと思う。


「私もお手伝いしようか?」

「そうしたいのは山々だけど、今回はしっかりとした助産婦さんも助手もいるからね…」


 本当はアルやエリセが一緒にいて、様子を見聞きしてくれると赤ちゃんの様子が少しでも解っていいんだけれど、そうするとコリーヌさんや皇王妃様に子どもの能力について説明しないといけなくなる。

 男の子を流石に出産現場に入れる理解をして貰う事は、難しいだろうし。


「この間会った時までは、子ども達の様子、変わった感じじゃなかったんでしょ?」

「うん、どっちも元気だったと思うよ」


 今のところは順調。それを信じて出産の開始を待つしかない。

 

「今回は私もお手伝い。

 だから、足湯してあげたり、香りの水で汗を拭いたりしてあげようと思って…」


 これは、私にしかできないことだ。

 あとは休憩食や飲み物を準備とか、産湯を用意とか、思いつく事は全部やる予定である。


「多分、出産後のお手伝いとかもあるから、二~三日、もしかしたらもっと戻って来れないかもしれないから、こっちのことはよろしくね」

「うん。大丈夫。ちゃんとできるから」


 私も、皆も。

 力強く頷いてくれるエリセが心強い。

  

 リグ以来、二度目の出産介助だ。

 なんとしても元気にこの世に出してあげられるように、全力で頑張ろうと思う。




 細々した準備を終えて、私が第三皇子の館に着いた時、まだティラトリーツェ様のお産は始まってはいなかった。

 館内は忙しく準備に駆け回る人たちでかなりざわついている。

 その中で、フリーパスで私は二階に上がらせて頂き、寝台に横たわるティラトリーツェ様と面会した。


「お加減はどうですか?」

「軽い痛みは昨日の夜くらいから出始まっています。

 まだまだ不規則なので、入り口にも差し掛かっていない、というところでしょう」

「痛みが定期的になってきたら、お産の始まりです。

 とにかく呼吸を止めないで、息をすることを心がけて下さい」

「ティーナが、言っていたわね。ヒッヒッと二回息を吸って、フーッと一回深く吐くようにするといい、と教えて貰ったと」


 妊婦同士での情報交換もあったようだ。

 随分と落ち着いているティラトリーツェ様に、ホッとする。

 予定より多少は早いけど双子が早産になりやすいのは解っていること。

 妊娠多分37~38週。

 双子の出産には一番リスクが少ないと言われる時期だ。

 大丈夫、順調に行っている。私は自分に言い聞かせた。


「椅子に座るような感じで身体を起こすことはできますか? 少しでもリラックスできるように足湯など、と考えているのですが」

「お願いできると…嬉しいわ。

 ここしばらくお風呂にも入れないので…色々と辛かったの」


 ミーティラ様に支えられて、身体を起こされたティラトリーツェ様の為に私は足湯の準備をする。

 暖かいお湯を小さなタライに張って、ジャスミンの精油を付けると足を付けて頂く。

 マッサージ、というまでの刺激は与えられないけれど、むくみきった足をそっと優しく撫でながら洗うとティラトリーツェ様は、ほうっ~と息を大きな息を吐き出す。


「気持ちいいわ。強張っていた身体が解けるよう…」

「この花の香りには怖れや不安を取り払う効果があるといいます。

 また、妊娠出産の時にも良いそうです。子宮…赤ちゃんの宿る部屋に優しく働きかけるそうです…」

「そう…。本当に、気分がスッキリするわ」

「おや、良い香りですね」


 軽いノックの後、部屋の中に入ってきたのはコリーヌさんだ。

 足湯をしている私達を見ながらキョロキョロと周囲を見回している。


「すみません。勝手に。まだまだ先は長いから落ちついていらっしゃるうちに、リラックスして欲しいと思いまして」

「良いと思いますよ。ただ、不思議だなと思って。

 この真冬に部屋中に漂う花の香りとは…」


 しまった。

 コリーヌ様はプラーミァの方だった。

 アルケディウスには割とメジャーになってきた花の香りは、他国にはまだ公開されてないから、不審に思われる。


「あ…それは、アルケディウスの新技術なのです。来年になったら、きっと少しずつ公開されるかと…」

「それは、楽しみだこと。…ティラトリーツェ様」

「なあに?」

「少し状態を確認させて頂きたいのですが…」

「いいわ。マリカ。ありがとう。とても気持ちよかったわ」


 私の誤魔化しにツッコまないでくれてコリーヌ様は、ティラトリーツェ様の方に向かった。

 出産前の確認なら、私は居ない方がいいだろう。

 手早く足を拭き、道具を片付ける。

 

「では、私は台所で、軽食や飲み物の用意をしてまいります」

「お願い。あと…もし他にも花の香りの用意があるのなら、頼みたいことがあるのだけど…」

「なんでしょうか?」

「…レヴェンダの香りを、用意できる?」

「かしこまりました」


 一礼して、私は部屋を出た。


 レヴェンダの花。

 ティラトリーツェ様はもし第一子が女の子だったら、その名を付けたいと言っていたと皇子が以前教えてくれたっけ。

 お腹の中の子が男の子か女の子かは解らないけれど。

 今度こそは、という気持ちは強くお持ちの筈だ。


「どうか無事に生まれますように」


 私は祈るような気持ちで持ってきたレヴェンダの香油の瓶の蓋を開けて、汗ふき用のタオルに落とした。




 朝を超え、昼を過ぎる頃、陣痛が定期的になってきて、本格的にお産が始まった。

 と、言ってもまだまだ、先は長い。

 ティーナの時は朝に始まって、無事生まれたのは夜だった。

 今回は双子だし、初産だし、多分あの時より難産になるだろう。


 コリーヌ様の


「あまり多すぎても邪魔なだけ」


 という意見から中にいるのは私とミーティラ様と、コリーヌさん。

 そして…


「役には立たないかもしれませんが、励ましてあげたいのです」


 そう言ってワザワザ来て下さった皇王妃様だけだ。




「皇子ができることはありませんから。外で待っていて下さいませ!」


 仕事を切り上げ、戻ってきた皇子をコリーヌさんは容赦なく追い出してしまった。

 向こうの世界なら立ち合い出産とかもアリだろうけれど、この世界では、まだ無理だ。

 

 多分、部屋の外でイライラうろうろしている。




「休められるうちは、身体を休めておくといいですよ」

「…そうは言うけれど、…無理です。コリーヌ…。少し目を閉じても…痛みで目が覚めてしまうの…」

「解かるわ…。私も皇子の出産の時、そうでしたから」


 荒い息のティラトリーツェ様の腰を、そっと撫でる皇王妃様。

 私はぬるめのココアや、チョコレートなどを用意して、陣痛合間のティラトリーツェ様に差し出した。


「少しでも体力を付けて下さいませ。チョコレートは疲れをとるのにいいんですよ」


 あまいココアを一口飲んで、それからチョコレートの粒を口に入れたティラトリーツェ様は驚きに目を開く。


「ココアは飲んだことがあるから美味しいのは解っていたけれど、こちらは何?

 プラリネと違って中が蕩けるように柔らかいのね」

「ガナッシュ、と言ってチョコレートと生クリームを混ぜたものです。プラリネは少し固いので今はこちらの方が食べやすいかと」

「ありがとう。うれしいわ。でも…」


 ティラトリーツェ様は幸せそうなうっとり顔から、少し困ったように眉根を上げて私を見る。

 いや、正確には私の後ろを。

 え?


「珍しい菓子ね。私も、ご相伴させて貰ってもいいかしら?」

「チョコレートの新作ですか? 私もできればお味見を」


「…あ………どうぞ」


 しまった。その2。

 ティラトリーツェ様の為に用意した新作チョコレートだけど、コリーヌ様や皇王妃様もいたんだった。

 興味津々で手を伸ばすお二人を見れば、とても断ることはできないけれど皇王妃様には初チョコレートになってしまう。

 ヤバみ。


「まあ? なんてステキ。『新しい食』はまだこんな凄い味を隠していたのですね」

「プラーミァ原産のカカオ豆から作る『チョコレート』なる菓子でございます。

 マリカ様に加工頂いたプラーミァ王宮では空前の騒ぎを巻き起こしているとか…。

 この菓子は、始めて頂きますが…。木の実類をチョコがけしたものとはまた一味も二味も違って…また…」


 あうー、やっちゃった。

 目を見張り、夢中になって口を動かすお二人に知れたらガナッシュチョコ、トリュフは隠し切れない。

 そんでもって、皇王妃様に知れたという事はチョコレートの存在が、皇王様に知れるという事なのだ。

 プラーミァから輸入でしか手に入れられないカカオ豆から作るチョコレートは、今は私しか作れない。

 他の人が作ると、大変な時間と労力とお金がかかる。

 多分大きな騒動になるだろう。


 この大事な場面で私はまたチョンボを…。

 内側から自己嫌悪が湧いて来て溢れそうだ。


 顔を歪めて俯く私の頭に


「本当に手のかかる困った子ね。貴女は」


 ふわりとティラトリーツェ様の手が伸びる。 


「ティラトリーツェ様~~。すみません!」

「でも、手のかかる子程可愛いもの。

 それに、いつまでも隠せることでも無いもの…仕方ないわ」


 やさしく、なでなで。

 暖かく、優しい手がじんわりと拡がる自己嫌悪に蓋をしてくれる。


「…私の為に考えてくれた貴女の気持ちが、元気をくれたのは事実ですしね…」

「心配しなくても、今はまだチョコレートの追及など致しませんよ。

 ティラトリーツェ様のお子を、無事、外に出すのが先決です」

「そうね。後からゆっくり話を聞かせて頂戴」


「解りました」


 今はまず本当に優先しなければならないことがある。

 チョコレートの話は本当に一回、私の自己嫌悪と共に箱に入れて放置。


 私達はティラトリーツェ様の出産にまた向き合うのだった。




 昼が過ぎ、夜になって、深夜に近付いてきた。

 陣痛の感覚が短くなってくると、ティラトリーツェ様の呼吸は目に見えて荒さを増す。


「う…ううんっ!」


 必死に痛みに耐えているのが解る。

 でも、ティラトリーツェ様は、一言も痛いとか、弱音を吐かない。

『母』になる女性の強さを感じずにはいられなかった。


 呼吸の指示とか今回はコリーヌ様の役目。

 だから、私はレヴェンダの香油のついたタオルで汗を拭き、背中をさすり


「頑張って下さい。大丈夫ですから…」

 

 精一杯の言葉をかけて励まし続ける。



「そろそろ、出て来きますよ…。

 あと少し、頑張って下さいませ。姫様!」


 出産用の台に移動して立ったような姿勢のまま、ティラトリーツェ様はいきみ始める。

 呼吸といきみ、それを幾度も繰り返していくうちに


「あっ…」


 ティラトリーツェ様が小さな声を上げた。

 一人目が産道から降りて来たのだ。


「頭が見えてきました。そのまま! 静かに呼吸をして…。出た!!」


 おぎゃああ!


 コリーヌ様の声と重なって元気な無き声が聞こえる。

 良かった。 本当に良かった。

 胎位とか確認できない中世の出産は産むとこ勝負な所がある。


「男の子です。でも、これからもう一人出て来るのでしょう? 皇王妃様。この子をお願いしてよろしいですか?

 ミーティラ。まだ注意を怠らないで!」

「はい!」

「解ったわ。預かります…」


 用意された産湯で皇王妃様が、優しく赤ちゃんを洗い、包む。

 最初に生まれた男の子は、リグより少し小さめであるけれど、はっきりとした呼吸をしている。

 しっかりとした保温をしてあげれば多分、大きな問題は無い筈だ




 一方でコリーヌさんは、ティラトリーツェ様からまだ注意を怠らない。

 一人目が出て来ても、まだティラトリーツェ様のお腹には固い手ごたえが残っている。


「本当に、もう一人いますね。

 早く…出てきてくれればいいのですが…」


「うっ…あああっ!」

「ティラトリーツェ様!?」


 ティラトリーツェ様がひときわ大きな声を上げる。

 もう一人が産道に降りて来たのかもしれない。


「! これはっ…マリカ様! こちらへ!!」 

「はい!」

 

 コリーヌ様の悲鳴に、私は慌てて、ティラトリーツェ様の背中側からコリーヌ様の横に駆け寄った。


「…あれを!」

「えっ?」


 血の気の抜けた顔で、コリーヌ様が指さしたのは開いた膣口の奥。

 目を凝らした先には、小さな、小さな…足の裏が見えていた。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート