【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

魔王城の児童憲章

公開日時: 2021年2月15日(月) 08:15
更新日時: 2021年2月15日(月) 12:25
文字数:4,126

「マリカ、たまにはちょっと、来ないか?」


 リオンに言われて、私は一緒に森に出てきていた。

 フェイも一緒。

 狩りに同行しているとも言う。


 畑仕事や採集も冬が深まり、一段落。

 何よりクリスが考え込んでいる。

 だから、今日の午前中は子ども達には自由なお休み時間にしてあげるつもりだった。


「うん、一度、リオン兄たちの普通の狩り、見てみたい」


 アーサーも今日は留守番。

 城でナイフの手入れをするという。

 アレクはリュート。エリセとミルカはお料理自主練習。

 シュウは、新しい道具作り。ヨハンはクロトリたちと遊んでいる。

 ギルやジョイも最近はヤギの世話やオルドクスと遊ぶのが好きみたいだし、最年少のジャックやリュウでさえ、二人で仲良く積み木あそびを楽しめるようになった。

 それぞれ、自分のやりたいことを見つけられるようになってきたのはいいことだと思う。


 なので、私は子ども達をエルフィリーネやティーナ、オルドクスに頼んでリオン達と一緒に森に出てきたのだ。



「クリスのこと、どう思う?」


 森の中を歩きながら、リオンがそんな声をかけて来た。

 やっぱり、外に誘ってきたのはその辺の話があったからか。


「うーん、クリス次第かな?」


 日和見だけど、今のところはそう応えるしかない。

 クリスが自分はどんな風になりたいか。

 それを考えて決めてからでないと、多分、私達の介入はおせっかいになる。


「本当は、もっとゆっくり考えさせてあげたいんだけど…」

「その辺、マリカは過保護だと思うんですよね。

 向こうの世界の子ども達は本当に幸せに守られているのですね。羨ましい」


 どこか、吐息交じりのフェイの言葉に、私は苦く笑うしかない。

 五歳で自分が大きくなったら何になりたいか、本気で考えるなんて、向こうの世界ではあまりしないしさせない。

 でも、この異世界では確かにそうはいかないのだとは解っている。


 五歳となれば何でも自分でやらされる。将来を選ぶ選択肢も殆どない。

 子どもが人権のないこの世界だから、なおのこと顕著ではあるけれど。

 のどかに見えても厳しい、中世ファンタジー世界の実情だ。

 保育士がいる以上、せめてできるだけ守って、選択肢はあげたいと思うのだけれども。


「ゆうびんやさん、でしたか?

 伝令をやりたいってのが、クリスの願いだったと覚えていますが?」

「うん、足の速さを生かすにはいいとも思う」

「だが、伝令ってのも、そう簡単じゃないぞ。色々と危険だし」

「危険?」


 首を傾げる私に、リオンとフェイがそれぞれに頷く。


「伝令というのは単独で動くことになるでしょう?

 基本は足の速さを生かして逃げるにしても、ある程度の戦闘力は身に付けさせないと」

「たまに、こういうのもいるからな…」

「こういうの?」


 静かに、と指を立てる、リオンの視線の先を見て、私は絶句する。

 声も出ない。

 あ、あれ! 


(く…くまああ!!)


 そこにいたのは巨大な熊だった。

 動物園で見た、のんびり可愛い熊さんのイメージと、森の中で見るそれは、本当に、まったく違う。

 口を開け、飢えた印象でのそのそと徘徊していた。

 すごく大きい。

 100kgとかでは効かない気がする。

 わたしなんか、あの大きな片腕と並んでも負けそうだ。 


 こ、この世界にもいたのか。

 っていうか、ここ割と水場と城下町の近く! 

 イノシシとか、鹿とかだけでも危ないけど、熊もいたの?

 子ども達を割と油断して遊ばせてたけど、けっこう危険だったんじゃ? と背中がぞわりとする。


 フェイに目で合図をしてすぐ、リオンの姿が、フッとかき消す様に消えた。

 少しして杖を出して軽く振るフェイの視線の向こうで、ガサッと茂みが揺れる。


 熊の視線が、くっ!と 音の方に向かった。

 リオンの姿がそこに有った。

 一直線に、まるでダンプカーのように突進していく。凄いスピードだ。


「危ない!!」


 私が叫ぶのとほぼ同時、ガツン!

 鈍い音がした。

 リオンに向かって突撃した熊が、ドスンと大きな音を立ててひっくり返ったのだ。

 気が付けば、熊の正面では無く真横に、リオンが立っていた。

 足払いか、罠か。

 ジタバタと、暴れ起き上がろうとする熊の首筋を、一切の躊躇なくリオンは切り裂く。


 ザシュッ!

 皮と肉と、命を深く裂く音がして。

 微かに手足をばたつかせた後、熊は絶命した。


「うっ…」


 思わず口を押える。

 鳥や、イノシシを捌ける様になっても、目の前で命が消える瞬間を見る事は今まで、あまりなかった。

 無い様に、二人がしてくれていたことも解っている。

 でも、解っていても、覚悟をしていても、あんまり気分のいいものではない、と実感した。


「普通の熊なら、城の側に来ない限りは放っておくんですけどね。

 中には屍肉の味を覚えた獣もいるんですよ。…死者の肉とか。

 人の姿を見て襲ってくるのは危ないですね

 ただでさえ、人の手が何百年も入っていなかった森ですからね。熊やオオカミなど危険な獣は飽和状態だと思いますよ」

「オオカミもいるの?」

「オオカミは、賢いので人里の方には滅多に来ませんけどね」


 本当に背筋が寒くなった。

 反省する。

 油断しちゃいけない。

 子ども達から目を離しちゃいけない。

 ここは安全な日本じゃないんだ。


「まあ、城下町や、畑近辺には奴らも殆ど来ないさ。

 人里に近寄るのは危ないって奴らも解ってる。俺達もいるしな」



 短剣を拭きながらリオンが戻って来た。


「ありがとう…リオン」


 私はリオンが仕留めた熊の側に立って、手を触れる。

 この熊も私達が生きる為に奪った命。無駄にはできない。

 皮と肉、できれば骨も。無駄なく使う。



「ねえ、リオン」

「なんだ?」


 ギフトを使って、熊を解体しながら、私はリオンを見た。


「二つ、お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」

「なんだ?」 



「一つは宝物蔵に、クリスが使えそうな武器があったら見繕ってあげて。

 多分、どんな道を選んでも足の速さを生かすなら、クリスはリオンと同じ軽戦士系になると思う。

 使いやすいの選んであげて欲しいの」

「ああ、それくらいならお安い御用だ。あと一つは?」



「冬の間、私達に、アルみたいに、武器の扱い方を教えて」

「私達?」

 首をかしげたのはリオンじゃない。フェイだった。

「クリスとアーサー。あと、あんまり積極的にはやらないと思うけど、他の子達も興味があるなら。

 それから、私にも…」

「…マリカ」



 ロッカーの上に預かって、飾ってあるだけの剣がある。

 いざという時、それをちゃんと使えるぐらいの力を身に付けたい。

 子ども達に武器をとらせるなら、何よりもまず私が、戦えるようにならないと。


「俺は、お前にはあんまり戦わせたくないけどな」


 息を吐き出すリオンに、私は頷いた。

「うん、頼りにしている。

 不老不死で体が傷つかないなら多分、戦闘も捕縛とか、罠とかメインになってそうだし、対人関係ではそんなに役に立たないかもしれない。

 でも、それでも勉強して、身に付けておきたいの」


 一人で伝令をするクリスのことだけじゃない。

 いつか、リオンもフェイもいない局面は必ず出てくる。

 二人は、必ず助けに来てくれるから、それまで生き残って子どもを守る力量は身に付けないと。


「冬は時間があるから。

 去年やった鬼ごっこや運動遊びと一緒に、剣の訓練もしよう。

 戦いごっこ。チャンバラ遊びは定番だし」

「解った」

「それなら僕も参加します。

 最高峰の騎士から戦士としての戦い方を学んだリオンの技術を学んでおきたいですからね」


 フェイの言葉に頷きながらリオンは私を見る。


「ただ、一つ、約束だ」

「何?」

「命を守ることを優先するんだ。マリカも、チビ達も。

 積極的に敵を倒そうとか、殺そうとか考えるな。危険な目に合ったら命を守り、その場を凌ぎ逃れる事だけ考えるんだ。

 …必ず、俺が助けに行くから」


 真剣な目と、思い。

 口に出すまでも無いけれど。

 私は頷き、微笑んだ。


「うん。リオン。

 私達の勇者アルフィリーガ。信じてるから…」



 戻って来てから、クリスの顔を見る。

 朝よりも、ずっと表情が晴れ晴れしていたのが解った。

 どうやら、答えは出たらしい。




「マリカ姉!」


 夕食の後、勇気を振り絞って話しかけたであろうクリスに



「なあに? クリス」


 私は視線を合わせて話を聞いた。


「ぼく、ぶきは…まだいらない」


 戦わない。戦うための武器が欲しいわけではない。

 そう答えを出したクリスに、少し驚いたけれどクリスの眼は真剣そのものだ。

 私、リオン、フェイ、アル。ティーナやエルフィリーネ。

 みんなの前で、誓う様に思いを口にする。


「ぼくは、みんなのゆうびんやさんになる。

 みんなに、にもつや、だいじなものをはこんであげる、ゆうびんやさんに!

 この速い足で、みんなの役にたつんだ!」


「うん。なら、いいよ」


 伝令として、言葉や思いや、願いを繋ぐ役目をしたい。

 それがクリスの出した結論なら、反対する理由は何一つない。


「クリス、これあげる」 


 私は宝物蔵からリオンが出してきてくれた短剣をクリスに渡した。

 軽量化の魔術がかかっている逸品。

 小さな精霊石がついていて、今のところは眠っているけれど、いつかクリスが使いこなせれば守護する精霊が目覚めるかもしれないという。



「それはね。

 リオン兄が魔王城の宝物蔵から選んでくれた、クリスの為の短剣。

 郵便屋さんも、かんたんじゃないよ。荷物を運ぶ間は一人だし、助けてくれる人は、だれもいない。

 だから、自分の身は自分で守らなきゃいけない。わかる?」

「うん」


 リオンに告げられたことを私はクリスにも告げる。

 私より、リオンやフェイの側で命のやり取りを見てきたクリスだ。

 意味はきっと解っている筈。

 真っ直ぐな目で頷くクリスに、私は続けた。


「だから、今まで通りアーサーと一緒にリオン兄に戦い方とか、ナイフの使い方を教えて貰って。

 そして、必ず、自分の命を守る。命と荷物だったら、命を守る。これは絶対に約束して」

「うん」

「クリスは、きっと、みんなの大切なものを守って運ぶ。郵便屋さんになれるよ。がんばって!」

「うん!!!」





 ここは異世界。


 向こうの世界とは、常識も何もかも違う。

 同じ保育はできないけれど。

 安全に危険から守って、育ててあげることは、できないけれど。

 でも。



 児童は、人として尊ばれる、

 児童は、社会の一員として重んぜられる。

 児童は、良い環境の中で育てられる。



 私が、保育士として胸に今も抱く、日本の誇り児童憲章

 子どもの幸福を願う、その思いだけは絶対に守って行こうと思っている。


前話 クリス視点『宿題の答え』の裏というか表。

マリカ視点の、クリスについて、今後について考えた話です。


保育、児童教育の基本にして誇り 児童憲章


日本のように、子ども達の安全を最優先に危険から遠ざける保育は異世界ではできませんが。

子ども達の幸せを祈る理念だけは、守り持ち続けて行こうと思うマリカでした。


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