大聖都までの旅の間は楽しいものだった。
これからの鬱な展開をわすれさせてくれるくらいに。
冬の終わり。暖かくなって緑の気配を感じさせるようになってきた街道をゆっくりと進んでいく。
夜はお父様、戦士ライオットを囲んでの訓練と昔話。
多分に皆のやる気を促し、一体感を高める意図があったのだろう。そしてそれは確かに功を奏したようで、訓練と食事と夜の時間を一緒に過ごしたことで随員達にはいつにない一体感と親近感が感じられた。
「私が潔斎に入っている間はお父様やリオンの指示に従って帰りを待っていて下さいね」
明日は大聖都。夏の時と同じであれば到着と同時に潔斎に引っ張られる可能性がある。
宿で私は随員皆に声をかけた。
私が随員達にそう訓示、じゃないけれど話をするとみんな、膝をつき誠実に頷いてくれる。
「我々は皇女のお帰りを心よりお待ちしております。我らが忠誠は『聖なる乙女』の元に」
「ありがとうございます。多分、皇王陛下達アルケディウスの首脳陣が来る頃には戻って来れると思うのですが、万が一戻って来ない時は助けに来てくださいね。お父様」
「任せておけ。その為に俺は来たんだからな」
家長絶対の中世文化は時々困ったことも起きるけれどこういう時には頼もしくもある。
父親が娘を返せと言えば、相手はそうそう逆らうことはできない筈だ。
そうして、私達は大聖都に入った。
国境を超えて直ぐに待ち受けていたのは白銀の鎧をまとった騎士の一団。
「『聖なる乙女』をお迎えに上がりました」
「出迎えご苦労。だが護衛は足りている。下がり戻れ」
私に向けて膝をつく騎士達にお父様顎をしゃくった。その瞳には冷酷な光が宿っている。
まるでゴミか虫を見るような表情で、不機嫌を隠す様子もない。
「……し、神官長と『神』の御命令でございますれば」
「この俺が直々に側に付いているというのに娘に害が及ぶとでも?」
にじみ出る上位者の迫力に明らかに気圧されている騎士達。
いつも私達だけだと威圧的に出てくることも多いんだけど、今日は完全にお父様の迫力に呑まれている。
「いえ、決してそのようなことは」
顔を上げて、それでも言葉を述べたのは騎士団長だ。
確かレドゥニツィエさん。何度か顔を合わせた。
「ですが、魔王復活より明らかに魔性の出現が増えております。
儀式前の『聖なる乙女』に、傷一つつけてはならぬとの神官長の仰せ。
どうか、御同道をお許し下さい」
実際問題、拒否できるものでもないわけで。
「仕方ない。後ろから付いてこい。万が一魔性の襲撃があった時には俺や、護衛騎士の指示に従え」
「承知しております」
大神殿の護衛騎士達は私達の後ろに着いてくることになった。相変わらずめんどくさい。
「マリカ。神殿に着くまで外に顔を出すなよ」
「はい」
お父様の指示に従って、私は馬車に乗り込んでカーテンを閉めた。
実際の所魔性は確かに増えているみたいで、アルケディウスからの旅でも二回ほど襲撃があった。私やリオンを狙ってのものだろうと思われる。
そうして騎士団長の言葉通り、大聖都への旅の途中にも出た。
メイン飛行魔性。獣魔性も少し。
「もうすぐ春になりますから、農作業が忙しくなる前に隠れ潜んでいる魔性を退治できるのなら良かったかもしれませんね」
私達の一行、子どもも多いし、魔術師もいるし皇族もいるし、加えて私達だ。
魔性達からすると美味しい餌の塊に見えるのだろう。
もし、知性があるのなら絶対に手出ししてはいけないと解るだろうけれど。
何せ、アルケディウスの騎士団は、特に今回の私の護衛は超優秀なのだ。
お父様にリオンがいる時点で無敵だけれどそれに今年の騎士試験の優勝者、準優勝者、準決勝進出者が三人そろい踏み。エルフィリーネからの忠告についてお父様とお母様に告げたらいつもの護衛に加え、ミーティラ様とユン君を入れて下さったから。
おまけに魔術師が見習い含めて四人いて見習いや騎士もその辺の護衛士よりは相当にレベルが上だと思う。
「これは、確かに我々の護衛など無用でございますか」
大聖都の騎士団長が息を吐くくらい。あっさりと一匹残らず返り討ちにあって消えていった。
魔性達は殆どが倒すと体液や残滓を少し残すこともあるけれど、基本は塵になって消える。だから後始末も必要ないのが助かる。アイテムドロップとかが無いのはRPG好きにとっては少しつまらないけれど。
そうして私達は予定通り大聖都ルペア・カディナにたどり着いたのだった。
「お帰りなさいませ。マリカ様。
『聖なる乙女』よ」
大神殿の入り口でいつものごとき神官長の挨拶を
「間違えるな。来て下さってありがとうございます。だろう?」
お父様は定型の挨拶より先にスパッと切ってのけた。
私はお父様の後ろでちょっと隠れて様子見。
「これは。ライオット皇子。遠路はるばるのお運び感謝申し上げます。
大聖都を嫌い呼び出しても滅多な事ではおいでなって頂けなかったのに。
選ばれし者。愛し子の来訪に『神』もさぞかしお喜びでしょう。
ライオット皇子の元に『真なる聖なる乙女』が生まれたのも運命……」
「勘違いするな。俺はお前らとなれ合うつもりは無い」
にこやかな神官長の表情とは正反対にお父様の目は険しい。
「父としてマリカを守り確実に連れ戻す為に来ただけだ」
「……そうでございますか。ですが、その点につきましては国王会議の結果や、何より『神』の御意思によるものですから私がどうこうできることでもなく……」
なんだかんだいって、神官長は私達を下に見ていたのかなあと少し思う。
お父様に対しては態度が違うから。
やんわりと追及をかわしつつも下の者として礼を取る。
これは皇族だからなのだろうか。それとも『戦士ライオット』だからなのだろうか?
愛し子とか、選ばれし者とか、私共々取り込みたい気、満々のようだけれど。
「まあ、その辺は後程ゆっくりと話し合うと致しましょう。
まずは『聖なる乙女』奥の院へ」
「やっぱり、もういかないといけないんですね」
「はい。此度も前と同じようにマイアがお世話を」
即答を避けた神官長は私に手を差し出してきた。
やっぱ夏と同じく荷物を置く間もなくの潔斎か。
後ろで見覚えのある女神官長マイアさんが頭を下げている。
「ミュールズとカマラは同行させるぞ」
「はい。ですが儀式関係については夏と同じく口出し無用にございます」
「解っています。二人とも、お願いしますね」
「はい」「お任せ下さいませ」
一歩、二歩。
アルケディウスの一団から離れる度に胸がきゅっと痛くなる。
「……では、お父様。行って参ります」
「気を付けて行ってこい。何かあったら直ぐに助けに行く」
「はい」
「大神殿で姫君を傷つける者などおりませんよ。ではマイア」
「はい。ではマリカ様」
挨拶を終えた私の手をとり、マイアさんが進んでいく。
その後から荷物を持ったミュールズさんとカマラ。
一度だけ、振り返ると、リオンと視線が合った。
それで、少し不安いっぱいの胸が軽くなる。
フェイもアルも、お父様も。みんな、私を見て、信じてくれている。
恥ずかしい所は見せられない。
「マリカ様」
「今行きます」
私は顔を上げて、俯かず、自分の足で奥に向かって歩いて行った。
まあ、その後はいつものように服を脱がされ禊だと泉に入れられたり、閉じ込められたりと夏に体験した潔斎という名の監禁がまた繰り返されたのだけれど。
今回は冬なので泉での禊は超寒かった。
ホントに凍え死ぬかと思ったよ。
室内着も今度は長袖で、部屋は暖房が効いていて暖かかったけど、風邪をひいたらどうするつもりなのだろう。
そんなことを考えながら、私は布団に潜り込んで目を閉じる。
手を伸ばし、身体と心を真っすぐにすると、内側から熱を感じて身体が熱くなってきた。
多分、これがエルフィリーネの言っていた『星』の護りの代わり。
私の中の異物をやっつけてくれる『護りの意志』。とても気持ちがいい。
お風呂よりも暖かい力に身を委ねるうちに、私はストンと眠りに落ちたのだった。
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