火の月最後の安息日
私達は、みんなで館の掃除をしていた。
考えてみると夜の日にアルケディウスにいるの初めてだなあ、などと思いながらも丁寧に床全体を拭き掃除する。
「マリカ姉。この積み木とオモチャはどこに置く?」
大きな木箱を三つ、重ねて運んでくれるアーサーの顔は木箱で隠れて見えない。
頼もしいけれどちょっと危ないな。これは。
「ありがとおう。でも焦らなくていいから」
私は一番上の箱をひょいと、取り上げると真っ直ぐに私を見つめる青い目に話しかける。
「んと、こっち、1階の手前にあった部屋に運んで。元談話室だったみたいだから、そこを遊び部屋にする予定なの」
「りょーかい!」
雑巾をとりあえず近場に置いて、私はアーサーの前に立って歩いた。
新しい皇国の希望。
孤児院開設の準備は、着々と進んでいる。
ドルガスタ伯爵…子ども達を奴隷として飼っていた元大貴族…の所から救出された四人の子ども達は暫くゲシュマック商会の女子寮にいたけれど体調も、心理状況も落ちついてきたようなので新しく落ち着いて過ごせる場所。
皇国に新設された孤児院に移動、改めて保護されることになっていた。
今日はその移動日なのだ。
この館は、元は城の護民兵の宿舎だったらしい。
ぐるっと塀に囲まれ、訓練などの為に庭も、見張りの塔もあるこの辺では珍しい作り。
城壁に近い為、中心街からは少し外れるけれど、その分静かで人通りも少ない。
「古いし色々と手狭でな。広い宿舎を作って移動したばかりだ。他の施設にでも使おうと思っていたが孤児院にしても構わんぞ」
と皇子が言って貸してくれたものだけれど、多分、卵が先か鶏か。
兵士の宿舎の移動の話は前からあったけれど、本格的に決まったのは今年になってからで、移動もとても急だった、という話を噂で耳にしたからもしかしたら、皇子が最初から私達に貸してくれるつもりで開けて下さったのかもしれない。
と思わなくもない。
どちらにしてもありがたい話だ。
つい最近まで人が住んでいたので傷みもそんなになかった。
少し掃除すれば十分使える。
というわけで、今日は朝から皆で大掃除をしていたのだ。
「外の掃除は終わりましたよ」
「子ども達が来るのはいつ頃だ?」
「おつかれさま~。外、暑かったでしょ?」
外からリオン達が戻って来る。
時計を見れば、もう二の木の刻に入ってた。
「ゆっくり向こうを片付けてから来るって言ってたから、もう少ししたら、じゃないかな?
私、午後になったらエリセ達と夕飯作るから、みんなはゆっくりしながら保育室に使う予定の談話室のおもちゃとか、本とか見てくれる?
魔王城で使ったり、見たりしてたでしょ?
選んだつもりだけど、使いやすさとか中身とか見て欲しい」
「解った」「いいですよ」
「アーサー、アレク。二人も掃除終わりにしていいから。
リオン兄達と少し休憩しながら遊び部屋見てあげて~」
「わかった~」「リュート弾いてもいい?」
「リオン兄達がいいって言ったらいいよ~」
時間を細かく決めた訳じゃないから、いつ来るとも限らない。
部屋に戻った二人と、それを追いかけていく二人を見ながら、私は
「よし、準備ラストスパート!」
気合を入れ直し、腕まくりをしたのだった。
エリセが息を切らせながら走って来る。
男の子達におやつを持って行って貰ったのだけれども、それを手にそのまま持って戻ってきたくらいの慌てっぷり。
「大変、大変、マリカ姉、もう来てるよ!」
「えっ? 本当?」
私は慌ててエプロンを外して、玄関に向けて急いだ。
最初だから、ちゃんと迎えてあげようと思ったのに。
私がエントランスに着くと、本当にそこには四人の子ども達が立っていた。
周囲を見回す様に、確認するようにキョロキョロキョロキョロ。
「おかえりなさい。みんな。ここが今日からみんなのおうちだよ」
声をかけても首と視線は周囲を探るように動いているけれど、身体は一歩も動かない。
「ほら、遠慮しないで中に入れ」
トン、と彼等の後ろから、子ども達を引率してきてくれたアルが背を叩くけれど逆に身体をこわばらせてしまう。
アルは私同様に毎日、彼らの元に通っていた上に、解放される前、親身になって世話をしてくれていたから、四人は私より早く心を開いていたようなのだけれどそれでもダメだ。
まあ、無理もないとは解ってる。
全然知らない所に連れて来られた訳だから。
「リタさん、カリテさん。子ども達の引率、お疲れさまでした。お二人の荷物はお部屋に運んでありますから後で確認して下さい」
「ありがとう。馬車まで出して貰って助かったよ。まだ外を歩かせるのは心配だったからね」
「少し早かったですか? でも、広くていい所ですね。ホントにここを私達とこの子達だけで?」
「大丈夫ですよ。今後、人や子どもが増える事を考えるとこれくらいでいいかなあ、と思ってます。
思う存分、使っていいですからね」
子ども達の世話役、保育士二人も子ども達を気遣いながらもまだ緊張の面持ちだ。
うーん。
「エリセ、私、子ども達とリタさん達を館の中、ぐるっと案内してから談話室に行くから、部屋の皆に声かけてきてくれる?」
「なんて?」
「あのね………」
「解った! いってきあまーす」
雪の野原を走るうさぎみたいな軽快な足取りで走っていくエリセを見送ると私は子ども達に視線を合わせた。
「初めてのおうちだから、ビックリしたよね。
でも、ここは今日からみんなのおうち。みんなが毎日暮らしていくおうちなんだよ」
意味が解らなくても、今はまだいい。
でもここが安全な場所だと解って貰えるように、思って貰えるようにはしていきたい。
「じゃあ、一緒に来て。このおうちを案内するから」
私は小さなマーテに手を伸ばした。
少し躊躇うそぶりを見せたマーテは、やがて私の首元に手を伸ばし、きゅっとしがみ付く。
五歳くらいとはいえ、発育の悪いマーテは同じか下の年頃のジャックやリュウより軽い。
だっこは楽勝。
アルがルスティを抱っこして、リタさんとカリテさんがシャンスとサニーと手を繋いでくれた。
「よーし、それじゃあおうち探検、出発ーー!」
この寮は三階立てで部屋数も多い
けれど、当面の利用者は子ども四人と職員四人だから、二階以降は封鎖していずれ人が増えたら再検討することにしてある。エントランスからは入って右側の方が住居棟。
左側の方に倉庫や談話室、食堂などの生活エリアが集まっている。
まずは右側に作った子ども達の部屋と、従業員の部屋を案内する。
「ここがみんなのお部屋だよ」
兵士の宿舎なので、基本ワンルームマンションとほぼ同じ。
だからちょっと、手狭ではあるんだけれど一部屋にベッドを二つずつ入れて、あと長椅子も用意してある。
「ここがルスティとシャンスのお部屋、隣がマーテとサニーのお部屋ね」
大きい子と小さい子をペアにすることにした。
そして基本的にリタさんと、カリテさんがそれぞれの部屋の子ども達の面倒を見る。
同じ歳同士の子の方が良い時もあるかもしれないけれど、兄弟として今まで接点の無かった子ども同士が親しみを持てるようにするのは多分こっちの方がいい。
落ちついて来たら、交換は可能だし。
「このタンス、こっちはルスティので、こっちはシャンスの。着替えも入っているからね」
「僕…の?」
あ、シャンスの声が初めて聞こえた。
少しくぐもった、でもかわいい声。
「そう、シャンスの。開けてみる?」
私が手を添えてタンスを開けさせる。中にはそれほど、勉強セットと下着、服が少し入っている。
服の裾には、名前が刺繍してもらってある。
手に取り、それに気付いたらしいシャンスは、自分の名前の刺繍を丁寧に、優しく撫でる。
「僕の…名前?」
「そう。シャンスの、だね。これは、誰も取らないシャンスのだけのもの、だよ」
前に魔王城での時もそうだったけれども、自分の物を持ったことのない孤児にとって『自分だけの物』というのは多分特別なのだ。
「こっちはルスティのだよ。自分でご用意できるようになろうね」
ルスティも目を輝かせてタンスの中のものを見た。
まだ服とちょっとの品物しか入っていないけれど、段々にこの中に色々な思い出が増えて行けばいいと思う。
マーテとサニーの部屋。
そして並びのリタさんとカリテさんの部屋を案内してから、私達は住居棟の廊下を出た。
「あっち側の棟の一階に色々な部屋が集まっているから、日中はそちらで過ごしてね」
案内しようと廊下を歩きだしたタイミングと、ほぼ同時。
~~♪~~♪ ♪~~
「?」「な、なに?」
聞こえて来た調べに、子ども達が眼を瞬かせている。
リタさんとカリテさんも目を丸くしていたのだけれど。
「何だい。これ? 音楽?」
「始めて聞く歌ですけれど、綺麗な声ですねえ~」
「みんなの為に、うちの弟がリュートを弾いてくれているんですよ。
さあ、こっちへどうぞ」
エントランスを抜け、反対の棟に移っていくにつれ、音はますます、華やかに大きくなっていく。
と同時、子ども達の目も輝き始めた。
私はそれを確かめながら、目の前になった扉を叩く。
「連れて来た~。開けるよ~!!」
かちゃん、と音がして扉が開く。
私は躊躇いなく入っていくと、清潔に掃除された談話室の中で、みんなが、待っていた。
「やっほーい、まってたぜ!」
「ちょっと、待ちなさいよ、アーサー!」
全員が部屋の中に入ったと思った同時、走り寄ったアーサーは、私が床に降ろしたルスティを、がしっと抱きかかえ、高く持ち上げた。
ほぼほぼ『たかいたかい』だ。
空中に投げだされた形のルスティは、完璧硬直している。
「お前、軽いな。おれ、アーサー。よろしく」
「ちょっと、アーサー。ホントに待って。手加減。小さい子がビックリする!」
止めようと声をかけるエリセを気にも止めず、アーサーは全開だ。
マーテを同じように空中を飛ばし、ほぼ同じ身長のシャンスやサニーにまで思いっきりハグした後、抱き上げた。
みんな、ビックリ、硬直。
でも…嫌がってるわけじゃないな。
だから、リオンもフェイも止めないので、とりあえず終わるまで放置。
それから…
「その辺にしておきなさい。話が進みません」
「いてっ!」
止めてくれたフェイに後の進行は任せよう。
「ようこそ。君達の家に。僕達は兄弟として君達を歓迎しますよ」
「きょう…だい?」
震える声で呟くサニーと目を合わせる様にかがんでリオンは頷いた。
「そうだ。同じ運命を持つ、仲間で家族。
ここにいるのは、みんなお前達と同じ、居場所の無かった子どもだ。
ここはお前達の家で、居場所。ここにはお前達を苦しめるや、痛い事をする奴はいない。
安心して、生活していいんだ」
「ゆっくりと生活して、安心して暮らして、その中で自分のやりたいことを見つけて下さい。
マリカが、君のホイクシ達が、僕達が…それを手伝いますから」
フェイの言葉を繋ぐように、一度止まっていたリュートの音色がまた響き始める。
部屋の隅に積まれたクッションを背に、リュートを奏でるのはアレクだ。
曲はリードさんに教えて貰ったこの国の古謡。民謡、
美しい花の唄や、恋の唄、自然と精霊を称える優しい歌声。
リタさん達は、聞き覚えがあるのかもしれない。微かに楽しそうに身体を動かしている。
勿論、子ども達は聞いたことは無いだろう。
でものどかで明るい旋律と、澄み切った歌声は、間違いなく子ども達に何かを届けている。
そう、私は確信していた。
目を見開き、歌に聞き入る彼らの姿を見て。
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