【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

地国 到着前夜

公開日時: 2022年6月25日(土) 07:51
文字数:4,075

 プラーミァは熱帯、と言う感じだったけれどエルディランドは温暖湿潤。

 かなり過ごしやすいと感じた。


 これは、季節が水の二月。

 春から夏に変わる6月くらいというという一番過ごしやすい時期であるからかもしれないけれど。

 湿度若干高め。

 木々も多くて、涼やか。窓の外を流れる風景も本当に日本的だ。


「あ…あれ。田んぼかな?」

「田んぼってなあに?」

「昨日食べたでしょ? リア。あれの畑なの」


 所々にリア…お米の田んぼを見かける。

 水を貼って田んぼを作っているらしい。

 これも日本を思い出させる。


「昨日のリアには驚かされましたわ。

 世の中にはあのような食べ物もあるのですね」

「ふんわりしていて、食べやすくて、美味しかったねえ~」


 手づかみで食べる事に顔を顰めていたミュールズさんも、今まで食べた事の無い味わいにびっくりしていた。

 アレクなんか、思い出したようでうっとりよだれを溢しそうな顔をしている。

 シンプルなおむすびだけど気に入ってくれて何より。


「収穫した後、粉にしてそれをさらに調理しなければならない小麦粉より簡単に、皮を剥いて煮れば食べられるので便利なんです。

 皮を剥かなければかなり日持ちもします。重要な穀物ですよ」


 けっこうあちらこちらに田んぼを見かけたので、エルディランドが本気で食に取り込んでいるのは間違いないようだ。


「ぜひとも交渉を成立させてアルケディウスに輸出してほしいですね。

 皇王陛下やお父様、お母様にも召し上がっていただきたいです」


 何せ私は日本人、お米の国の人だから。

 和食のレシピが一番身近なのだ。

 お米さえあればチキンライスや、チャーハン、炊き込みご飯とか色々できる。

 おかずもご飯に合うものが一番多い。

 カレーライスとか作れたら最高だ。

  

 丼物とかはあるのかな?


「そうです。姫様、今日の宿でも野外で食事を作られるおつもりですか?」


 私がお米レシピを色々頭の中で巡らせているとミュールズさんが問いかけて来た。


「そのつもりでしたけど、何か?」


 当たり前のように私は答えたけど、ミュールズさんの声に微かに諌めるような空気が宿っている。


「王宮に着くまではお止めになった方がよろしくはありませんか?

 皇女ともあろうものがあまり外で作業されるのもどうかと…」


 確かに外で腕まくりして竈に薪を入れる皇女とか、おむすび握る皇女はあんまりないと思うけど。


「ですが、それが私の仕事ですし、エルディランドの皆様も、なんだか楽しみにしておられるようですし…」


『この、おむすびというものによく似たものは、収穫のあとや戦の時などに作られ振舞われることはありますが、ここまで美味なものは滅多にありません。

 流石は神の知識を知る『聖なる乙女』…』


 昨日、おむすびを振舞ったエルディランドの出迎えの方達は、随分と気に入ったようで喜んで食べていた。

 お米の産地なのにあんまり食べないのかな?

 と思ったけど、ユン君が言っていた通り、まだ食事そのものが一般的ではないとのこと。

 王族貴族が高く買い取るから、生産は広がっているけれど、普通の人はあまり食べないのだそうだ。

 もったいない。

 ぜひとも食べて欲しい。

 お米レシピは色々と残していきたいと思うのだ。


「明日にはエルディランドに着くのでその打ち合わせや準備もありますので、簡単にいくつもりです。

 スープの中にご飯を入れて食べる雑炊というものを…」

「明日の準備があると解っておいでなら、今日はお控えくださいませ。

 どうしてもというのなら、セリーナとノアールにやらせて姫君にはご指示に専念して頂きたく」

「…随分と今日は厳しいですね? どうしたんですか?」


 いつになく厳しい忠告に首を傾げた私だったけれど、やっぱり気付いてなかったのか、とミュールズさんは息を吐き出す。


「…姫君にはお気付きにならなかったのかもしれませんが、昨日は髪に火と灰の匂いが付いて大変だったのです。

 良く洗ったつもりですが、まだ少し残っているような気がします」

「え? そうでしたか?」


 昨日は本気で竈で火を焚いて飯盒炊飯したからかな?

 気が付かなかった。


「リアは大変美味でしたが、明日はエルディランド王宮での挨拶があります。

 もし火傷や怪我などされては大変です。

 姫様の第一印象が少しでも悪くなるのは我慢なりません。

 どうか今日はお控えください」

「解りました。ならセリーナとアル達に頼みます」

「そうなさって下さいませ。

 念の為、ロッサの粉末入りのシャンプーで髪を洗い、香油を使いましょう」


 初めての国での第一印象は大事にしなければならない。

 それは理解できる。

 明日に備えて今日はゆっくりさせて貰おう。



 

「おや、今日は姫君は料理をされないのですか?」


 二日目の宿舎、見学に来たユン君は少し残念そうに周りを見回し、そう言った。

 今度は心配をかけないように、事前に庭で火を使う事を護衛さん達に報告したらどんな調理をするのか、見たいと言ってやってきたのだ。


「明日のご挨拶を前にやけどなどをしては、と側近に注意を受けまして」

「なるほど。それはその通りですね」


 私がやらないので鍋炊飯は細かい炊き加減は難しいと思う。

 なのでできたご飯はおむすびと、雑炊もどきにしてもらった。

 鶏ガラスープのにこごりコンソメ出汁に具の野菜を入れてリオンに狩って貰った鶏肉も入れる。


 後はエナの実とチーズを使って洋風リゾットもどきに。

 和風で卵を入れたのとか、最高なんだけど。


「あ、お伺いしたいのですが、エルディランドでは卵は取れますか?」

「貴婦人の美容品用に飼っている牧場があります。

 新年に姫君の料理を大王が気に入って以降は食用にも採卵されていますね」

「牛の乳は? エルディランドは水牛を育てておられるところがあると伺っていますが」

「リアの畑を耕す為に水牛を使用しています。

 乳も手に入らない事はありません」


 なら、向こうでも色々できそうだ。


「アルケディウスの護衛騎士は優秀ですね。

 護衛の傍らあっさりとクロトリを仕留めたのは見事だったと感心しました」

「ありがとうございます。自慢の騎士ですので」

「彼も…随分と成長したようですね」

「え?」


 何か、気になったんだけどそれを確認しようと思ったその時。 


「姫様、味付けはこれでどうでしょうか?」


 失礼します、と挨拶してセリーナがやってきたので手塩皿で味見。


「うん、美味しいです。

 あと少し塩と胡椒を足せばいいと思います」


 胡椒はプラーミァからのお土産があるから、遠慮なく使える。

 使い過ぎは良くないけど。


「ユン様もどうぞお味見下さい」

「では、失礼して…これは、凄いですね。

 濃厚で、それでいてさっぱりとしていて…」

「お気に召したのなら何よりです。たくさん作って貰いましたからエルディランドの皆様も、どうぞ」


 私の声にエルディランドの護衛さん達も解りやすく顔を綻ばせてくれた。

 そうして、今日も宿の夕飯は大盛況。

 滞在期間中はなかなか、賄いまで手が回らないのでせめてこういう時に。

 おむすびも気に入ってくれたみたいだし、新しい味、楽しんで頂けたかな?


「姫君は凄いですね」


 お椀を持ったまま私の横に立ち、ユン君が笑みながら話しかける。

 暖かい、優しい眼差しは見ているとなんだかホッとするけど気は抜いちゃダメだね。


「何がですか?」

「始めて見る食材をこのように、見事に調理なさるなど…」

「書物や文献で学んだのです」


 とりあえず、不審がられた時の言い訳テンプレートで返す。


「アルケディウスにはそんな本があるのですね。一度見てみたいものです。

 そういえば、我が一族の書庫もなかなかに面白い所ですよ。

 ここ数十年の植物紙の本が全て納められていますので、よろしければ足をお運び下さい」

「ぜひ、伺いたいです。公開して頂けますでしょうか?」

「父に伝えておきます。

 それに、甘く、良い香りもする。

 顔立ちも整っておられますし、きっとエルディランドでも注目の的となるでしょう」

「過分のお褒めの言葉、ありがとうございます」 


 ユン君は笑顔で私の求めに応じ、それ以上の追及はしないで話題を変えてくれた。

 気の利くお兄さんだと思う。


 しっかりとした教育を受けたらしく頭も良い。

 見慣れた日本人顔のせいか、一緒にいると気が楽。懐かしい感じもするのだ。

 恋愛感情ではきっぱりとないので、プラーミァのように結婚相手候補、とか言われると困るけど。 

 案外、迎えに出されたあたりそういう意味もあるのかな?

 エルディランドでもそういうプロポーズ攻勢に出られると嫌だなあ、などと思っているとふと、リオンがいないことに気付いた。



「あれ? リオン、どうしたの?」


 ぐるりと顔を巡らせた私は、庭の入り口で見張りをしてくれているらしいリオンを見つける。

 そっと近づいてみるとどこか浮かない様子だ。


「皆が浮かれている訳にもいかないだろ。一応見張りと…あとマリカ」

「なあに?」


 彼は見ているのは外では無く、中。

 正確にはただ一人…


「ユン君?」

「彼には気を付けた方がいい」

「え? どうして? 何か企んでそう?」

「違う…。そうじゃない、そうじゃないんだけど…なんとなく…彼は、あの人は…」

「?」


 珍しい。リオンが狼狽してる。

 ユン君に何かを感じているのに、それを言語化できないで戸惑ってるみたい。

 どんな強い戦士相手でもいつも落ちついて構えてるのに。


 視線の先のユン君からリオンは目を離そうとしない。

 どうやら、ユン君の方も私達が離れた事に気付いたようで、目線を合わせ会釈してくれた。

 婚約者だということは伝えてあるから、気を遣ってくれたのかこっちに来る様子はない。

 私には優しくて気の利くお兄さんにしか見えないのだけれど、本当に、何かあるのだろうか?

 あれ? そう言えばさっきなにか…


「気のせいかもしれない。

 一緒に今日、馬を並べて歩いて、なんだか

 …すまない。ちゃんと自分で理解してから話す」


 微かに感じた違和感があった気がしたのだけど、今はリオンがそう言うのならそれでいい。


「解った」


 私は静かに頷いた。




 とりあえず、楽しい雑炊パーティは早めにお開き。

 明日に備えて早く就寝した。



 そして翌日、


「うわー、すごーい。本物だ~。本物の中華だ~」

  

 私はまた、この世界四つ目のお城にあんぐりと、口を開ける事になったのだった。 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート