アルケディウスの『少年騎士』リオンとフリュッスカイトの騎士将軍ルイヴィル様の模擬戦という名の真剣勝負。
先に余韻を振り払い、まだどこか戸惑うリオンに手を差し伸べたのはルイヴィル様だった。
「流石、アルケディウスが誇る『少年騎士』
私の完全なる敗北だ」
「いえ、先ほども申し上げた通り、ルイヴィル殿が俺に合わせてくれなければ、そもそもが成立しなかった戦いです。
この戦いが昨年の秋の戦で俺がしでかした過ちの一部の精算になればと思います。
申し訳ありませんでした」
「頭を下げる必要はもう無い。
貴公はこの私と堂々と戦い、膝をつかせたのだ。十分に誇るべき偉業であろう?
胸をはっていろ。でないと、負けた私が惨めだからな」
まだ顔を上げないリオンの手をぐいっと掴むと、ルイヴィル様はいきなり抱き上げて自分の肩に乗せた。
「ル、ルイヴィルどの!」
凄いな。身長低めとはいえ中学生男子をひょいっと肩乗せ?
筋力とか骨格とか違いすぎる。
本当に『少年騎士』として戦っていたリオンに対し、ルイヴィル様が自分のフィールドで戦っていたらまた結果は違っていたのではないだろうか?
まあ、リオンも……
「ルイヴィルは手加減していたようですが、あの少年騎士も本当の実力を出していませんね?」
「え?」
突然横からかけられた声に私は首をひねる。
そこではソレイル公が二人を見つめていた。
「お前も気付いたか? ソレイル?」
良く見れば真横にいつのまにか
「はい、手の動きや視線、体運びに微妙な違和感が見えます。
力を押さえこんでいるような、あるべき流れを捻じ曲げているような……。
ルイヴィルもその辺を読んで、彼が受けきれない攻撃はしないようにしていた感がありますが」
「ソレイル公……。公子まで。おいでになっていたんですか?」
「こんな見ものを逃すわけにはいくまい?
そちらにはほら、母上も来ている」
「え? ホントに?」
ソレイル公と並んで観戦していたらしい公子 メルクーリオ様の横で困ったような顔で会釈する公子妃フェリーチェ様。
そしてそちら、と指さした先には本当に公主様と公配君もいる。
うわっ、他の公爵お二人に猫までいる。
どんだけギャラリー増えてたの?
開始時には気付かなかったのに。
「ルイヴィルから訓練場使用の申請も出ていたしな。
しかし、母上から聞いていたがあの堅物のルイヴィルが随分と丸くなったものだ」
「丸く、ですか?」
「ああ、長年『戦士』であることに拘り、剣一筋だったあの男が子どもを抱き上げる姿など見る日が来るとは思わなかった」
「ルイヴィルは元々、子ども好きではありましたよ、孤児院の子によく剣を教えたりしていたじゃないですか?
僕が教えて欲しいって言ったら、ダメだっていうのに」
「お前は仮にも主君の子だ。ケガなどさせるわけにはいかぬだろう?」
「でも……、羨ましくなってしまいますよ。僕と同じ年頃の少年にあんな戦いぶりを見せられては」
何も考えずに聞いていれば楽しそうな兄弟の会話だけれど、二人の目はお互いでなくやっぱりリオンを見ている。
「で、でも、何の根拠でリオンが手加減しているなんて話になるんですか?
本当に薄氷の上の勝利だったような気がするんですけれど、っていうかルイヴィル殿が戦いにしてくれたから成立した戦いじゃありません?」
我ながら声が上ずっているのが解る。このお二人、戦いとは門外漢のインテリだと思っていたけど戦いにも一家言あったりするの?
「確かに、ルイヴィルが親心を出して多少の加減をしていたのは事実だろう。
奴にとって重要だったのは勝敗ではなく『戦い』という名の対話。
策略などの入るところのない純粋な手合わせだっただろうからな」
前にお父様も言ってたっけ。剣は言葉よりもモノを言うって。
私には分からない戦士同士の共通言語が多分あるのだろうなとは思う。
だけど
「だが、あの少年が自らの全力を出し切っていたかというなら、違うと思うぞ。
さっき、ソレイルが申した通り、筋肉の動きや視線などに迷いが見えた。
どこまで自分の力を出していいだろうか?
そう考えているような様子がな」
「それに彼は子どもで、姫君が言った通りの異能力者であるのなら何らかの力を隠し持っているのではないですか?
さっき姫君が言った通り、子どもの異能 アルケディウスがいうところの『能力』が本人の望む合った力になるというのならそれこそ、戦士の彼に相応しい戦いに適した力が」
「秋の戦の時に、ルイヴィルの隙をついたといえ、精霊石が消えるまで本陣の連中は誰も少年騎士の接近に近づかなかったという。
あの戦い方からして、己の身軽さを生かす足の速さとか俊敏とかかもな。
人間離れした身体能力と、結界を破った精霊の力に気力……おそらく生まれからして只物ではなかろう」
ぞわっ。
背筋が凍り付く。
たった一戦を見ていただけでそこまで読み切っちゃう?
知恵の国、フリュッスカイトの頭脳が本気で怖くなる。
まさか、リオンの正体まで?
「よく……お解りですね」
「ん? ああ、心配するな。そこまでの『眼』は他の連中にはない。
彼の『真価』を理解しているのは『精霊神』の加護を受けた私と母上、加護とは別の目で物事を見るソレイルくらいだろう。
ああ、単純脳筋のルイヴィルは別の意味で彼の価値を理解しているのかもしれないがな」
「そ、それは……」
喉がごくりと嫌な音を立てた。
戦いの見事さとその後のルイヴィル様のパフォーマンスで気を取られて皆は聞いていないだろうけれど、今、公子はとんでもないことをおっしゃったのでは?
フリュッスカイトには『精霊審の加護』と呼ばれる何かがある。
各国の『精霊神は死んだ』『消え失せた』のような原始的な反応ではなく『精霊神』とその存在を実感できる何かが。
「詳しくは姫君が我が国の『精霊神』を復活させて下さってから話をしよう」
「解りました」
にやりと、楽しそうな笑みを浮かべた私は約束する。
これは一つの転機になるかもしれない。
私達、魔王城の住人にとって特に。
喝采と人々の祝福を受けてぎこちなく笑うリオンを見ながら私はそんな言葉にならない予感を感じていた。
ちなみに、その後のフリュッスカイトでの戦闘訓練は本当に和気あいあいとしたものになった。
女の子のカマラやプリエラは大人気で、いろいろと親身に教えてもらっているらしい。
勿論、リオンとルイヴィル様が見張っているからそういう意味でヤバいことをする者もいないし、アーサーやクリスなど見習い達と一緒に楽しく訓練ができているらしい。
そして
「リオンは、あんな顔もできたのですね」
フェイが、少し、寂しそうに笑う。
リオンとルイヴィル様は前にも増して仲良くなったようで、楽しそうに手合わせしたり、部下をしごいたり、基、教えたりする姿が見られる。
ルイヴィル様と一緒の時、リオンは本当に、私達には見せない笑顔を見せるのだ。
それは、例えて言うのなら子どもが父親の前で見せるような、無垢な信頼。
新年の時からリオンがルイヴィル様を慕っていたのはわかっていたけどそれに輪をかけた感じ。
守る対象である私達の前ではきっと見せられない表情なのだろう。
リオンをただの子どもにして甘えさせてあげることは私達にはできない。
ちょっとっジェラシーを感じる今日この頃なのだった。
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