精霊国 エルトゥリア
それがこの魔王城の島にあった国の名前らしい。
ようやく少しずつ読めるようになった執務室の文書、その中にこの島の地図があったのだ。
多分、徴税用か何かだったのかもしれない。
割と大きくてしっかり描かれている。
夜、みんなでの勉強会、真っ最中。
子ども達を起こす心配の無くなった大広間、四人で城の二階、三階、四階から持ち出した資料を調べていた中で見つけたのだ。
「リオン、アル、フェイ。見てみて、地図見つけた」
「ホントですか?」
「どれどれ? ああ、確かにエルトゥリアの地図だな」
前にも少し聞いたけれど、エルフ、アルフ、エル、アルなどは精霊、星などを意味する古い言葉で、今の言語形態はとは少し違うけれど同じ意味で使われている。
だから、エル、アルなどは精霊の名前にも多く使われるし、あやかる意味で人の名前にも使用率は高いという。
ラーシェは女の子、リンゼ、リンデは大人の女性。
シュの発音には風、や息などの意味がある。
つまり、エルストラーシェ、エルーシュウィン、エルフィリーネの名前にはそれぞれ、精霊の娘、精霊の息吹、愛しき精霊というわけだ。
偶然にしても、ぴったりの名前を付けたな。私。
ちなみにシュルーストラムは風を司るもの。
ストラムというのは司るものという意味で、遠く王を表す言葉らしい。
ちなみに聞いてみた。
「他にもストラムがいるの?」
『アーグストラム、とフォルトシュトラムはいた。
今、どこにいるのか知らぬがな』
大地と炎かな? と思ったらその通りらしい。
水は特にいなくて、流れるもの、だからシュルーストラムの命令が一番よく効くとのこと。
まあ、話が逸れたけれど、だから精霊の恵み豊かなこの島が精霊…エルの名を関するのは理解できる。
「トゥリアは国?」
「いや、夢とか恵みとか、そういう感じだ。精霊の恵み豊かな地って意味だな。多分」
なるほど、ぴったり。
地図によるとリオンが言ったように、エルトゥリアは細長丸っぽい。
日本地図で言うと淡路島とか沖縄のような感じだ。
そして、そんなに大きくない。
私達が住んでいるのは国の中央部分のそのまた一部で、島の全土はまったく把握しきれていないとしても。
「小さいね。エルトゥリア」
本当に大きさも考えると島国だった日本よりもさらに小さい気がする。
冗談じゃなく淡路島サイズじゃなかろうか。
「ああ、世界全土から考えると、小国だな。
城と、城下町全部含めて3000人前後、国全部でも多分1万人いないくらいだったと思う」
47億の住人がいた現代と比べるのは比較にならないけれど、小国で1万人。
王国とかでも10万人くらいかな? この感じだと。
多分、この星の『世界』そのものも地球を比較に考えると、そんなに広くないと思うのだけれど。
その小国が、精霊やカレドナイト、宝石、食料、多くの富を独占して国を閉ざしていたのか…。
「遠いと思っていたのですが、外へ繋がる転移門も鉱山もこの地図で見ると比較的、城の近くだったのですね」
フェイも目を丸くする。
小国とはいえ国だ。徒歩で動ける範囲は限られていると思う。
「交通手段は何だったのかな? 馬車?」
「馬も使ってたけど、基本は精霊の転移門。各町や、城下町同士を繋ぐものがあった筈だ。
城にもあるぞ」
「え? どこに?」
「城の外壁の塔だ。今は魔術師が繋ぎ直さないと使えないと思うが」
「はー、なるほど…」
シュルーストラムが強引にでもフェイを魔術師にしたわけだ。
精霊の恵み豊かな地で、精霊の力を自在に使っていただけに、精霊と人を繋ぐ術者、魔術師がいないと立ちいかなくなるということか…。
「春になったら、転移門を開けて他の町や村も調べた方がいいかもね?」
麦や羊とか、野生化していても残っているものがあるかもしれない。
「そうですね…いいですか? リオン」
「俺に聞く必要はない。必要だと思えばすればいい。どうせ、無人だしな」
寂しそうにリオンは目を閉じる。
「無人…だと、どうして知ってるんだ? リオン兄?
っていうか、ずっと、気になってたんだ。この島の住人は、どうしていなくなったんだ? 外に逃げたのか?」
「アル…」
「そうだったら、まだ良かったんだけどな」
それは…みんなが思っていた、でも誰も、聞けなかったコト。
知っているのは、多分、リオンと、エルフィリーネだけだ。
硬い表情のリオンに
「言いたくなかったら、言わなくてもいいよ。リオン」
私はそう言ったけれど、リオンは覚悟を決めたようだ。
「いや、いずれ解る事だ」
静かに話し始める。
「俺と、女王、騎士長と魔術師。
全てを一度に失ったエルトゥリアは、当然、他国の狙いの的になった。
けれど唯一の国境門の場所を知るライオットは、命を賭けて口を閉ざしてくれたから直ぐに侵入されることは無かった。
残された民は選択を余儀なくされた。
国と命運を共にする。
神には従わないと殆どの者が国に残ったけれど、ごく僅か国を逃れ外に出た者がいた。
残った者達もそれを咎めなかった。境界門の事を語らぬと誓って彼らは外に出た。
だが、彼らを利用しようとする者達が外にはいた…」
唇と悔しさを噛みしめるように、リオンは話し続ける。
「この国の場所そのものは、外の国にも解っていた。
けれど、海からの侵入は叶わず、空を飛ぶ術もない以上、境界門以外に国に入る方法は無い。
外に出た者達もひどい扱いを受けたらしい。
境界門のことを聞き出そうとする者から拷問を受けた者もいた。
ただ、術による縛りで語れないと知ると、奴らは住人だった術者が使える帰還呪文に目を付けた…」
以前言っていた精霊術の一つ。
術者が行ったことのある場所になら同行者を連れていける風の帰還呪文があるという…。
「外に逃げた者の中に、精霊術士が一人いた。
家族を人質に取られたそいつは、脅され、神の兵士たちをこの島に精霊術で連れてきてしまった。
静かに滅びを待っていた、無抵抗な住民たちを奴らは皆殺しにした」
「子ども達も?」
「ああ、一人残らず」
「酷い…」
震えが止まらない…。
どうして、そんな酷い事ができるのか…。
「奴らは国の民を殺しつくした後、魔王城の宝を狙おうとして城に乗り込み…エルフィリーネと、女王の遺した守護結界の前に命を落とした…」
エルフィリーネが言っていた。
不老不死者が魔王城に入ろうとすると死ぬと。
それは、彼らによって確かめられたことだったのか。
「僅かに生き残った兵士達も死の恐怖に怯え、または獣に殺されるなどして、死んだらしい。
送られた兵士が誰一人戻らなかった事で、魔王城の島では不老不死者でも死が訪れると人々は知り、外の国々は攻略を諦めた。
精霊術士も戻らなかったことで、再び乗り込む術も無くしたしな…」
「どうして…それを…」
アルが震える声で問う。
時期的にリオンはいなかった筈だ。
いたら絶対に民を見捨てたりしなかっただろう。
「俺が、最初の転生でこの島に戻ってきた時、あの日から三十年が過ぎていた。
いつ、どこに転生するかはどうやら選べないらしい。
なんとか、動ける様に、戦えるようになってやってきた島のどこにも、命あるものはいなかった。
いや、ただ一人残っていた。
兵士を連れて来た、精霊術士が…」
『もうしわけ…ありませんでした。…アルフィリーガ…。
私の、私のせいで…光り輝くエルトゥリアは!!』
「泣きながら謝ったその術士は全てを語って、俺の腕の中で息絶えた。
たった一人、国の皆を埋葬し、俺を待っていた男を見送って、以降俺はこの国に足を向けなかった。
向けられなかったんだ…」
「リオン…」
「いつか、神を滅ぼすと誓ったのはその時だ。
俺達に魔王の冠を被せるというのなら、正真正銘の魔王として、奴らの前に立ってやる。
そう思った…」
『世界への逆襲』
リオンの言葉に、願いにそこまでの苦悩があったことは、多分フェイでさえ、知らなかったことだろう。
私達の誰も、声を、言葉をかけることも紡ぐことさえできない。
震えるような声と共に手と後悔をリオンは握りしめている。
その手に、私は自分の手をそっと重ねた。
「本当に、辛かったね…リオン」
「俺の辛さなんかなんでもない。何の罪も無く死んでいったみんなの方が、もっと、ずっと辛かった筈だ」
「でもさ、この島、ホント清々しいくらいに住人の恨みとか残ってないんだぜ」
「アル?」
俯くリオンにアルが笑う。
「生きてる人間だって、恨みを人に残したりする。
でも、この島には誰もいない。恨みとかほとんど見えない。
みんな、リオン兄や女王様のこと、ホントに好きだったんだと思うぜ」
気休め、なのかもしれない。
500年過ぎてるから、もう消えたのかもしれない。
でも、アルの明るいその言葉は、リオンの、そして私達の心を照らす光に思えた。
「やり直したい、って思うなら国の皆が生まれ変わって来ても幸せに暮らせる国を作ればいいんだよ」
「でも、転生は…」
「精霊に選ばれた者だけの特権っていうわけでもないでしょう?
もしかしたら、城の子ども達、いいえ生まれてくる子どもはみんな、エルトゥリアの民の生まれ変わり、と思えば気合も入りませんか?」
アルの言葉にフェイが思いを添える。
「…むちゃくちゃ言うな…。でも…ああ、確かに気合は入る」
くすっ、とリオンの顔に笑みが浮かんだ。
「俺は…」
微かに唇を歪めて、でも、その笑みは消さないままリオンは私達の方を見た。
「城に戻って、みんなと共に過ごして、幸せを感じる度に思ってしまう。
俺が選択を間違わなければ、守れた幸せがあったのではないか、と。
こんなに幸せの中にいる資格は自分にはないのだと。
…すまない。
多分、神を恨む気持ちとこの後悔は、俺が生きている限り消せそうにない」
「リオン…」
「でも、弱音はもう吐かない。
今世が、本当にきっと最後にして、最高の機会なんだ。
俺は、全力で神を倒し、この世界を人間と精霊の手に取り戻す。
勿論、皆が幸せに生きらる世界にしてから、だけどな」
「うん。今は、それでいいと思う」
リオンの言葉に、私は頷いた。
諦めた訳ではないけれど、傷も、後悔も全て含めて、リオンならそれは否定しちゃいけない。
代わりに握りしめた後悔ごと、彼の手を包む。
「でもいつか、世界が平和に戻ったら、みんなでもう一度この島にエルトゥリアを作ろう。
新しい、前よりも素敵なエルトゥリアを」
「ああ、いつか…そうできたらいいと思う」
「できたら、じゃなくってできるようにするんですよ。僕達にはできるんですから」
なんの根拠もないけれど、できると信じる。
それがきっと力になる、
「リオン兄が王様で、マリカが女王になって、フェイ兄が魔術師か~。
仕方ない。俺は騎士団長で我慢してやるよ」
「アル!」
「それくらい、気楽に行こうぜ」
「ああ、そうだな」
私の顔は紅くなるけど、みんなの肩の力は抜けた。
リオンには辛い事を語らせてしまったけれど、彼が一人で抱えていた重荷を少しでも分かち合えたのなら嬉しいと思う。
「皆さま、もうすぐ二の六刻です。そろそろお片付けしてお休みを」
「あ、いけない。続きは明日ね」
「解りました」
書物をみんなでパタパタと片付けて部屋に戻る。
その途中、リオン達やアルの姿が遠ざかったのを確かめて。
「エルフィリーネ。話、聞いてたでしょ?」
「はい」
私は、魔王城、ううんエルトゥリア城の守護精霊に呼びかけた。
「私、凄く怒ってる。
神様、って存在に。どうして、リオンがあんなに苦しまなきゃいけないの?
間違ってないのに。ううん、間違ってたとしても何百年も一人で苦んできたなんて酷すぎるよ!」
リオン達には告げられなかった、怒りを、弱音を。
彼女に吐き出した。吐き出さずにはいられなかった。
「精霊も、民も、アル様ではありませんが、誰もアルフィリーガとその選択を恨んではおりません。
それでも…アルフィリーガは自分を責めずにはいられないのでしょう。
昔から変わる事の無い、獣の名に合わぬ程、優しい子ですから」
「私は、リオンに一人で背負わせるつもりはないの」
決めたのだ。
リオンの重荷を一緒に持ち、支えると。
………それに私は子どもを殺す存在を、何があろうと容認しない。
「エルフィリーネがこの城を魔王城、っと呼ばれるの好きじゃないの知ってるけど、私はリオン一人を魔王にするつもりもない。
神様を倒して、子ども達に未来を取り戻せるなら、魔王上等だって、思ってる」
「主が魔王を目指されるのなら、この城が魔王城と呼ばれても構いません。むしろ神を滅ぼす魔王城なら本望でございます」
「力を貸してくれる? 私が、前の主の転生でなくても?」
「はい」
一瞬の逡巡もそこにはなかった。
私は目を閉じる。
感じる、というか解るのだ。
リオンがいる。フェイがいる。アルがいる。
そして『私』がいる。
フェイではないけれど、多分できるのだ。
魔王になること。神に、世界に反逆する事が…。
もちろん、今は力が足りなすぎるけれど…。
「いろいろと、やりたいこと。
考えていることがあるの。いつまでも島に居たら外の子ども達を助けられないし、神にも手が届かない。
城の子ども達を放っていくつもりは無いから、エルフィリーネの助けは絶対に必要。だから…」
ずっと、私を助けてくれた守護精霊に私は宣言する。
「私は保育士だけど、魔王になる。
力を貸して。エルフィリーネ」
「喜んで、我が主」
子ども達を守り、いつかこの島に、子ども達が幸せに暮らすエルトゥリアを作る。
その時まで。
私は、保育士兼魔王を始めます。
ようやくタイトル回収。
無自覚から、自覚して世界を変える保育士兼、魔王を目指します。
魔王城の島、精霊国エルトゥリアの過去話。
これは世界編になる前にどうしてもやっておかなければならなかった話です。
リオンも、マリカも世界を変える魔王を目指します。
目指せる勝算はあるのですが、まだまだ、世界を敵にするには力は足りません。
少しずつ工夫と、協力と努力で乗り越えていきます。
楽しんで頂ければ幸いです。
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