考えるに、魔王城の子ども達は割と優等生が多かった。
皆、かなり酷い虐待を体験し、だからこそ魔王城の生活の大切さを理解して、我が儘とかもあまり言ったりしなかった気がする。
勿論、多少のトラブルや喧嘩はあったけど私も出来る限りでフォローしたし。
子どもの立場で、場を纏めてくれるリオンやフェイもいたからそこまで深刻にはならなかったのは幸運だったと思う。
普通に思えば『子ども』ならこういうトラブルがあって当たり前だ。
感情も思考も未発達。
自分でもどうしようもない感情などと向き合いながら、少しずつ人との付き合い方を覚えていくのが子どもの『成長』というものなのだから。
「ちょっといいですか?
入ります」
「はい、どうぞ」
「マリカ様……」
どうやらちょっと落ち着いたようだ。
私がいることを思い出した。
皇女の前の醜態。シャンスは顔を背けている。
話をできる状況になったかな?
子ども達が暴れたり、落ち着かない時は別室に連れて行ってクールダウン。
これは基本だ。
人手がない時はどうしようも無い事もあるけれど、基本的に他の子の前でその子を怒る様なことはしない方がいい。
「シャンス……少し話をしてもいいですか?」
「…………」
本当であるのなら保育に他所の人間が口出しするのは良くないのだけれど、私もここの保育士の一人のつもりでいるし。
リタさんにお願いして、対応させて貰うことにする。
「何があったのか。
どうして同じ、孤児院の仲間に噛みついたのか。聞かせて貰えませんか?」
「……あいつらは、仲間なんかじゃない! いっつも同じ奴ら同士でつるんで、おれ達の事なんか、バカにしてるんだ!」
「いや、そんなことは無いだろう? あの子達だってあんた達の事を頼りにしてるじゃないか?」
「リタさん。しーっ」
会話に入って来たリタさんに、私は指を一本立てて見せる。
今はシャンスの話と言い分を口を挟まず聞いた方がいい。
「頼りになんかしてない! おれ達の仕事を横どってホイクシ達にいい顔したり、自分達は勉強もできるって自慢したりしてる!」
「そうなんですか? シャンスはそう思うんですね」
「おれだけじゃない! サニーだってそう思っている」
色々と、子どもなりに溜まっていたものがあるのだろう。
ほんの少し水を向けただけで、シャンスの口からはつらつらと恨み言や本音が零れて来る。
それが、正しいか正しくないかはともかく、今はそれを吐き出させてあげたい。
私は聞きに徹する事にした。
彼の思いは止まらない。
神殿組の子どもが来る前は、保育士達が自分達を良く見てくれたのに、今はなかなか話を聞いてくれない。
おもちゃや道具も新しい子が優先になっている。
掃除や洗濯が上手いと鼻にかけて、苦手な自分達を見下す。
勉強も、まだまだのくせに、少しできると自慢する。
「さっきだって、書き取りができた! って自慢してたんだ。
でも、まちがってる所があった。
なのにアイシャも気にせず褒めるから、おれが教えてやろうと思って……」
「それで、ペンとインクを使おうとしたんですか?」
インクやペンは通常、子どもが使うものじゃないので高価だし数が無い。
書き取りの勉強に使うにはちょっともったいなくもあるけど、他にないから使わせているけれど。
なんとかミニ黒板みたいなのを作れないか、試行錯誤中。
と、それは別の話。
「アレは、あいつらの、じゃなくって孤児院のもの、だろう?
なのに抱え込んで貸してくれないから……」
「それで、噛みついてしまった、と」
顔を背けるシャンスは、自分が悪い事をしたと多分理解はしている。
ただ、思いを素直に言葉にできなかっただけなのだ
思いを言葉で上手く伝えられずに攻撃、ガブリ。
というのは1~2歳くらいの子どもに多いことだけれど、あの子達が保護されたのは去年の丁度今頃だから、気持ち的には同じなのかもしれない。
「そうですか。それは嫌でしたね」
「うん」
私は彼の気持ちに共感した上で、
「でも、ペンとインクはシャンスのものでもありません。孤児院の備品です。
もしシャンスが自分がペンとインクを使っている時に、神殿の子から無理やり、何も言われずに引っ張られたら、どう思いますか?」
「……それは、怒る。多分、許さない。取るな! って大声を上げると思う」
「そうですね。嫌ですよね。誰でも自分の使っているものを取られるは困るし、嫌です。
あの子達も、そうだったとは、思いませんか?」
「……あ」
「他の事に関しては解りませんが、さっきの場面はバカにしたとか、そういうことではなく黙って取られそうになって、ビックリしただけだと思いますよ」
「うん」
「他の人が物を使っている時、それを使いたくなったらどうすればいいんでしたっけ?」
「……貸して、とか、次に使わせて、とか……頼む」
「そうですね。そうすれば良かったんだと思いますよ?」
「うん」
丁寧に言い聞かせた。
頭ごなしに彼の行動を否定するのではなく、思いを聞き入れた上で話をすれば、子ども達は解ってくれることが多い。
子どもでも、彼等はちゃんと色々なことが解っている。
「では、これから、どうしますか?」
「部屋に……戻って、ちゃんと、謝る。
そして……話すよ。理由」
「はい。それでいいと思います。解ってくれて、私も嬉しいです」
部屋の外にはリオンがいる。
つまりはサニーも聞いている。
弱みを見られたくないシャンスのプライドがあるから、中にはまだ入れない方がいいけどね。
リオンはその辺、解ってくれてる。
「じゃあ、向こうに帰りましょうか。みんな、心配してますよ」
「……あ、あのさ。皇女様。院長先生……も」
私が、話を終えようとした時、シャンスが逡巡の様子を見せながら、でも意を決して私達の方を見る。
「何ですか?」
「何だい?」
「あの……さ、おれや、シャンスも……いつかは、外に出る……んでしょう?
アレクや、アーサーみたいに」
「ええ、そうですね。
彼らは年齢で言うと、貴方達より少し下ですが、外での仕事を始めています。
貴方達も、いずれは外で自分の力で、働く事を覚えて欲しいと思っていますよ」
私の感覚で言うと、少し早い気もするけれど、中世世界で子どもがいつまでも、子どもでござい、と甘えてはいられないことは解っている。
十四から十六歳が成人であるというのなら、十歳くらいには職業訓練を始めてもいいんじゃないかと思っている。
魔王城の子達は、特殊技能を買われて先に出ているけれど。
「プリエラには騎士の道を選びたい、という希望を聞いています。
今は様々な仕事に触れて欲しいと思っているので調理なども教えていますが、今度騎士訓練も見学させる予定です」
通いで保育園に来ているプリエラは、リオンの部下。
準騎士ウルクスの義理の娘だ。奴隷状態から救ってくれた父を慕って騎士になりたいと望んでいるらしい。
ウルクスは娘が騎士に、戦いの道に進むことに渋い顔をしているようだけれど、もし興味があるのなら騎士団の訓練などを見学させてあげようかと思っている。
「貴方も、何かやりたいことはありますか?
目指す道ややりたいこと。夢があるのなら、相談に乗りますよ。
叶えられるかどうかは、貴方次第ですが」
「おれ達のような、元奴隷でも?」
「外に出れば、元奴隷とか関係ありません。実力とやる気が全てです。
貴方の『兄』にあたるアルやクオレは今、大店の幹部候補生として大きな仕事を任せられています」
クオレには選択肢をあげられなかったけれど、今はゲシュマック商会で一目を置かれる存在になってきている。
アルケディウスや世界での子どもの躍進。
その先頭に立つ存在だ。
実例を示すと、おどおどとでも、顔をあげてシャンスは答える。
「お、おれ……役者になりたいんです」
「役者?」
「大祭で、皆に劇を見せていた一座のような……舞台に立つ役者に……」
「旅芸人なんて! せっかく、まともな生活ができるようになったのにすることじゃなないだろう?」
「リタさん」
シャンスの言葉に即座に否定の声がかかった。
優しい肝っ玉母さんであるリタさんが、そこまで言うのだ。
今、この世界に置いて旅芸人の位置が高くない事は想像できる。
向こうの世界の中世とかでも、旅芸人は退屈を凌ぐ存在と歓迎されつつ、よそ者として冷たい目で見られる事が多かったという。
私は、そういう偏見は無いつもりだけれど……
「芸で身を立てるというのは、簡単な事ではありませんよ。
私は旅芸人を蔑むつもりはありませんが、舞台上の華やかな姿の裏にある努力を知っていますから」
「華やかな姿の裏の……努力?」
「本一冊分のセリフや動きを正しく覚え、間違いなく演じる。
舞台の上から伝わる様な発音で、言葉を紡ぐ。歌を唄う事もあるし、剣舞をするならそれも覚えないといけません。
さらも忘れてはいけないのは、同じ舞台に立つ仲間と息を合わせて、自分だけが目立つのではなく相手も引き立てること」
「そうなんですか?」
「思い出して下さい。貴方が見たのは多分、アルフィリーガ伝説の劇でしょうけれど、アルフィリーガ役者だけで舞台が作れますか?」
「……いいえ」
「舞台は、衣装を作る方、小道具、大道具を作る方、舞台でそれらを適切に配置する方、音楽を添える方。
舞台上の俳優さんだけではなく、それを支える多くの人が協力して作り上げる総合芸術ですから。
俳優さんは、その華やかな姿を私達に見せる為に大変な努力と、研鑽をしているのです」
俳優になりたいという夢に関しては少し厳しく事実を伝える。
多分、外の世界の仕事などを殆ど知らないシャンスは、大祭で見た舞台に素直に憧れ、自分もなりたいと夢見たのだろうけれど、実際の俳優という仕事がどれほど大変か。
向こうの世界でミュージカルとか舞台劇をいろいろ見て来た私は知っているつもりだ。
さらに古い時代ではリタさんが蔑む通り、役者が客を取らされたり、逆に泥棒まがいのことをしたりという事実もあったというし。
「自分の気持ちも言葉に表せず、乱暴してしまう今の貴方では、その厳しい世界に耐えられないと思います」
「あ……う……」
「それに誰しもが舞台俳優の頂点として輝ける訳ではありませんよ。
アルフィリーガ役だけではなく、魔王やパーティの仲間はともかく最初は、倒される魔物の一匹、通りすがりの村人ということも多いと思います」
ぐうの音も出せず、手を握りしめるシャンス。
今、正にチームワークを乱すことをやらかしたばかりだ。反論は多分できないだろう。
……箱入りの子どもに厳しい事をあまり言いすぎるのも良くないか。
「ですが、それを理解した上で、貴方が芸人を目指すというのであれば、援助しない訳でもありません」
「え?」
「マリカ様?」
声音を変えた私にシャンスやリタさんが目を瞬かせている。
私はシャンスが舞台俳優を目指す事を反対するつもりではないのだ。
「今は、私も旅芸人の世界がどういうものか解らない。
即答はできませので、調べてみるつもりです。
子どもを預けられる一座があるのか。
どのような教育システムや経営方針なのか。
いい所があって、他所からの人材も受け入れられるのであれば、貴方を預け育ててみるのも有りかと思っています」
旅芸人って多分、家族とかそういうのが多いと思うんだよね。
外から芸人になりたい、って入ってくる人をすんなり受け入れられるかとかもある筈だ。
「本当ですか?」
「考えている事もあるので、秋の大祭の後には一応の方針を出します。
ですから、貴方達はその間、自分の夢を叶える決意を見せて下さい」
「決意?」
「さっきも言った通り、舞台俳優に必要な最低限の技術を身に着ける事。
私が知っている簡単なではありますが、舞台俳優育成の訓練方法を書き残して行きます」
「訓練方法?」
「マリカ様は舞台俳優の育成にも造詣がお有りで?」
「別に特別なものではありません。
自分の思いを言葉で伝える事。時に我慢をし、周囲を立てる事。
文字の読み書きを完全にする事。
本の内容を暗記して、言葉で話せるようになる事。
運動などをしっかりして体を鍛える事。正しい発音を身に着ける事。
日常の中でできることばかりです。
それを毎日欠かさず実践してみて下さい」
大好きな劇団のバックステージツアーに行ったことあるし、座談会に参加した事もある。
高校時代は演劇部に入ってたこともあるから、発音の基本練習とかは知っているつもりだ。
演劇部って実は、運動部並の体育会系なんだよね。
走り込みとか、発音練習一日50セットとか。
「大祭の後で、リタさんに確認しますし、できる限り孤児院に顔も出します。
秋の大祭まで約六ケ月。
貴方の願いが一時の熱病ではないと証明したら、その時改めて話を聞きましょう。
サニーもいいですね?」
話に夢中になってか、扉が薄く開いていたことには勿論気付いていた。
サニーとシャンスは双子よりも仲がいいから、同じ夢を持っていても不思議はない。
扉を開けて、シャンスの元に駆け寄るサニーは私の方を、仰ぐように見つめている。
「本当に、本当に旅芸人を目指してもいいですか?」
「芸で人を楽しませるというのは、とても難しい事です。
華やかな事ばかりではありません。
でも、それを弁えた上で、一生の仕事にしたいと望むのであれば、応援はするつもりです」
「「ありがとうございます」」
「良いんですか? マリカ様?
子ども達にあんなことを約束されて」
「私は、あんまり賛成じゃないですけどね。
旅芸人という連中は、良くも悪くも外れ者ですし」
「さっきも言った通り、芸人は低く見られる存在ではありませんから。
それに……」
話の後報告に、顔を顰めたリタさんやカリテさんを宥めながら私は思う。
かねてからの懸案事項の焼き直しに、これはある意味使えるかも。
「とにかく、大祭までの間、二人の様子を見て下さい。
二人が練習や訓練にかまけて日常の事をサボるなら『生活の基本も出来ない者が非日常を演じられるのか?』と私が言っていたと」
「解りました」
「約束したことは、私が、出産関係の事と合わせて責任をもちますから」
「よろしくお願いします」
孤児院視察を終えて戻る私に、馬車の中、リオンが囁く。
「また、何か変な事を考えているんじゃないだろうな?」
「変な事、じゃないよ。世界の環境整備。後はちょこっと、『精霊神様』の復権とか……」
「?」
「戻ったらちゃんと、お母様達に相談するから」
「それなら、いいけど……」
今回は勝手に決定までしなかった。
その辺ちゃんと学習している。つもりだ。
多分。
……ずっと、やりたかった事がある。
これは、その良い機会かもしれない。
窓の外を警戒するリオンの横顔を見ながら、私は小さく決意に手を握りしめた。
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