戦勝を願う宴が終わった翌日。
私達は魔王城へ戻ってきた。
リオンやフェイ、アーサーやクリス。
アルも一緒だ。
明日の朝、戦に出発するので今日はお休み、みたいなものなのだそうだ。
私も忙しくはあるけれど、一緒に時間を過ごしてきていい、と言って頂いた。
初夏の気持ちのいい一日。
魔王城の森で楽しそうに子ども達は遊んでいる。
鬼ごっこに木登り、かくれんぼ。
普段なら、私達がいれば甘えて、遊んでとせがんでぐるのだけれど、今日はなんだか子ども達も空気を読んだのだろう。
あんまり声をかけずに、好きな遊びを楽しんでいるようだ。
アルはアーサーやクリスと一緒に遊びに入り、フェイは調べもの。
だから私とリオンは、子ども達の様子が良く見える木陰に二人並んで腰を下ろし、ゆっくりとした時間を過ごしていた。
木陰でごろんと横になり、目を閉じるリオン。
私達がここに陣取ってけっこうな時間になるけれど、身動き一つしない。
寝てるのかな?
伏せられた目元を見ながら多分、色々と疲れているんだろうな。と思う。
今回の戦では実働部隊をほぼ率いる全軍の准将に大抜擢されたと聞いている。
二千人の兵士、というのは現代人の感覚からすれば凄い多いという訳ではないけれど、それでもかなりの大人数。
それを十三歳の子どもが指揮するのだから気苦労はきっと物凄いと思う。
騎士試験と、前の戦で実力は見せつけていても、そう簡単に理解できるわけでもないのが人間だ。
特に騎士貴族となれば、プライドとかも高いだろうし。
「…お父様とお祖父様、リオンの正体を上層部に話す、って言ってたけど騎士団の人達にも言ったのかな?」
「いいや。話したのはケントニス皇子とトレランス皇子。
後はタートザッヘ様とザーフトラク様だけだって俺は聞いてる」
「わ! リオン、起きてたの?」
突然開いた瞼とかけられた声に、ちょっとビックリ。
私がずっとリオンを見ていたのがバレてしまったような気まづさに私はちょっと狼狽えてしまった。
「別に、寝てたわけじゃない。
ここは本当に安心できる場所。
目と心を休めながら夏の戦、どう指揮しようか考えていただけだ」
ヨッ、と声を上げてリオンが身体を起こす。
目線があってドギマキする。
「本来なら、二回連続で騎士貴族が戦に出るっていうのはあんまりない事なんだ。
今回はライオとトレランス皇子が押してくれたけど、次が許されるかどうかは解らない。
だから、今回は有無を言わさない結果をどうしても出さないといけないからな」
リオンが言う通り、騎士貴族にとって夏、秋の戦は手柄をたて、実力を見せつける為の重要な場の一つなんだそうだ。
現在、アルケディウスには五百人強の騎士貴族がいる。
他の方法で貴族に上がる方法がほぼない現状、唯一の登竜門と言えるだろう。
そのうちの大半は各領地に行って大貴族配下の地方領主、町長とか代官とかの役割を受け持っているけれど、それでも楽しみにしている者が多いらしい。
「勝算はありそう?」
「一応、な。
指揮を執る騎士貴族、全員と手合わせして勝っているから。
俺を前線に出して切り込み隊長兼囮にして、フリュッスカイトとの戦いの時の様に敵を捕え、減らしていく事では合意している」
さらりと、全員に勝ったというリオンだけど、相手は苛酷な騎士試験を勝ち抜いた勇士だ。
簡単な事ではなかったのではなかろうか?
「油断している初戦が鍵、だな。
できる限り敵を確保して減らす。出し惜しみせずに戦力を投入して短期決戦でケリをつけられればと思っている」
でもそれはリオンが敵の矢面に立ち、敵の集中を引き寄せるということで。
「危険じゃない?
他の人達はともかく、リオンは怪我をするんだよ?」
「だから、まあ、相手が俺の弱点に気付かれないうちが勝負なんだ。
遠距離から、射手に寄る弓矢の一斉攻撃、なんて今は絶滅している手段に気付かれたら終わりだからな」
今回は弓矢を用意している可能性は少ないという計算があり、勝算を十分に見込んでのことだと解っているけれど…心配。
「本当に、怪我とかして戻って来ちゃダメだよ」
「解っている。引き際は見極めるさ」
静かに微笑むリオンの露に濡れた瞳に、無理や無謀は見えない。
そこは信用してはいるけれど、リオンはここぞという時に、自分の安全を計算に入れたりしないから心配だ。
「リオン」
「なん…だ、って!?」
私はリオンの頬に顔を寄せ、そっと口づけを落した。
言葉以外で、私がリオンを勇気づける方法が、他には思いつかなかったから。
「マリカ…」
ほっぺに手を当てて私を見るリオンの顔は朱い。
多分、私の顔と同じくらいには。
「『聖なる乙女』ううん、『精霊の貴人』の祝福。
必ず、皆で無事に帰って来てね」
『聖なる乙女』とか呼ばれるの好きじゃないけど、私がそう振舞う事で、みんなの意気が上がるのならそうしてもいいと思ってる。
だから、乙女として一番最初の祝福をリオンに渡したのだ。
リオンは、私の気持ちごと、しっかりと受け止めてくれた。
そうして腰を上げると、膝を付き騎士の礼で応える。
「ああ、約束する。
俺達の『聖なる乙女』に必ずや勝利を」
だから、私もリオンの思い、誓いを『聖なる乙女』として『精霊の貴人』として受け止めたのだった。
「あ、マリカ姉。リオン兄にチューした♪」
「こら、バカ。声出すな。見つかるだろ!」
「ちぇ、ほっぺにチューしただけかあ」
「こら! 何見てるの!」
「わーい、マリカ姉と鬼ごっこ!」
「そんな事言ってる場合か! 逃げるぞ!!」
「リオン! そっち捕まえて!」
「任せろ!」
翌日、夏の戦に向かう軍が出陣した。
私は城のバルコニーから閲兵し、見送っただけだけれど。
「マリカ 祝福を」
「はい。皇王陛下。
『聖なる乙女』として、皆様にどうか精霊の祝福があらんことを。
光が皆様の上にありますように」
わあ、と人々が声を上げた。
跪く兵士達の上にきらきらと、光の粉様な精霊の祝福が舞ったからだ。
ここ暫くの騒動で、私が望めば(望まなくても)精霊達が力を貸してくれることは解ってるので、少し本気の『聖なる乙女』モード。
滅多に見る事の無い本物の精霊魔術に兵士達もなんだか目を輝かせている。
「『聖なる乙女』の祝福を受けた我らに敗北はありません。
必ずや勝利を捧げて御覧に入れましょう」
残念ながらリオンでは無く、今回の戦の大将である騎士貴族様の返答ではあったけれど、彼だけではなく、その場に集った兵士達皆の士気が上がったのは解った。
少しでも皆がやる気になったのなら、恥ずかしいけど、まあいい。
旅立っていく兵士達を、リオンを見送る。
最後の一人の姿が見えなくなるまで。
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