【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

魔王城の収穫 小麦編 PART3

公開日時: 2023年3月17日(金) 06:39
文字数:3,803

 火の月の終わり。

 最後の夜の日。

 私達は魔王城に戻って来ていた。

 明日からはフリュッスカイトに出立する。

 その前に、どうしてもやっておかなくてはならないことがあったからだ。

 麦の刈り取り。

 魔王城の島の畑に黄金色に輝く麦穂が痛まないうちに収穫をすませておかないとならない。


 アルケディウスの方はもう人海戦術で収穫が終わっているそうだ。

 ゲシュマック商会秋の日雇い。

 風物詩にもなっているくらいで、何十人募集しても即日埋まるほどに人気が高いそうだ。

 給料も高いし、終了後に出る食事も大人気だから。

 ただ、魔王城の収穫はそうはいかない。

 魔王城の島には下手な人間は入れられないので、ほぼ子どもだけで行う。

 去年はお父様とお母様、ガルフやリードさんが手伝ってくれてかなり楽だったけれどまさか今年……


「ハハハハハ。これはなかなかに楽しいな」

「御意。少々腰が疲れますが」

「陛下はお若い。年寄りにはいささか堪えます」


 皇王陛下達が手伝いに来ると言い出すとは思わなかった。

 しかも今回はザーフトラク様と


「頑張って下さいませ。陛下」


 皇王妃様までご一緒。

 皇王陛下は鎌を手に麦刈りの真っ最中。皇王妃様は麦穂束の確認や整理をお手伝い下さっている。

 いやー、慌てた慌てた。

 魔王城の島の麦の刈りいれと、フリュッスカイト視察旅行の準備の為、一泊二日で休みが欲しいとお願いしたら


『麦の刈りいれが見てみたい』

『魔王城へ連れて行くように。なんなら手伝う』


 と言われたのだ。

 仕方なく刈りいれの予定を大幅に変更した。

 いつもなら、私が『能力』でコンバイン役をして麦を大よそ刈っていくんだけれど、皇王陛下達にはまだ、私の本当の『能力』物の形を変える。は教えてない。

 加えてどうせなら刈り取りも体験して貰った方がいいかな、と思って魔王城の外、一番大きな畑は大人の手刈りで行う事になった。

 皇王陛下が来ると知ってお父様とお母様も急遽来て下さることになったし、ガルフやリードさん達も去年通り手伝いに来てくれて、火の月最後の安息日、魔王城の島は思わぬ来客と共に、麦の刈りいれという一大イベントを迎える事になったのだった。



「魔王城の子ども達は皆、働き者だな」


 刈りいれの手を休め、腰を叩きながら皇王陛下は目を細めて、麦穂運びや落穂拾いをする子ども達を見ている。皆、もう小麦を育てて三年目だ。

 手順は身について指示すればさっさと動いてくれていた。

 セリーナは二回目。

 カマラはエクトール領でもやっていたと慣れた手つきだ。完全初めてのノアールやネアちゃんに麦の束の作り方などを教えてくれていた。

 年少のジャックやリュウだって、落ち穂を集めたり、稲の束を重ねたりするくらいはできる。もう五歳だもん。

 流石に最年少のリグはまだ無理だけど。木陰でフォル君やレヴィ―ナちゃんと遊んでる。


 魔王城の子ども達は、私をお父様がタシュケント伯爵家から連れ出した時、一緒に救出された貴族街で虐待を受けていた子ども達であるということはお話してある。これは、嘘では無く本当の事だし。


「ここで獲れた麦が美味しいパンになることが解っているので、飽きっぽい子ども達も頑張っています」

「なるほど。生産者にこそ、食事の味と意味を知らせなければならない、と常々おっしゃるマリカ様のお言葉の意味が理解できますな」

「ゲシュマック商会は毎年、刈りいれの時に麦で作った食事を振舞って味を体験させています。そのおかげで刈りいれと種まきの日雇いはあっという間に埋まるのですよ」


 なるほどと再び頷く皇王陛下とタートザッヘ様。

 ただの刈りいれ体験だけではなく、色々とお考えがお有りのようだ。

 まあ、それはそれとして


「父上、初めてとは思えない良い手つきでいらっしゃいますね」

「剣以外の刃物など碌に持ったことも無かったが、何とかなるものだ」


 皇王陛下は本気で初の農業体験を楽しんでおられるようだ。


「まったく、こんなお姿を大貴族や国民に見られたら何と言われるか?」

「親しみがわいて余計に人気が出るとか無いです?」

「まあ、そういう考えもあるかもしれんが……」

「皇王陛下は国民に慕われていらっしゃいますから、この程度で人気が下がるとか無いですって」


 ザーフトラク様は苦笑いしておられるけど、私はむしろ、こういう姿を国民にもっと見せてもいいんじゃないかと思う。

 向こうの世界での皇室報道は国民が皇族に親しみをもつきっかけとして、大抵は微笑ましく受け入れられていた。

 皇族の方が御用田で田植え、稲刈りなんて季節の風物詩みたいになっていたし。

 まあ、向こうの世界とこちらの世界では『王』という存在の意味が色々と違っているのは解っているけど。


 まあそんな話をしているうちに畑の刈りいれはほぼ終了。

 人海戦術は早くってやはり能力を使っても叶わないくらい早く終った。



「麦刈りの日のお昼ご飯は恒例で、外でハンバーガーみたいになっています。

 王宮ではなかなか出せないし、食べられないと思うので良ければ召し上がって下さい」


 冷たい果実水で喉を潤し、刈りいれの終わった畑に毛氈を布いてみんなでラールさんが作ってくれたお弁当を食べる。

 丸いバンズにハンバーグを挟んでサーシュラとエナ、そして今回はアーヴェントルクのチューロスも入れてみた。


「ナイフやフォークは無いの? お皿も?」

「はい、こうしてパンに具材を挟んで手で掴んで。あむっ……と。

 うーん、美味しい。流石ラールさん!」

「働いて皆お疲れだと思ったからね、ソースの味は濃い目に、ハンバーグは柔らかめにしてみた」

「うむ、美味だな。特にこのソースが良い。後で作り方を教えて貰えないか?」

「喜んで」


 箱入りお嬢様の皇王妃様は少し躊躇い気味だけれど、周りはみんな躊躇なく食べている。

 ザーフトラク様なんてゲシュマック商会の料理人ラールさんと、調理談義を始めた。

 やっぱり料理人同士気が合うのかも。


「こんな所で礼儀や行儀を気にしても仕方あるまい。

 身内しか見ておらぬのだ。気にせず食べた方が良い。うむ、美味だ」

「陛下!」

「しっかりとした味わいのパンに濃い味付けのハンバーグがよく合っている。

 しつこくなりそうに思うが挟んだ野菜のおかげでさっぱりと食べられるな」


 皇王陛下は躊躇う様子も無く口を大きく広げてハンバーガーにかぶりついている。


「お待ちください。今、城下の家から皿とフォークを……」

「……いえ、このままで構いません」


 私が立ち上がろうとするとそれを手で制して意を決したように皇王妃様は、ハンバーガーを手に取ると、かじりついた。


「いかがですか?」

「……本当に美味です。ハンバーグをそのまま食べるのとはまったく違う魅惑の味ですね」

「であろう? 加えて良く働いて空腹というのもある。

 王宮では空腹を感じる程に動く事も稀だからな」


 目を丸くしてハンバーガーを見つめる皇王妃様に、指先についたソースを舐めながら皇王陛下が微笑む。


「陛下の、おっしゃるとおりですわね。

 不老不死になってから、空腹など意識した事もありませんでしたが。身体がそれを欲しているという合図であるのかもしれませんね」


 才媛らしく、冷静な分析をしながら今度は躊躇いなく大きな口でハンバーガーにかぶりつく皇王妃様の顔は、緊張や礼儀が抜けて柔らかい一人の女性に変わる。


「本当。とても美味しいわ」


 その幸せそうなお顔に私達は、胸を撫で下ろしたのだった。



 あらかたの収穫を終えた後、周囲が暗くなる前に皇王陛下達はお帰りになることになった。


「いや、何百年ぶりかでいい汗をかいた。楽しかったぞ」

「こちらこそ、お手伝い頂きありがとうございました」

「……マリカ」


 満面の笑みを浮かべる皇王陛下の側から、スッと皇王妃様が進み出る。


「皇王妃様」

「貴女の素性や、生まれの真実については皇王陛下から大凡伺いましたがここに来て、やっと理解できた気がします。

 貴女は、ここで、幼い身でありながら長で無くてはならなかった。それ故に幼い身でありながら一人で何もかも抱え込んで来たのでしょうね。

 それが知れたことが、私にとって今日一番の収穫です」

「あ、ありがとうございます」

「何か困ったことがあればいつでも言うのですよ。私達は貴女を助けます。今日のように。

 だから、貴女も私達に教えて頂戴。

 私達が知らない色々な事を」

「は、はい!」

「今日は得難い経験をありがとう。無理を言ってごめんなさいね」

「いえ、こちらこそありがとうございました」


 ふんわりと、優しく微笑んだ皇王妃様は皇王陛下と共に帰って行かれた。


「ふむ、一人で抱え込むな、とはおっしゃらなかったな」

「言っても無駄だと解っておられるのでしょう。

 私ももう諦めました。

 この子はいくら言っても、一人で後ろも見ずにひた走る。ならば私達が知恵と力をつけ、後を追い手助けする方が合理的です」

「お父様、お母様」


 皇王陛下達をお見送りした私の後ろにそんな優しい様な厳しい声がかかる。

 そこにいたのは双子ちゃんを抱いたお父様とお母様。


「そうだな。お前はお前の思うまま進め。

 後は俺達が援護してやる」

「どこに行っても、できるなら、走り出す前に周囲に報告、連絡、相談は忘れずに。

 でないと助けの手を伸ばしてあげることもできませんから。

 そして、必ず無事に帰ってくるのですよ」


 明日からまた外国への旅が始まる。


「はい、ありがとうございます。お父様、お母様」


 私はその前に贈られた優しい保護者達からのエールをしっかり受け取って、胸に握りしめたのだった。

  今日一番の大事な収穫を。

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