実を言えば、その朝は他にも騒動があったのだけれども、私は翌朝、一先ずの対応が終わった後直ぐに、城下町に降りてカマラとノアールの所に行った。
「おはよう。カマラ、ノアール。
朝ごはんもってきたよ」
「マリカ様。いつもありがとうございます」
今回、魔王城に戻ってきたのは明日から始まるアルケディウスの騎士試験。
それに出る予定の私の護衛士カマラの準備と手助けをするのが一番の目的だったからだ。
今年の春、プラーミァへの訪問の前から私に付いて貰い、約半年。
彼女に稽古をつけているリオン曰く彼女の実力は
「当たり運が悪く無ければ、予選突破はいけると思う。相手が女子どもと侮っている油断を突くのがいいな」
「ここ暫くの間にぐんぐん腕を上げてる。先生、ミーティラ、ヴァルと予選で当たらなければ大丈夫」
勿論、油断慢心はできないけれど世界最高峰の戦士 勇者アルフィリーガのお墨付きだ。けっこういい線いけると思う。
特にフリュッスカイトで色々な武器を使う戦士と戦い、最高峰の鎧騎士ルイヴィル様に稽古をつけて貰う事で対人戦の腕も上げているし、リオンに弟子入りしてから体力作りも真剣に取り組んでいる。
動きとかが滑らかに美しくなっているのは間違いない。
でも。
カマラ本人は色々と悩んで、考えている様子。
なんとか力になってあげたいと思ったのだ。
出迎えてくれたのはノアール。でも声を聞きつけ、カマラも大急ぎで玄関に出て来る。
「マリカ様。ご相談したい事が……あ」
んで、私の後ろに立つ二人を見て、即座に跪いた。
「リオン様、クラージュ様」
「久しぶりですね。秘密を守ってくれてありがとう」
魔王城ではエルディランドからやってきた少年ユンではなく、クラージュさんとしての顔で通すと決めているらしい。朝、目覚めた時から、身体年齢十六歳だというのにどこからどう見てもカッコいい大人の顔をしていた。
カマラはエルディランドで、勇者の師匠としての正体を現したクラージュさんを知っている。跪くのも当然だ。
「貴方は、私の正体を黙っていてくれている。実力もあって誠実で良い戦士です。
差し出口かと思いますが、こと騎士としての戦い方についてなら、助言できることがあるのではないかと思い、しゃしゃり出てきました。同席させて頂いてもいいでしょうか?」
「お、お願いします」
緊張した様子で頭を下げたカマラは、私達を部屋の中に招き入れてくれた。
魔王城の島の中だから、護衛はいらないと言ったけど、弟子のことが心配だからとついてきたリオンがエスコートしてくれて、後ろにはクラージュさんが立つ。
勧められた椅子に座ったと同時、カマラは私の前に跪くと訴えた。
「マリカ様。不老不死を解除することをお許し頂けませんか?」
「やはりそれですか?
繰り返しになりますが、一度決断してしまうとやり直しの利かない事です。後で後悔するかもしれませんよ」
「解っています。私が不老不死を得た時も、同じようにエクトール様に注意を受け、それでも押し通したので。
今、その時の自分を責めたい位に本気で悔いています」
唇を噛むカマラ。
以前聞いた事だけれど、カマラはエクトール領の中では最年少で、実年齢は十八歳だそうだ。不老不死を得たのは女子の成人と言われる十四歳になって直ぐのこと。
実質三年位しか立っていない。だから、昔の事をまだ色々と記憶しているのだろう。
「あの頃はエクトール荘領が一番苦しい時期でした。
売れない麦酒をただひたすらに作り続けて数百年。ほぼ自給自足の生活を続けて収入も無く。そんな中、廃棄児の為にいつまでもお金を使わせるわけにはいかない。
早く一人前になって恩を返したいと、それしか考えられなかったのです」
不老不死者には食事が必要なく、またこの世界では餓死は無い様だけれど、子どもには食事を与えた方が健全な身体が育つ。
だからエクトール荘領では貴重な麦酒用の大麦を使ってパンもどきを作ってカマラに食べさせてくれていたらしい。
力仕事もさせて貰えないし、魔性と戦えば怪我もする。
自分一人が足手まといで役立たずの子ども。
そんな状況下の世界で、早く大人になりたかったというカマラの選択を責める事はできない。
「ですが、マリカ様の護衛に入れて頂き、崇めていた『神』の真実、精霊の力、何より『不老不死を得た』事で失ったものに気付くにつけ、何故、自分はあんな決断をしてしまったのだろう、という思いでいっぱいになるのです」
今までは、周囲は不老不死者ばかりだった。
でも、私の周辺は不老不死を持たない子どもが多い。そしてみんなが『能力』を発現させ、カマラにはできない異能を駆使して活躍している。
何よりも、不老不死者は魔王城に入れない。
私達が白亜の城に楽しそうに戻るのを見送る度に、きっと自分もああなりたい、と思ってしまうのだろう。
その気持ちは解る。凄くわかる。
「頂いた剣は私に確かに力を貸してくれます。でも、私は彼に力を与えられてないのも、その力を引き出していないのも解るのです。
戦い方もそう。ただ勢いに任せて剣を振り回しているだけ。
ミーティラ様、ヴァル様、何よりリオン様の正しい剣術の美しさには到底及ばない。
歴戦の戦士、騎士が集う騎士試験。それでは勝てない。勝ちきれない。と解っています」
「カマラ」
彼女は自学独習、己の天性の身軽さと力で剣の使い方、戦ってきた。
戦い方を教えたのは荘園の護衛で、かれも普通の腕前でしかない。
正しい上位の剣術を学んだのはリオンについてからだから、自学独習の限界もあるだろう。
「私は、強くなりたいんです。
エクトール荘領を救い、世界を照らす宵闇の星。
自らの剣を捧げ、生涯守りたい、仕えたいと思った我が主の為に……」
無意識かも知れない。
肩に両手を廻し、ぎゅっと自分自身を抱きしめるその姿を見ていると自分の無力を責めると同時、自分自身を諦めてはいないと解る。
高めたい、変わりたいと真剣に思っているのが伝わって来る。
「だから……どうか……」
「カマラ……!」
「だったら、試してみましょうか?」
「え?」
私がカマラにかけようとした言葉が、スッと伸びた手に押し戻され、口に戻る。
「剣を持って、外に出なさい。
私の知らない『精霊の貴人の騎士』
精霊国騎士団長 クラージュの名に懸けて、貴女がその名に相応しいか。
試させて貰います」
「クラージュさん!」「先生!!」
いきなりの提案、というか命令に目を瞬かせるカマラ。
あまりの急展開に私とリオンが止めに入るけれども
「二人共、口出し無用。
仮にもこの精霊国で『騎士』を名乗るのなら、それは『精霊国騎士団長』である私の配下です。
戻った以上、そして、女王からその地位を奪われない以上、監督責任の義務が私には在ります。
私の命令を聞けないのなら、この国で『女王の騎士』を名乗ることは許しません」
クラージュさんはぴしゃりと言い放ち、聞く耳を持たない様子だ。
言っている事は解るけれど……。
「……解りました。宜しくお願いします」
「カマラ!」
焦る私達を他所に、カマラは剣を持って立ち上がる、
「私は、生涯の忠誠をマリカ様に捧げると誓ったのです。
精霊国騎士団長の配下に入ることに異論はありません。
むしろ、私の方から膝をつき、希うことですから」
カマラの中には確固たる、そして譲れない何かがあるようだ。
「良い返事です。剣は何よりも雄弁にその人物の全てを語る。
見せて下さい。貴女の思いと力を」
「はい!」
先を行くクラージュさんの後をカマラは追う。
私達もその後を必死で追いかけた。
魔王城城下町の中央広場。
少し前にリオンとライオット皇子が戦っていた場所に立つとクラージュさんは剣を鞘から抜き放ち中段に構える。精霊石の剣では無い、普通の長剣だ。
「貴女は不老不死者ですからね。少々手荒に行っても大丈夫でしょう。
手加減はしませんよ」
「よろしくお願いします!」
カマラもショートソードを正眼に構えた。
「アルフィリーガ、合図を」
「は、はい。始め!!」
心配を瞳に浮かべながら、でもリオンはクラージュさんの言葉に従い声を上げた。
と、同時に打ち合わされる鋼が歌い始める。
騎士同士の、意思と信念と言う名の歌を。
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