フリュッスカイト二回目の夜の日、安息日。
私は、メルクーリオ公子に案内されて、ガラス工房にやってきた。
ガラス工房を見に行くなんて異世界ぶりだ。
昔、家族旅行で行った小樽でガラス工房見学して花瓶を吹かせて貰ったことを思い出す
海風の通る、町はずれの一角にあるその工房は、広い部屋の真ん中に大きな炉が朱くたぎり熱を放っている。
もう秋口だというのに暑い。かなり暑い。
窓を開け放っていて涼しい風は吹きこんで来るけれど、それを超える熱と職人さん達のやる気に当てられてしまいそうだ。
「リザッツィオーネ工房のマスター。ピラールだ」
「アルケディウスの麗しの星。『聖なる乙女』マリカ様にはお初にお目にかかります」
私の前に膝をついているのはいかにも職人気質というような真面目な顔の銀髪の男性。
筋骨隆々で逞しい身体は四十から五十過ぎだろうか?
日々工房仕事、特にガラス細工とかは火と向き合う力仕事だろうしね。
「ピラール。今日は安息日に、無理をお願いして申し訳ありません。
とても楽しみにしていたのです。それにお願いしたい事もあって。
どうぞよろしくお願いします」
「勿体ないお言葉。なんなりとお申し付け下さいませ」
このリザッツィオーネ工房はガラス工芸に名高いフリュッスカイトでも一二を争う規模と腕のある公家御用達の工房なのだとフェリーツェ様が教えて下さった。
「主に生活雑器から、飾り物、ステンドグラス、アクセサリーまであらゆるガラス細工を手掛けております。現在工房の職人は見習いを含めて三十名程。
基本を修めた後は、それぞれに自分の得意な分野で技術を高めていくのがこの工房のやり方です」
例えばカップやグラスが得意な人に無理にオブジェ作りをさせたりしない。
一人一人が、この分野は好きで誰にも負けない、というものを持ち、特化させていく。
いいシステムだなと思う。
流石知恵の国。
「ちなみにピラールは何が得意なのですか?」
「マイスターたる者、得手不得手など言っておられません。雑器に、瓶、飾り物など何でも作ります。その中でもステンドグラスや装飾品などには自信がある方です」
ステンドグラス、ということは、色ガラス作れるってことだよね。
装飾品が得意なら細かい細工やガラスを曲げたりもできるかな?
期待に胸が膨らむ。
「簡単にガラス細工作りの流れをお知らせします」
ピラールが立ち上がり案内をしてくれた。
私が小樽とかで行った観光工房とは違って完全に職人の仕事場だから、遊び半分で入るのは申し訳ないけれど、せっかくの機会だから真剣に見せて貰う。
「最初に行うのは調合です。ガラス砂と呼ばれるヴェーネ近辺から採れる砂に、貝を焼いて粉にしたもの、ソーダなど調合します。
砂の様子が毎回違うので経験とカンが必要です」
そして炉の中にある壺に調合した砂を入れて熱し溶かし、鉄のストローの先にくっつけて吹いたり、加工したりして成型する、というわけだ。
「色を付けるのはどうしているのですか?」
「金属の粉をガラスと混ぜ合わせる事で色が変わるようです。
不思議な事に同じ金属でもそのまま粉にするものと、焼いたもの、焼き方でも色のつき方が違って難しい所です」
同じ銅を粉にして火を入れたものでも、火の入れ方…聞くところによると密閉して焼くか空気の在る所で焼くかとかでも変わるらしい。酸素と化合するかしないかとかが原因かなって思う。
その辺の経験則が、口伝でそれぞれのガラス工房に伝わっているらしい。
工房が手掛けている作品を見せて頂いたけれど、実直なグラスからハイセンスなガラスの置物まで様々で美しい、職人の仕事だ。
昔の人は本当にトライ&エラー。
科学的な原理は解らなくても実践し、技術を磨き上げてきたあたり、人間の創意工夫って素晴らしいと思う。
「このガラス細工はこの工房で作られたものだと聞きましたが、青いガラス瓶を作る事は可能ですか?」
一区切りの説明が終わった後(実際には成型の後、削りを入れて装飾にしたり、持ち手や飾り付けたりする作業が在るようだけれど、その辺は本当に個人技術なので割愛)私は髪に触れてウィンプルを止めていたピンを外して見せた。
「これは!」
「今、アルケディウスでは大人気なのですよ。幸運を呼ぶとさえ言われています」
私が大祭で貰ったフリュッスカイトのガラス製アクセサリー。
フェリーチェさんからこの工房の作だろうと聞いてきたので付けて来た。
最初にギルド長から貰った分は大神殿で私付になったネアちゃんにあげたのでこれは買いなおしたもの。
桔梗の花のような美しい青がお気に入りだ。
私が髪ピンを差し出すと工房長だけではない。周囲で作業をしている職人たちも驚く様に騒めいた。
「我が工房の品が、アルケディウスで流行しているとは聞いていましたが、まさか本当に姫君の御手にまで届いているとは」
「とても気に入っています。特別な薬品を入れたいので、直射日光による劣化を避ける為この色合いの瓶が欲しいのです。それから、もう一つ……」
私は木箱の中に丁寧に入れて持ってきたコイルガラスを見せる。
今度のざわめきは、さっきのとは比較にならない。
さっきのは、自工房の作品が褒められて望まれたものだったから、どこか嬉しそうな誇らしげなものだったけれど、今度のは違う。
「こ、これは……」
明らかに自分達以外の者の手に寄る、自分達以上の作品に、職人たちの目の色が変わった。
その筆頭は工房長だ。
「誰が、作ったものですか? フリュッスカイトの作ではありますまい?」
「アルケディウスに昔いた職人の作だそうです。今はおらず、この特殊な形を再現できないのでとある産業に携わる者がとても困っています。
この形のガラスが、どうしても欲しいのだそうです」
実際は、私が物の形を変える『能力』でずるをして作った品。
人間が努力して人の手で作ったものでは無いのでちょっと難しいかもだけど、きっとこの高い技術力を持つ工房なら再現できると思う。
「姫君」
「何でしょう」
「少し、お時間を賜れますか?」
「え?」
「ガラス瓶については大丈夫と、確約できます。ですが、この螺旋のガラス細工については作り方を研究したいと存じます。
細い管を一定の太さで、この長さ、冷やさずに作るのがかなり難しい」
「其方でも難しいのか? ピラール」
「できない、とは申しません。必ず、完成させて御覧に入れます。
ただ、時間を頂きたいのです」
頑固で実直な職人の目。
長い、退屈な不老不死世界で技術を腐らせることなく磨いてきた人。
この目の持ち主は信用できる。
「解りました。お任せします」
「なるべく早くせよ。姫君は今週末には帰国される」
「焦らなくていいですよ。じっくりと納得のいく物を作って下さい」
「はっ、必ずや」
公子は急かしたけれど、実は焦る必要はあんまりない。
秋になって、オイルを採取できる花とかも減ってきているし。
長く需要が続く品だから、大事に作ってくれると嬉しいな。
たくさんお話して、お土産も貰ったガラス工房見学
その後は公爵家での調理実習、ピザに鳥の唐揚げ、そしてついに完成したオリーヴァの塩漬けと海産物のアヒージョ。オランジュのサラダを作って大好評を得る。
デザートはシンプルにクッキーにしたけど。
やっぱりオリーヴァ最強。
エクストラバージン、この世界で言う一番搾りのオリーヴァオイルを使った料理は、油ものだけれど、どこかさっぱりとしていた。
公爵家でも色々ありはしたのだけれど、それは割愛。
ちょっと無礼な大貴族達は二人の公爵と公子が黙らせてくれた。
最初の印象がアレだったけれど、仲が悪いわけでは無い様だ。
フリュッスカイトの御兄弟は。
きっと公主様がしっかりとした教育をしたのだと思う。
「せっかくの休みにすまなかったな」
「心から感謝いたします。後で必ずお礼を」
公爵様達に見送られ、馬車に戻ろうとした時に、ポツリと空から落ちて来たものに顔を上げる。
……雨が降って来ていた。
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