時間は少し前に遡る。
アルの連絡が届く前の事だ。
私の身体が変化した日の夕方。
「マリカ様を、お迎えに上がりました」
リオンが第三皇子家に私を迎えに来てくれた。
「騎士団長が神殿を離れて大丈夫ですか?」
「騎士団長にとってマリカ様の護衛は最優先の仕事です。
大神殿の方はフェイがなんとかすると言っていました。
まずマリカ……様は体調を整えるように、と」
騎士として誠実に接してくれるリオンにお母様も安堵の笑みを浮かべている。
「身体の調子そのものは、良くなっているようですが、今のこの姿では、人前に出られませんからね」
「ちょっと……我々も予想外でした。まさか、こんなに……その美しくお成りとは」
美しい。
リオンの言葉にトクン、と心臓が音を立てた。
私の変化をリオンが肯定的に受け止めてくれたの、かなり嬉しいかもしれない。
「カマラはこちらに残します。戻ってくるまでの護衛は頼みますよ」
「お任せ下さい。カマラ。すまない。色々と迷惑をかけた」
「あ、いえ。迷惑とかでは無いのですが」
少し心配げな表情のカマラだけれど、逆にほっとしたような様子も見える。
随分負担をかけてしまっていたのかもしれない。
ただでさえ、ほとんど休みなしだもんね。
「こんな形でしか休みをあげられないのは申し訳ないのですが、ゆっくりして下さいね」
「ありがとうございます」
「何かあったら通信鏡で連絡を」
「解りました」
第三皇子家直通と、ゲシュマック商会の連絡用、あと神殿のフェイと繋がる鏡は持っていくことにした。第三皇子家で寝込んでいる設定なので目立たない馬車でそっと家を出て、夕方。逢魔が時の喧騒に紛れて、ゲシュマック商会の扉を使う。
「……本当にマリカちゃん?」
「私です。随分変になっちゃいましたよね」
「いや、変では無いのだけれど、不思議な感じだね」
扉を守るラールさんは動揺を表に出さなかったけれどやっぱり驚いている様子。
さて、他の人はどうだろうか?
少し不安になりながら、私はリオンと一緒に逃げるように転移陣に飛び込んだ。
「マリカ。城に戻る前にちょっといいか?」
「あ、うん。いいけど。何?」
魔王城の外、転移陣に着くのとほぼ同時、リオンが私の手を取り飛翔した。
薄暗闇の中、気が付いた時立っていたのは小さな小屋。
子ども達の秘密のおうちだ。
「魔王城だと、直ぐみんなが集まって来るし、エルフィリーネにも気付かれるからな」
最後の太陽がリオンを照らす。
振り返るリオンの眼差しは静かで、私に対する優しさで満ちている。
「マリカ。綺麗だ」
「リオン……」
そのまま、動かない私の身体をぎゅっと抱きしめる。
「いつか、そういう時が来るって解ってたつもりだった」
噛みしめるようなリオンの言葉と優しさが降る。
「でも、実際に見てみると想像以上だ。
こうして、側にいるだけでもそそられ、滾る。誰にも、渡したくなくなる」
「リオンは、私がこうなることを知ってたの?」
「知ってた、というか解ってた。ただ、実際に見てみると想像以上だ。理性の箍が吹き飛びそうで正直怖い」
腕から身体に伝わる葛藤や震えが腕の中にいるとはっきりと伝わってきた。
知っていたのだとは思う。リオンも私程目立つ形では無かったけれども、はっきりとした進化タイプの成長だったから。
「『精霊』は基本成長しない。多少の変化はあるけれど、容を受けた時のまま終わりの時まで生きる。もし、最初の俺が生まれた時から、完璧な俺であったら、きっと『神』に利用されること無く役目を果たすことができたのだと思う。
ただ『星』はオレに成長を許してくれた。人と同じように自分自身で、己を作り、磨き上げることをさせてくれた。『精霊』の成長は精神の成長に準ずるらしい。
だから、今の俺はきっと完成体として作られたオレよりも強いと思う。強くなれるとも思う」
「じゃあ、私も今までよりも、強くなっているの?」
「おそらく。今までのマリカよりも。先代のマリカ様よりも強い力を今のマリカから感じる」
先代のマリカ。私は自分の心臓が嫌な音を立てたのを感じる。
一度だけ出会った生まれながらの『精霊』完全体の『精霊の貴人』。
私がいつか、そうなれと望まれる将来の姿。
大祭の精霊と呼ばれた成長した私は、彼女とほぼ同じ外見をしていた。
今の私は、随分と違う容になったけれど。
「俺は『精霊の貴人』の番として作られた。あの時は気付かなかったし、気付けなかったけれど、きっと『神』の力を取り込み『精霊の貴人』の力で『星の後継者』を作ることを望まれていたんだろうと思う」
「『星の後継者』?」
「長い、長い年月を経て、魔王と力と記憶を共有して。今だから、解ることがある。解ったことがある」
「リオン……」
私をかき抱くその手をほどいて瞳を合わせるリオン。
「全てを、話す。その上で、マリカが決めてくれないか?」
「決めるって、何を?」
「マリカが何を望むのか。どう生きたいか。誰を信じ共に生きたいと願うのか?
それは誰に……この『星』の命運を預けるのかと言い換えてもいい。
全ての選択権を有するのは、お前であるべきだから」
「星の命運なんて、大げさ……」
軽く茶化して逃げようとして、私はリオンの眼差しに射抜かれた。
黒と碧のオッドアイ。
おそらく、今の時点で全てを曝け出した『精霊の獣』として立つリオンはきっと相当な覚悟で私の前に立っているのだ。
なら、私も覚悟を決めないと。
「冗談じゃない……んだね?」
「ああ。本当に、お前の選択がこの星の未来を決める」
「なら、聞かせて。私とリオンの事。『人型精霊』の真実を」
「ああ、ただ……」
大きく、深く息を吐くリオン。
「一つだけ、信じていてくれないか?」
「何を?」
深呼吸の後、リオンは私の唇に自分のそれを重ねた。
初めての時と同じ。触れるだけの優しい、優しい口づけ。
私を思いやるリオンの在り方、そのもののような。
「俺が、お前を好きな事。使命や役割だからではなくお前の事が大切で、大好きな事。
何を聞いてもそれだけは、信じてくれ」
「うん。解った。信じるよ」
そうして、私は知ることになる。
今まで、『星』や『精霊神』そして、リオンやエルフィリーネが遠ざけ、守ってくれていた『人型精霊』の真実の欠片を。
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