夢を、見た。
「シュトラーシェ女王陛下、御即位おめでとうございます」
「シュトルムスルフト初の女王ですね」
「王の杖に直々に選ばれた『聖なる乙女』にして歴史上最強の王族魔術師!」
「どうか、我が領地にも風の祝福を!」
シュトルムスルフトの宴席の間。
舞踏会のような会場で、彼女は人々に囲まれて祝福の只中にあった。
華やかな共通ドレスにサークレット。
今の女性達の髪を覆い、暗く全身を隠す服装とは全く違う、若々しく魅力的な女性の肢体が強調されている。
華やかな光を束ねたような金髪。月桂樹の葉のように深く知性を宿す緑の瞳。
十五~十八歳くらい。ハイティーンに見える。
手に握られているのは美しいクリスタルのついた王勺。
杖にしては短くて、正しく王勺、ワンドと言った感じだけれど、フェイがもつ風の王の杖と意匠はまったく同じだ。
「私にどれだけのことができるか解りませんが、王となった以上、この国の為にこの身の全てを捧げ、シュトルムスフトを『精霊』の恵み豊かな国にしてみせます」
にこやかに微笑み、人々に返す彼女だが、披露目の宴の席、新女王を見つめる目は麗かなものばかりではない。
「王の杖に選ばれただけの妾の子が王太子を差し置いて?
しかも女王?」
「王族教育も碌にされていなかった娘を何故杖は選んだのだ?」
「宰相の傀儡がいいところだろう?」
「女に何ができる? 『精霊神の書物』が女性は男性の下にと定めているのに?」
「プラーミァの教育を受けているせいか? あのはしたない衣服は?」
部屋のあちこちから零れる不満の声。
その最たるは、会場の一角を占有する異国の者達が抱えている。
「ふん! ほんの数か月前まで王家の末位。『聖なる乙女』であっても妾腹のお荷物と言われていた娘が女王とはな」
「陛下……」
「ふん、まったく友好と英傑を育む為に、我が国に貰って欲しいと言ってきたのは向こうだというのに。
前王亡き後、自分が女王となれば、降ってわいた幸運に元婚約者の憂いも、今まで恩を受けて来た隣国の怒りも耳目に入らないようだな」
「陛下はあの子を随分と気に入っていたではありませんか? 我が国の娘として大事にすると」
「それは、あの娘が我が国に来る、と思っていたからだ。
風の国の王族。しかも王族魔術師の才を有する者が我が国に入れば、念願の転移術が手に入る。男尊女卑のシュトルムスルフト内では低く見られていたがあれには確かに才があった。まったく、かけた金と時間が無駄になった。
我が国は深き精霊の恵みを有する国。
武と資源、そして新しい魔術によって七国の頂点に立てると思ったのに」
「それは……そうなのですが。でも王女、いえ、女王は婚約の解消はしないし隣国との関係も密にしていきたい、と言っていたではありませんか? 縁も切れた訳ではございませんよ」
「だが、それは結局……」
苛立ちに満ちた会話をしていた王と王妃はふと、口を噤む。
彼らの元に会場全ての目視を集める存在。女王シュトラーシェがやってきたからだ。
嬉しそうに顔を綻ばせるのは、王子一人だけ。
後はみんな剣呑な表情を浮かべ、今日の主役を見つめている。
「プラーミァ国王陛下、王妃様。ヴォルカーニーク王子!」
「……これはこれは、麗しの女王陛下。この度は御即位おめでとうございます」
「ありがとうございます。私自身、このようなことになるとは思っていなかったのですが、王の杖に選ばれて……。
それで、その……ヴォルカーニーク王子との婚約の件なのですが……」
「婚約は、女王陛下のお邪魔になるだろう? 我らは解消で構わぬ。英傑の誕生はまた次の世代に期待しようではないか?」
「いえ。私も、シュトルムスルフトも婚約解消は望んではいないのです。
私にとって、ヴォルカーニーク王子もプラーミァも、孤独の時代、私を認め受け入れて下さった大切な方々。
それを忘れたことはありません。
ですから、どうか王子にシュトルムスルフトへの婿入りをご検討いただけませんか?
そして、引き続きプラーミァとの友好を」
「……確かに私達は、貴女が我々の娘となることを楽しみにしていた。
あれも、第六王子で王位継承とは無縁。いずれは臣下に降り国を支える役目を担う事になるだろう」
「なら、どうか……」
「だが、我が国は他国の下に入ることはない。
『王族』も同じこと。貴国が我が国に求められるのが王子の婿入り、女王の妻、である以上、今回の婚約は無かったことに。花嫁の為の離宮ももはや女王には必要あるまい。
使用人たちも引き上げさせる」
「国王陛下!」
「もし、どうしてもというのであれば、シュトルムスルフトの誠意を見せて頂きたい。
プラーミァを信じ、共に歩いていきたいというシュトルムスルフト、いえ、女王陛下の誠意を。
帰るぞ」
「陛下!」
「初手からこれか……」
「だから女王は……」
「王の杖は何を考えて……」
輝かしく見えた女王の即位の宴はこうして、とんでもない暗雲を残して幕を閉じた。
「ねえ、私はどうすればいいと思う? シュルーストラム」
『私は王の杖、だ。王の意思に従う』
「そうじゃなくって! 私はプラーミァの王子妃として育てられたの。
いきなり女王にって言われても、右も左も解らないわ」
『だが国を豊かにし、女性に自由を。
隣国だけでなく、七王国全てが気軽に行き来できるような世界にしたい。
そんなお前の願いと夢に、力に、私は呼応したのだ。
やりたいこと、できることをやってみるがいい。
私はそれを助けよう』
「そうね。ありがとう! シュルーストラム」
私自身が風か、空気になって世界を見ているような感じ。
できるのは、見ていることだけ、聞いていることだけ。
意見を述べることも、手を出すこともできない。
側できっと同じものを見ているリオンやフェイと話し合うことも不可能。
きっと『精霊神』様も同じ思いだったのだろうな、と思いながら、私は賢くも愚かな女王の物語を見つめていた。
「……明日、帰国することが決まったよ」
「帰国したら、もう頻繁に会うことはできないのでしょうか?」
「今までも、手紙のやりとりが主であったろう?
またそれに戻るだけさ」
「でも、こうして一度会って触れ合ってしまえば、離れがたくなるのです」
「とはいえ僕達火の民には移動の術が使えないからね。
君が来てくれるのを待っているよ」
「私も、国を越える転移術は使えません。転移魔方陣なら国境も越えられますが、向こうとこちらを繋ぐには双方に魔方陣が必要なのです。
女王となった私がプラーミァに行き、方陣を作る許しはでないでしょう」
「うん、寂しいけれど……仕方ないね。
持ち運びできる魔方陣などがあればいいのだけれど……」
「ねえ、シュルーストラム? 魔方陣を布などに描いて持ち運べるようにすることはできない?」
『できなくもない、と思うが術力や使うカレドナイトの量がとんでもないことになると思うぞ』
「できる可能性があるなら、やってみる。
それで私のプラーミァへの、王子への愛と誠意が伝わるのなら!」
……止める人はいなかったのかな、ってちょっと思う。
多分、いなかったのだ。
シュトルムスルフトの前王にはかなりの数の王子王女がいて、プラーミァの国王陛下が言った通り、シュトラーシェ女王は妾腹の下位。最初からプラーミァの王子に嫁ぐ者として
プラーミァ主導の教育を離宮で受けていた。
シュトルムスルフトの王者の教育、魔術師の教育も全く受けていなかったけれど実は魔術師としての才能は先祖返りと言われる程にピカ一。
だからこそプラーミァは彼女の獲得を狙い、シュトルムスルフトは能力判明後、彼女の能力を利用しつくす意図でお飾りの王に据えた。
孤独な女王は周囲に求められるまま、王族魔術師としての力を使い、国内各所に転移陣を作成。流通を安定化させ、国を豊かにした。
そして同時に、愛と無知と才能故に、ついにそれをしでかした。
「国王陛下。シュトルムスルフトの女王陛下より献上品が届いております」
「来たか」
プラーミァ国王は腕組みして嗤う。
まるで予想していたかのように。
シュトルムスルフトの誠意として届けられたその絨毯は、見事な綾織りの中に見る者が見なければ解らない、奇跡を宿していた。
多くの人と精霊を破滅に導く早すぎた奇跡を。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!