「まったく。其方は相も変わらず自分の事は二の次なのだな。
其方自身が祭事の間、一番苦労して来たであろうに」
私がリオンに抱き付き泣いているのを見て、ザーフトラク様がどこか呆れた様に、でも優しく笑いかけて下さる。
「それは、多分、そうなんですけれど、私の場合は絶対に身の安全が保障されていたので、辛くはあってもそんなに心配は無かったんですよ。
むしろ私に言う事を聞かせる為にアルケディウスやネアちゃんを人質に取られるのが一番怖かったので……」
リオンから手を離さず、でも涙は止まったので目元を拭きながら答える私。
洗脳の為に神の欠片をじゃぶじゃぶ浴びせかけられたり、食べさせられたりしたことは言わないでおく。
心配かけちゃうしね。
「こちらの様子はどうでしたか?
私にはネアちゃんが運んでくれる手紙以外殆どこちらの様子が伝わってこなくって」
「それで、よくリオンが倒れた事が解ったな?」
「あ、それは、精霊獣様が教えて下さったんです」
「精霊獣が?」
ぎょっとした感じで目を見開く随員達も多い。
そうか。
精霊獣が『精霊神』の化身であることを知っている人は多いけど、しゃべることまで知っている随員はそんなにいないか。
「セリーナ。ノアール。
ネアちゃんの世話をお願いできる?
アルケディウスに帰ったら、改めて行く先は考えるけど、とりあえずは侍女見習いで面倒を見てあげて」
「かしこまりました」
「祭事の間も良く話をしたり、私達の部屋に止めたりしていたので問題ありません」
「じゃあ、よろしく」
二人が請け負ってくれたのでちょっと安心だ。
「とりあえず、留守中の情報共有といきましょうか。
こちらであった事を教えて下さい。私も向こうの事を報告しますので」
「解った。でも、とりあえずそろそろ手を離せよ」
リオンがぽんぽん、と優しく頭を撫で叩いてくれたので、私も手を離す。
元気成分と安心パワーはだいぶチャージできたからまあいい。
「本当は婚約者とはいえ、皇女が人前で男子にしがみつくなんて、と注意したいところですが、今日は大目にみましょう。
でも次からは控えて下さいませ」
ミュールズさんが眉を上げるけれど、口調は優しい。
私のイライラしかない潔斎生活を知っているからだと思う。
まあ、控えるつもりはあんまりないけど。
「まず何を話すか……。こちらから聞きたい事も色々あるのだが」
ザーフトラク様が腕を組むので私は少し考えて応じる。
「順を追ってこちらで遭ったことをお願いできますか?
私の方もそれに合わせて話をしますので」
「では、応接室に移動しましょう。
それから夜の舞踏会には参加なさいますか?」
「市長公邸からの招待状が届いているとのことなのですが、どうしましょう」
準備があるから、とミュールズさんがいうのでこれもザーフトラク様を見る。
周囲との関係作りについてはリオンよりザーフトラク様の指示を仰いだ方が多分いい。
「出れば間違いなく騒がれる事にはなるが、私とリオン殿が側にいればある程度篩い分けはできるだろう。
どちらにしても今日、今すぐの帰国はできぬ。
準備をして、定時連絡をして、最後の契約やその他を纏めて明日の昼前の出発となろう。
顔つなぎに出ておいてもいいと思う」
「解りました。ノアール、セリーナ。ネアちゃんを休ませながら準備をお願い」
「かしこまりました」
二人はネアちゃんを連れて退出。
ミュールズさんはお茶出しその他のお手伝いに残り、下級随員達は帰国の準備。
情報共有に上級随員だけが応接室に待機している。
護衛やザーフトラク様の文官や随員、リオンにフェイ、クレスト君も書記官扱いで残っていた。
これは、あんまり突っこんだ話はできないかな?
「とは言っても私の方は、特に目立った報告は無いです。
奥の院に籠らされて外出禁止、食事もマズ飯で癒しも殆ど無く儀式を行ったってことくらいです」
本当に大したことは無かった。
お菓子取り上げられそうになったり、禊が冷たくて、水や食べ物に変なもの混ぜられて洗脳されそうになったけれど、それはここでは説明できない。
言えるとしたらお父様やお母様、皇王陛下達くらいまでだ。
『星の護り』や精霊獣の正体については公的にはまだちょっと知らせられないから。
「精霊獣様達は自由に出入りして、少し外の様子を教えて下さいましたけど、お力であんまり神殿の人達は気にして無かったみたいです」
「確かに精霊獣様は、前にもうっすら伺ったが、ご自由に動き回られるようだな。
いることにもいないことにもなかなか気付けなかった」
ザーフトラク様は頷きながらこちらでの様子を話して下さる。
随員頭はミュールズさん不在の間はリオンということになるけれど、ザーフトラク様を立ててリオンは補足に努めている感じだ。
「そういえば、さっきおっしゃっていた契約、というのは?」
「其方の留守中も面会の申し込みはひっきりなしであったのでな。
マリカ皇女にというものも多いが、私でも良いというものも少なくなかったのでそれには応対させて貰った。
アルケディウスと好を繋ぎ、『新しい食』の情報を得たい者が大よそであったと思う。
各国の商会については報告があった通りに。
大聖都の者達については、私が内容を精査した上で最終的な契約は大祭後、マリカ皇女が戻ってからとしたが、契約一歩手前まで動かしたものもある」
差し出された書類にざっと目を通すけど、流石アルケディウス最高位の文官貴族だ。
葡萄酒をメインに小麦粉などの輸入、レシピの一部輸出などなど。
アルケディウス優位で文句のつけようの無い交渉をして下さってる。
「流石、ザーフトラク様。
同行して頂いて、本当に助かりました。ザーフトラク様が纏めて下さった分については問題ありません。
このまま契約まで進めて下さって構いません。最終的な決定に私の承認が必要なら立ち会います」
「頼む。
契約関係やこちらでの生活は特に問題は発生していなかった。
其方の様子を知らせる連絡役のネアに保護者として大聖都の勇者エリクスが同行していたくらいだな」
「エリクス様が?」
それは初耳だ。
ああ、でもネアちゃんは勇者と仲が良さそうだったしそういうこともあるのかも。
「ああ。そして大祭前日に其方への贈り物の葡萄を採取に四人で葡萄農家に行ったとき、魔性の襲撃を受けてリオンがその毒を受けたのだ」
「毒!」
「なんとか三人で撃退はしたものの、勇者は昏睡状態、リオンは毒を受けて意識不明。
フェイが転移術で戻り、治療を施してなんとか回復したという次第だ」
「フェイが治療したの?」
「精霊獣様がお力をお貸し下さったので、なんとか」
「いや、あの時は皆、心配した。顔からも手足からも血の気が抜けて蒼白であったからな」
「ご心配をおかけしました」
リオンが申し訳なさそうに頭を下げる。
リオンのせいではないと思うけれども、でもそうか。
『神の力』の拒絶反応なんて言えないものね。そういう事にしたのか。
「魔性が毒を使うかもしれないことは、各国に通達しておいた方がいいかもしれませんね」
「通達して置こう。不老不死者であっても毒を飲めば苦しくない訳では無いからな」
「お願いします」
リオンやフェイと顔を合わせる。
詳しい話は後で魔王城でもゆっくり聞こう。
後は少し明日決める予定の契約について話し合い、情報交換をしてその日は終わりになった。
夜の舞踏会に出席するなら、みんな準備がいる。
「舞踏会はエスコート兼護衛にリオン。
フェイはサポート。私の随員はミュールズさんとミーティラ様、カマラで。
ザーフトラク様は後見をお願いします。
後の方達は帰国の準備を進めて下さい。明日契約と大神殿への挨拶が終わり次第、帰国します」
私の願い(命令)に場は解散。
それぞれに動き出したのだけれどその喧噪の中。
「マリカ様」
私に呼びかける者がいる。
「なんですか? クレスト様」
見習い随員のクレスト君だ。
地位としては低めだけど、大貴族直属の部下なので準貴族扱い。
下の者からの話しかけ禁止が徹底しているアルケディウスで私に話しかけてもまあ、ぎりぎり許されるかな。
私は気にしないけれど。
「今日の舞踏会のエスコートはリオン殿がされるのですか?」
「さっき、そう言いましたよね。何か?」
「お止めになった方がいいのではないでしょうか?
僕を、とは言いません。せめて大聖都の勇者殿を」
「何故です?
私の婚約者に何か不満でも?」
リオンの排除を訴えるクレスト君に私は眉根を上げる。
クレスト君がリオンを嫌っていたとしてもそんなことを言われる筋合いはない。
「不満では無く、マリカ様の、『聖なる乙女』の身の安全の為に」
「だから、何故です? と聞いています」
我ながら怒りを隠さない毒口調で圧力をかけていると解っているけれど、彼はそれでも怯まずに応えたのだ。
「魔の呪いを身に宿した穢れし者を、『聖なる乙女』がお側に置いてはいけないと思います」
と。
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