【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 広がりゆく味

公開日時: 2021年5月27日(木) 07:50
文字数:4,242

 少しずつ、夏も深まり暑さが厳しくなってくる中、王都はいつにない活気を見せていた。

 本来なら夏と秋の大祭以外に流通が動くことはそうないのだという。

 けれど今年に関しては例外だった。


 麦、ピアン、セフィーレ、エナ、パータト、サーシュラなどを中心とする雑草扱いされていた植物が、本格的に集められ、買い取られている。

 王都とその近郊の直轄領は第三皇子ライオットが指揮して人手が集められ、収穫されガルフの店の倉庫には山のような食材が運び込まれていた。

 そして、それは王都限定ではなく…。



「こちらは、ロンバルディア侯爵ヴェッヒントリル様よりのお届け物でございます。ご確認の上、受領のサインを」


 王都の外から荷馬車が大祭以外に来ることはほぼ無い中、三台の荷車にみっしりと詰まれていたのは小麦の束であった。

 領地に残っていた小麦を見つけて収穫はしたものの粉にする技術が失われていたということらしい。


 倉庫に詰まれた小麦粉は二人の術士と臨時雇いの下町の住民たちによって瞬く間に粉にすることができたけれど


「小麦の脱穀の為の機械を、王都の木工、金属加工ギルドにもっと発注した方がいいかもしれないな」

「あ、それならいっしょに、フォークの開発もお願いしてみて下さい。あと麦わらを捨てないで米俵じゃなかった麦を入れる入れ物を編むようにして…」


 食料品が動く事で、それに伴う様々な需要が動き出したからだ。

 小麦脱穀の為の機械、ベーコンや肉の薫製を作る燻製機。料理を入れる為の皿。料理を食べる為のカトラリー。

 そして調理の為の鍋、釜など。

 今まで不用の長物、もしくは装飾品扱いであったそれらが貴族を中心に求められるようになり、需要が高まった。

 結果、王都はここ数百年で稀に見る活気に溢れる事になったのだ。


「正直、予想以上の効果だな。

 失われていた産業の復活がここまでの経済効果を表すとは」


 実務担当のライオットは夏の大祭の後の税収額に驚嘆していた。


「見るがいい。昨年の倍だ。住民税の未納が無くなり、商取引が増えてそちら関係の税金収入も上がった」


 それには勿論、材料が補充され、より多くの人が食べられるようになり、さらに人気が出て来たガルフの店の食事も大きな後押しをしている。

 大祭や、収穫を通しアルケディウスの多くの人々が食を体験し、その快感を知った。

 結果、胃袋を掴まれた彼らは我先にと食に携わる仕事につき、路地に寝そべる者は激減、税収は上がり、治安も良くなるといういいことずくめ。

 本当に、予想以上だ。




 そして、そんなある日。

 私は勉強の後、ティラトリーツェ様に切り出された。


「マリカ。ロンバルディア侯爵の夫人が小麦と引き換えに料理人にレシピを教えて欲しいと言ってきたのですが、できますか?

 子どもと侮ることは決してしないので、ガルフの店の料理人直々にできれば、と言っていますが…」

「解りました。いつでも大丈夫です」


 頷いた私にティラトリーツェ様が、なんとも言えない笑みを浮かべる。

 意地悪というか、私を試す様な『先生』の笑みだ。

 

「いい機会です。マリカ、この取引を使って貴族対応を学びなさい」

「貴族対応…ですか?」

「そうです。ロンバルディア侯爵は領地持ちの大貴族の中でも上位に位置します。

 しかも、話の分かる領主と平民に人気で、新しい食にも高い興味をお持ちです。夫人も私の派閥の一人。

 彼女に上手く対応して、ロンバルディア侯爵家を味方につけるのです」

「味方に…ってどうしたら?」

「それを考えるのが課題、というものですよ」 




 言われた私は、考えた。

 フェイやガルフにも相談して、数日、本気で考えたのだ。

 そして、ティラトリーツェ様にもご協力をお願いして色々な下準備をして


「はじめまして。可愛らしいお嬢さん。私はスティーリアと申します」


 ほぼ初めての『普通の貴族』と対する事になったのだった。




 ロンバルディア侯爵夫人 スティーリア様は紅色の髪と水色の瞳をした女性だった。

 可愛らしいと言ったら失礼だとは思うけれど、見た目三十代前半から後半の優しい雰囲気を纏っていらっしゃる。

 ティラトリーツェ様が、貴族対応のチュートリアルとして私に紹介して下さった方だからそれほど強烈な方でもないのだと思う。


「お初にお目にかかります。スティーリア様。

 ガルフの店の料理人、マリカと申します。今日は、どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ。噂には聞いていたけれど、しっかりしたお嬢さんね」

「お褒めにあずかり光栄です」


 跪き、頭を下げる私にスティーリア様は微笑んで下さる。

 この辺の礼儀作法は、皇王妃様や皇子妃様達にも褒めて貰っているから大丈夫だろう。

 人と人との対応は、何が変わろうとも基本は異世界も向こうの世界も同じ、

 相手を思いやり、不快にさせない事。


「本日は先日お預かりしたロンバルディア候領の小麦を使った調理法をお知らせします」


 メニューは簡単で応用が効く、ピッツアとスープ。それからクッキーを添えたシャーベットだ。

 料理人と、連れて来られたのは三十代くらいの男性。

 そう言えば、女性料理人さんって見ないなと思う女性が一人で生きるのは中世だし、やっぱり色々と大変なのだろう。


「本日、作成する料理の作り方はこちらに記入してあります。調理の間、もし興味を持っていただけましたらご覧下さいませ」

 羊皮紙に描いたレシピをスティーリア様に差し出す。

「まあ、頂いてよろしいの?」

 料理人を連れて来たら教える、と伝えてあったので、まさかレシピを文書で渡されるとは思っていなかったのだろう。

 目を丸くしたスティーリア様に私はニッコリと微笑む。 


「今後、広まっていくものでございますし、ロンバルディア侯爵様には新しい食の先駆者としてのお世話になっていく事も多くなるかと思いますれば」

 

 一度外に出した時点で、レシピなど口外するなと言ったところで広まっていくのだからロンバルディア侯爵家から、さらに広まった所でそんなに問題はない。

 見ただけでで簡単にできるものでもないし。

 自分達は特別なのだ。尊重して貰っている。

 という自尊心をくすぐる事で、多分良い気持ちになってくれるだろう。



 そうして料理を始める。

 まずはリンゴならぬサフィーレの酵母の説明と、その扱い方と継ぎ方のポイントを教えてからピッツアの作り方を教えた。

 酵母は発酵なので、扱いについては特にしっかりと。

 ホントはパンの方がいいのだけれど、発酵時間が半端なくかかるから。


 ティラトリーツェ様の派閥というから、もしかしたら、このご婦人も厨房に見に来るかと思ったのだけれども、流石にそこまででは無かったらしい。

 渡したレシピを興味深そうに読んでいた、と後でティラトリーツェ様が教えて下さった。


 そうして私はピッツァの作り方を教える。

 低温でじっくりと発酵させた生地はふっくら、ぱりモチ。

 中世の固焼きパンとは美味さの次元が違う。

 そしてサフィーレのお酢を使ったモッツァレラチーズ。

 エナの実のソースだけのシンプルなものだけど、本当に美味しい。

 ついでに上に乗せるものを変えれば応用はいくらでもできるのだ。


 チーズを作った時に残った乳清でスープを作り、後はピアンのシャーベット。

 口安めにクッキーも添えた。

 料理としてはシンプルだけれども、材料は無駄にしない



 侮らせない、と言って下さった通り料理人さんは、私を子どもだからとした見る事なく、真摯に作り方を学ぼうという意欲を見せ

『新しい味』

 その工夫に感嘆の声を上げて下さった。


「こ、こんな素晴らしい料理は始めてです」


 同じ感想はロンバルディア侯爵夫人、スティーリア様からも頂く事ができた。

 特にピアンのシャーベットは以前王宮の晩餐会でも出したけれど、


「前回頂いた時よりも、美味しく感じるのは何故でしょうか?」


 とお世辞抜きの顔で褒められたのだ。

 多分、口休めのクッキーかな、と思う。

 シャーベットで冷えた口がクッキーで新鮮になって、シャーベットをより美味しく食べられる。「クッキーにはこのような使い道もありますのね」と驚いて下さった。

 まあ、今はクッキーそのものが滅多に口にできない嗜好品だからこういう事に使う事はあまりないと思うけど。

 

 他にもピッツアの生地の柔らかさを褒められ、やホエースープの味の深みを喜ばれ、称賛の言葉が雨の様だ。


「新しい味の素晴らしさに感動いたしました。

 ぜひ今後ともご指導を賜りたく。ロンバルディア候家は、食への貢献に力は惜しみません」


 帰り際、夫人はそう言って満足そうに戻って行かれた。

 ティラトリーツェ様ばかりか、私にまで丁寧なお辞儀と褒め言葉を賜ったのは恐縮したけれど…


「まあ、とりあえずは及第点というところでしょう。

 できれば夫人の好みを調べたり、好きなものを調べたりしてより、好みに合わせた会話や対応ができるとなお良かったですね。

 ただ、他の派閥や、性格の悪い貴族もいます油断しないように。

 気を抜いてはなりませんよ」


 とティラトリーツェ様に言われたように、チュートリアルとしてはまずまずの成果を出せたようだ、とこの時は思った。



 

 数日後…


「ぬわあっ! 何ですか? この麦は?」


 五台に増えた荷車と運搬を指揮してきた貴族がガルフに書類を差し出す。


「ロンバルディア候領よりの依頼です。この小麦を納める代わりとして小麦の脱穀機械を売って欲しい。そして使用方法を教えて欲しいとのおおせです」


 どうやら、館に戻って料理人が習い覚えた料理を披露した結果、侯爵は本気になったらしい。自領での小麦生産に本腰を入れる事にしたようだった。

 まずまず以上の成果になったな。これは…。


「…なるほど、自領で小麦粉を作れる様になりたい、ということか…。どうします?」

 ガルフの言葉に、私は運ばれてきた麦を見る。


 大地の精霊が頑張っていたのだろう。

 実の入りはかなりいい。雑草扱いだったとは思えない程だ。

 あ、でも小麦だけじゃなくって、大麦も混ざってる。

 後で分類しておかないと。


「ロンバルディア候領は良い麦が取れるようですね。

 レシピやその他で稼ぐ機会はたくさんあります。定期的に麦を納入して貰えるのなら売って問題ないのではないでしょうか?」


 最初の契約はきっちりと。

 年間、纏まった量の小麦の納入を条件にロンバルディア候領には脱穀機械を納品した。

 

 十八人の大貴族の中でも五指に入る有力者、ロンバルディア候が新しい食の軍門に下った知れたことで、残る大貴族達も続々と新しい食に興味を見せ始め、ガルフの店が更に忙しさを増すことになるのはそれから本当にすぐの事だ。


 ロンバルディア候領で、五百年眠り続けていた味が目を醒ますのも…。

 

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