正直、何を言われているのか解らなくて、頭が真っ白になった。
空気中に上げられた魚のように、パクパクと口は酸素を求めて開きっぱなし。
心臓はドクドクと嫌な音を立てている。
今にも倒れそうな私の身体を支えてくれているリオンも顔面蒼白だ。
そんな私達の顔を、跪き、頭を下げながらも皇王陛下は楽しそうに、笑って見ている。
「……皇王陛下。今、なんて……」
「貴族風の言い回しが理解できなかったか?
アルケディウスで噂になっている『大祭の精霊』は其方達だろう?
その姿を、どうか見せて欲しいと言ったのだが」
「いえ、言ってる意味は解ります。でも……どうして……」
「どうして解った、か?
少し考えれば解ることだろう?」
解り切ったことをというように皇王陛下が私達を見つめる瞳は、お父様にそっくりだ。
お父様も、大祭の直後、私達の正体を見抜いて同じ、悪戯な目で私達を見ていたっけ。
不意打ちの二連攻撃をくらって、思わず否定することを忘れてしまった。
もうしらばっくれることもできないから、私は大きく深呼吸。覚悟を決めて話を聞く。
「アルケディウスで、経済を動かすほどに噂になっている存在。
私の耳に入れば、調べもする。
街で黒髪、黒い瞳の『精霊』が現れた。しかも男女の二人組。
方や息をのむような黒髪の美女。方やライオットにも匹敵するような均整のとれた戦士。
お前達そっくり特徴を持つ『星の宝石』。そのような存在が幾人もいるとは思えぬ。
通常、成長というのは不可逆なものであるが『精霊神』のお力があれば、そのようなことも起きうるかもしれん。と私は考えた」
やっぱり、アルケディウスの皇王陛下。
国を五百年もの間、統治する王の器。
その知性と判断力はただモノではない。
息をのむ私たちに立ち上がり、視線を下から上へと戻した皇王陛下は言い聞かせる。
その自信に満ちた眼差しは、推理を披露する探偵のようだ。
「其方の態度も、裏付けになったかな?
『大祭の精霊』の話をしたとき、其方は『もう出ないだろう』と答えた。
知らぬ存在に対してなかなか他の人間は断言できぬ。『出ない』と断言できるのは『大祭の精霊』だけだろう」
正直、もう参りました、と頭を下げるしかできない。
お父様に問い詰められた時もそうだけれども、時に『王』の思考は想像を超える。
広い視野と柔軟な考え方で物事を判断する。
物事の先の先を見通して、行動をとる。
プラーミァの国王陛下やフリュッスカイトの公主様や公子様、アーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子もそうだったけれど『王』になる者っていうのは本当に特別な才能をもっているのかもしれないと思ってしまう。
「それに、『精霊神』様からも言質は得ていたしな」
「え?」
『シュヴェールヴァッフェ! それ内緒って言っただろう?』
「申し訳ございません。ですが、この自由奔放な孫娘には一度、はっきりと申しておかねばならぬことですので」
『精霊神』様もぐるだったのか。
っていうかいつからバレてたんだろう。
「陛下は、いつからお気づきになっておられたんですか?」
私と同じく、あっけにとられていたリオンだけど、少し冷静さを取り戻した顔で皇王陛下に問いかける。それ、私も知りたい。
「『大祭の精霊』の噂が耳に入った時から、そうではないかと思っていた。
去年の春に現れたという『魔王』と『戦士』と話を繋ぎ合わせ、確信を持ったのはつい最近のことだがな」
自分ではそんな言動をしたつもりは無かったのだけれど、見る人はどこを見ているか解らないってことだね。
思い返してみればエンテシウスの劇の時も気付いていることを匂わせておられた。
本当に言動、行動には気を付けないと。
「申し訳ありませんでした」
「別に、悪いことをしたわけではないので謝る必要はない。
むしろ経済を活性化させ、人々に希望や夢を与えてくれた。感謝すべきはこちらだと思っている。保護者として案じているであろうライオットやティラトリーツェとは違ってな。
ただ、私は『大祭の精霊』そのものを見たことが無い。
見てみたい、という純粋な興味があったから、そう頼んだまでのことだ」
頭を下げる私に、皇王陛下は笑って手を振る。
「お見せするのは構いませんが、ここで、ですか? それともまさか王宮で?」
「ここでできることなのか? 準備や時間が必要なら良いように場所を替えてもらってかまわん。妃やタートザッヘらも見たがってはいたが、見世物ではないからな。遠慮させた」
「……まさか、アルケディウス上層部、皆さんお気付きで?」
「知っているのは四人だけだ。ケントニスらは当然気付いてはおらぬし、言うつもりもない」
とりあえず、ホッ。
なら、私=魔王の転生を知っている方達と同じだ。
そこからさらに派生バレすることは無いだろう。
「解りました。『精霊神』様。お力をお借りできますか?」
『いいよ。どっちにすればいい?』
「リオンにお願いします。私は自分……」
『私が手伝ってやろう』
「アーレリオス様!」
どこから現れたのか、ストンと私の頭の上に飛び降りたプラーミァの『精霊神』アーレリオス様の化身が私の耳にというか、頭の中に囁く。
『自分でできるなどと、余計な事を言うな。愚か者。
これらにはまだ、其方の本当の『能力』について知らせてはおらぬのだろう?』
「はい、そうでした」
危ない危ない。
どうして一人でできる? ってツッコまれるところだった。
「お二方が力を貸して下さるそうなので、できます。着替える時間を頂けますか?
この服のままでやると体が成長して、服がきつくなってしまうので」
「解った。楽しみに待つとしよう。フェイ、もってこさせた荷物は『大祭の精霊』の服だ。
着替えに使ってもらえ」
「持ち込んだ荷物はそれだったのですか?」
フェイがあきれたような感心したような声を上げる。
どうやら皇王陛下、確信をもって私達にやらせる為の服まで持ってきていたらしい。
「流石というか、怖いというか……。
本当に凄い方でいらっしゃいますね。皇王陛下、という方は」
「うん、本当に」
城下町に移動して空き家で手早く着替えて戻ってくる。
着替えを手伝ってくれたセリーナの感想に私もまったく同意するしかない。
因みに、私の側近達は知っていたけれど、口を挟めなかったようだ。
上の者の会話、遮るべからずが徹底しているし。
「お待たせしました」
女性の私より、男のリオンの方が着替えは早かった。
用意されていた服は、本当に『大祭の精霊』の衣装で皇王陛下の茶目っ気を感じる。
「では、頼む」
「はい。お願いします」
私の頭の上とリオンの腕の中の精霊獣が溶ける様に姿を消した。と、同時に変化が始まり私達の身体は変わっていく。
だいぶ慣れたし、精霊獣様が手伝ってくれる時には痛みもない。最初の頃の痛みは嘘のようで、今は在るべきところに在るべきものが戻るような気持ちよささえ感じる。
体感、数分で私の変化は終わった。
その後、さらに数分でリオンも。リオンはやっぱり変化幅が大きくて大変みたいで息を切らせている。
側近達が息を吞んだのが解った。そういえば、私の変化は見せたけど、リオンのを見るのは初めてか。
『星』の作り上げた最高の戦士『精霊の獣』の完璧な姿は、私でさえ見惚れるくらいだもん。
「どうですか? 皇王陛下……って、え?」
私達の変化、その一部始終を見ていた皇王陛下は泣いていた。
自分のことで精一杯だった、私は今まで気づかなかったけれど、その瞳には眩しいものを見るような歓喜と、雫が確かに宿り、……輝いていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!