そして翌日風の日。私達は朝早くから準備を整えシュトルムスルフトの神殿へと向かった。
いつものように舞衣装に身を包み、プラーミァから預かったサークレットを身に着けて。
二人の『精霊獣』様も後ろをちょこちょこ着いてくる。
先導はマクハーン様、エスコート役はリオン。そして今回は最後尾を守る様にフェイが同行してくれていた。
「シュルーストラムがどうしても『精霊神』に会わなくてはならないと言っています。
何とか儀式に同伴させてもらえませんか?」
昨日のお休み、ファイルーズ様のオアシスから戻ってきた後、私はフェイからそう頼まれた。
「私はいい、とは言えないけれど頼んでみるね。でも……フェイは大丈夫なの?」
お世辞にも顔色が良いとは言えないフェイに私は聞いてみたけれど
「想像もしていなかったことが色々と起きてビックリしてしまいました。
でも、嫌なこと、ではなかったんですよ。
むしろ……涙が出るくらいに嬉しい事でした。僕は捨てられた訳では無かった。
ということが」
一言、一言、噛みしめるようにフェイは思いを紡ぐ。
「僕は、僕。リオンとマリカの魔術師、フェイであることに変わりは在りません。
でも、なんだか足が地についた、というか。自分が自分であることが改めて解ったというかそんな気がします」
「なら、良かった」
「この国に来れて良かった、と心から思っています。ありがとう。マリカ」
「どういたしまして」
そんな会話の後、改めて本題に入った。
シュルーストラムがどうしても『精霊神復活の儀式』を機に『精霊神』様に会いたいって話。
「どうやらシュルーストラムは、オアシスでの件で何かを思い出したようです。
思い出したというか、気が付いた? シュトルムスルフトの『精霊神』様はシュルーストラムにとって直属の上司であるとも言えます。
なんとか機会を作って貰えないでしょうか?」
「解った。相談してみる」
そういう訳で、マクハーン様にお願いしてフェイの同行を許可してもらった。
オアシスでファイルーズ様の亡骸が見つかったこと。
報告したらマクハーン様は少し、やっぱり、寂しそうな顔をしていた。
凶器というかの短剣も国王陛下のもので紋章も付いてたというから、きっとあの場で見た幻の通りのことが起きたのだろうと。
「ファイルーズが死んでいたことが確定してしまったのは寂しいけれど、仕方がない。
少なくとも、悔いなく、あの子らしく生きて自らの務めを果たしたことを誇りに思うよ」
マクハーン様はそう言って、短剣とファイルーズ様の精霊石(?)の提出を条件にフェイの同行を許可して下さった。
本当はファイルーズ様の精霊石はフェイと一緒にいたいんじゃないかな、と思うけれど現状では返せと言われたら返すしかない。
『精霊神』様を復活させてから改めて考えよう。
そうして、私は『精霊石』の間に入った。
相変わらずお揃いの室内、その奥に無色透明の大きな水晶が浮かんでいる。
部屋全体のイメージは青。
正しく抜けるような青空を切り取ってきたような感じだ。
フリュッスカイトよりも青色が濃いかな?
神殿長に挨拶をして、アレクは楽師の席へ、私は部屋の中央に移動。
他の見学者は壁際に寄って待機だ。
これで六回目。だいぶ慣れてきたけれど、惰性になっちゃいけない。
私は気持ちを引き締め直して精霊石の前に立った。
いつものように深く一礼して、舞い始める。
やっぱり、待ちかねておられたようで舞を始めたと同時に力が吸い取られ始めた。
(『精霊神様』)
私は舞いながら心の中で呼びかける。
(「シュルーストラムが話があるそうです。封印解除はお手伝いいたしますから一緒にお連れ頂けませんか?」)
不思議な音がした。
シャラン、ともポチャンとも聞こえるような雫が滴るような音。
来たな、と思った。
そして同時。私は例によって例のごとく。
風に包まれるように、不思議空間へと攫われたのだった。
気が付けば身体が浮かびあがるような、不思議感覚。
これは、いつもの『精霊神』様の異空間だ。
目を開けて、それを確かめてから
「リオン! フェイ! いる?」
声を上げた。『精霊神』様が私の呼び声に応えてくれたのなら今回は二人が一緒の筈。
「マリカ!」「ここにいます!」
思った通り、二人は薄青い黄昏のような中から声を上げて応えてくれた。
声に顔を向ければ、無重力空間にも慣れたようで泳ぎ渡るリオンと、ちょっとおっかなびっくりのフェイ。
精霊獣お二人も一緒だ。
「マクハーン様は呼ばれなかったんだね」
「王の杖がしゃべるとか見られるのは拙いだろ」
そんなことを話している間にいつものようにいつものごと
空間を揺らして、身を起こす大きな身体が現れた。
六人目の『精霊神』様。
うーん、顔は良く見えないんだけどなんとなく、雰囲気がハイティーン。
成人した大人にはちょっと見えないな。
今までの会話とか、国王陛下の征伐の時も、良く言えば真っすぐで揺るぎない信念を見せ。悪く言えば子どもっぽく融通が利かない性格だったように感じていたけれど。
「ラス様」
『何?』
「『風の精霊神』様も子どもだったりなさいます?」
『君たちの感覚で言うと、僕が一番年下? 次がジャハール。間はそんなに差が無くて最年長がリオスだよ』
『ラス!』
なるほど。やっぱりアーレリオス様は『精霊神』様達の長兄、っていうか纏め役だったんだ。納得。
「マリカ、行くぞ」
「うん、じゃあ行ってきます」
リオンに促されて、私は『精霊神』様の上に連れて行って貰う。
もう六回目。抵抗や身動きは無く、本当に待ちかねているのが感じられる。
「今、壊しますから。もう少しだけ、待って下さい」
私は、全力全開で軛に力を込めた。とほぼ同時
パーン!
まるで風船が割れるみたいに簡単な、軽い手ごたえと共に軛は崩れ去った。
早っ! 私の力も上がってきているのかな?
そうしていつものように空間が歪み渦を巻く。
リオンと共に戻った私達とフェイの前でその渦の中から、ゆっくりと身を起こすように一人の人物(?)が現れた。
『やっと、身体が動かせる。感謝するぞ。
『精霊の貴人』よ』
黒髪、青みがかかった黒い瞳。でも日本人とは明らかに違う堀りの深い目鼻立ちに褐色の肌をした青年。
さっきの直感で感じた通りハイティーン17~8歳くらいに見える。
精一杯、威厳を作ろうとしている感じが可愛いなと感じるのは、私が『精霊神』様達を自分とは違う『神』とは見られなくなっているからかな。
勿論、放つ力というか、圧力? 存在感やオーラは凄いんだけど。
『俺は『風』。子ども達と精霊達の移動と未来を守る者。
名をハジャルヤハールという』
『我らが、風の精霊の神にして、偉大なる『精霊神』よ』
「わっ!」
私達が挨拶を返そうとするより早く、フェイの杖から現れた『精霊』が実像を結ぶ。
まるで人間。
こんなに触れそうなくらいはっきりとした容を取った精霊はエルフィリーネ以外見たことが無い。
『……久しいな。苦労をかけた。シュルーストラム』
『いえ、私の力不足で『王』を守り切ることができなかったばかりか、子らに大きな被害を出した罪は、間違いなく私のもの。
それを忘れ、安穏と『精霊国』での癒しを与えられたこと、恥じいるばかりです』
『お前がそういう気に病む性格だからこそ、『星』に預けたのだがな。
あれは、お前のせいばかりではない。俺とアーレリオスの躾が甘かったのだ。
まったく、子育てと言うのは難しい』
「あ、あの……ちょっといいでしょうか?」
二人の会話に割って入るのは申し訳ないのだけれど、あまりゆっくりもしていられない。
確認しなければならないこと、聞いておかなければならないことがたくさんある。
『なんだ? 『精霊の貴人』』
「あ、はい。私、マリカです。一応『精霊の貴人』ってことらしいですけれど。
色々あって、今、アルケディウスの皇女と、魔王城で保育士兼魔王やっています」
一応自己紹介。私の正体なんて最初からわかっていらっしゃるのだろうけれど。
「ハジャルヤハール様」
『ジャハールで良い。呼びにくいだろう』
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えてジャハール様。
やはりシュルーストラムとお知り合いなのですよね。
というか、シュルーストラム、記憶が戻ってた?」
シュルーストラムはずっと、魔王城の宝物蔵で目覚めるまでの記憶が無い、と言っていた。
でも、さっきの会話からして、もう思い出している?
『ああ。きっかけはフェイの母、ファイルーズの精霊石だ。
あれを見て、全てを思い出した』
『お前の主の死に様と似ていたからな。さもあろう』
「お前の主の死に様?」
『……アーレリオス。再会の感動を味わう間もなく悪いが彼らに語るぞ。
いつまでも隠しておけないし、これは禁止事項ではない』
『…………好きにしろ』
私達の後ろでぷかぷかと浮かんでいた精霊獣がぷい、と顔を背けた。
獣、兎ようなの姿なのに、ホントに表情豊かなんだよね。
精霊獣って。
拗ねたようなアーレリオス様を、ラス様が宥めているのが解って、ちょっと微笑ましくなる。でも
『あまり、ここに長居はできないだろう。故に手短に伝える。
シュトルムスルフトの過去の過ち。『風の王』の杖が国を離れ、俺が国を『見捨てた』その理由をな』
次の瞬間、そんなことは考えられなくなってしまった。
「うわっ!」
空間から現れたいくつもの触手が、私を、私達を捕らえたからだ。
身体は動かず、抵抗は封じられ、金色の触手が私達の額に貼り付いて、中に入ってくる。
『抗うな。今、人間達に伝えられている歴史は人によって歪められている。
何があったのか、真実を、お前達には知っておいてもらいたいのだ』
あんまり気持ちいいものではないのだけれど、直接接続されることで、頭の中にダイレクトに情報が入ってくるような感じ。
視界が切り替わる。薄青の空間から、華やかな王城へと。
まるでその場にいるみたいに。
そうして、私達は知ることになる。
シュトルムスルフトとプラーミァ。
女王と王の過ちが生んだ悲しい過去を。
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