【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 幸せの味

公開日時: 2021年8月15日(日) 07:55
文字数:3,379

 ちょっとした閑話休題。


「マリカ。ストルディウム伯爵領からの荷物に変なものが入っていたのですが…」

「変なもの?」


 フェイが、在る日、仕事を終えての帰り際、私を呼び止めた。

 フェイは毎日ストルディウム伯爵領に転移術で荷物を取りに行ってくれている。

 ストルディウム伯爵領は国内唯一の海を持つ領地。

 荷物は勿論海産物だ。


 毎日運ばれる海産物は、アルケディウスの王都でもすっかり人気を博している。

 特にヒラメのムニエルや、ブリの塩焼きなどは男性を中心に評判が高い。

 貝類、ホタテや牡蠣類も受け入れられている。

 料理人さん達が扱いに慣れてくれたら仕入れ量を増やしてもいいかな、とおもっているのだけれど…。


「マリカにこういうのがあったら獲ってくれと言われた。

 けっこういたから採ってみたがこれでいいのか? というお話ですけれど…」

 差し出された桶を受け取って私は覗き込む。

 

 黒くてトゲトゲ、見事にうにうにしいそれは、正しく

「ウニだぁ!!! こっちにもあったんだ♪」


 凄い。生きてるウニ!

 向こうぶりだ。こっちの世界では当然初めて見る。

 向こうの世界では大好物だったんだ。

 超高級食材。

 高くて、本当にシーズン1回食べられるかどうかのお楽しみだったけれど本場の岩手に行って食べた時の、あのウニの味が忘れられなくて年に一回、バカンスに行ったりしたんだよね~。


「ウニ? これ食えるのか? っていうか生き物、なのか?」

「黒い棘ばっかりで、食べられるとこなさそうだけど?」


 私の歓声を聞きつけたらしいリオンとアルがやってきて私が抱えた桶を覗き込む。

 うん、まあそうだよね、普通の人はこれを食べ物だとは思わない。フツー。

 一体どうやってこれが美味しい食べ物だと解ったのだろう。

 古の日本人達の食への情熱には感心する。


「美味しいよ~。私、大好きだったの。

 まあ、見てて」



 私は桶を持って台所に行く。

 今日の営業は終わったけれど、まだラールさんと何人かが残って仕事をしていた。

 

「すみません。片付け中に、ちょっといいですか?」

「構わないよ。どうしたんだい?」

「新しい食材が手に入ったので捌いてみようと思って…」

「新しい食材? 見せて貰ってもいいかな?」


 興味津々という顔のラールさんや料理人さん達の顔を見たら断るなんてできない。

 私は調理台の一つにまな板を置いて籠から、ウニを一つ取り出した。


「真っ黒だね。しかも大きな棘がたくさん、手を刺さないように気を付けて?」

「ありがとうございます。大丈夫です」


 ボウルに水を汲んで、塩水を二つ作っておいてから、ウニをひっくり返してハサミで、唯一棘の無い所。

 つまりはウニの口を切り開いた。

 少し白くて硬い口の…なんて言ったらいいんだろう。唇? 嘴かな?部分を外して切り込みを入れると殻が割れて中が見えて来た。


「オレンジ色の身がキレイですね」

「うん、ここの部分を食べるの」


 本当は精巣とか卵巣の部分なんだと聞いてけど、説明が面倒なので割愛。

 前にウニの本場に行った時、ウニ祭りをやっていて(というか、それに合わせて行ったのだけれど)殻付きウニの捌き方を教えて貰ったことがある。

 ウニは中がいくつかに仕切られていて、その節々の所にワタ、食べられない所が付いている。

 それを取り除いてから、小さなスプーンで殻に沿ってえぐり取るように身を取り出す。

 まだ残っているワタを塩水で洗いながら外し、大よそ綺麗になったところで塩水でさっと洗う。


 一個のウニから塊として出てくるのは5つ、くらいかな。

 とりあえず…


「まあ、食べてみて」


 私と、リオン、フェイ、アル、ラールさんの手のひらに一つずつむき身のオレンジの塊を乗せた。

 ぷるっとしていて、形もしっかり。

 獲れたてはいいなあ。


「食べるって、この身を、このまま?」

「味付けとかはなし、ですか?」

「なしで大丈夫。このままペロッといっちゃって」


 毒見を兼ねてこの国最初のウニを私はパクッと口に入れた。

 見ている厨房スタッフが少しギョッとした目をしているけれど、気にしない。


「うーん。おいしい。ふんわり、蕩ける♪」


 向こうの世界とほぼ同じ。

 口に入れると潮の香りが微かにして、その後甘く濃厚な味わいが口の中に広がっていく。

 ああ、幸せ…。


「!」「これは…」「この世にはこんな食べ物があったんですね?」

「凄いなこれ…トロッって蕩けるのに舌の上に味がしっかりと残ってる」


 うん、ウニは存在感があるよね。

 海産物とか食べなれていないと、潮の香り、海の香り、というのは出てこないと思うけれど。

 濃厚な余韻がかなり強く長く残る。


 もう一つ割って、残りの厨房スタッフにも生ウニの味を体験して貰ってから、私は残りのウニを二つ割にする。

 ハサミを使うフリをしながら、ギフトで少しズルはしたけれど。


 で、切り分けたウニは竈に火をつけて、バーベキュー用の網に乗せて焼く。


「焼くのかい? この蕩けるような柔らかさと味わいが消えてしまわないかな?」

「消えちゃうんですけど、代わりに違う味わいが出てきますから」


 言っている間に、ウニの身がふつふつと呼吸するように上下し始める。

 おっと、焼き過ぎは禁物っと。


「これもどうぞ。焼きウニです。スプーンでこうほじって食べてみてください。火傷には気を付けて」


 出来上がった順からこれも皿に入れてみんなに渡す。

 私も勿論食べる。


「うーん、最高!」


 焼く事によって水分が抜けて蕩ける感覚は少し遠くなる。

 でもその分味は濃厚、凝縮されて濃くってしっかりした味わいが口の中に広がるのだ。


「うわっ!」

「いや、本当にこれは凄い…」

「味が濃くなってるよな。オレは生よりこっちの方が好きかも」


 みんな目の色が変わっている。

 向こうの世界でも超、高級食材の一つ、ウニだもの。

 当然、当然。


「この濃厚な味わいは、パスタとかに合わないかな?」

「流石ラールさん。ご明察です。ウニのクリームパスタとか最高に美味ですよ。

 加工に時間と手間がかかるのが唯一の難点ですが…」


 私は紫色に染まってしまった手と、まな板を指し示す。

 この様子からしてムラサキウニの亜種だと思う。

 ゴミも大量に出るから、家庭での殻付きウニの加工はなかなか大変だ。

 私は牛乳瓶入りのウニをいつも買ってた。


「現地でウニのむき身にして貰えるようならいいんですけどね。

 20個加工して、塩水につけた状態になっているのであれば、私は少額銀貨1枚くらい普通に出します」

「それは随分と張込むね。でも…確かにこの味にはそれくらいの価値がある…か」


 ウニといえば、ウニ丼が至高、だと私は思っている。

 炊き立てのご飯に、ウニをいっぱいにもって食べる。

 これに関しては醤油は殆ど無くていい。醤油のコクがウニの繊細な甘みを殺してしまう。

 少し塩をかけるか、塩水につけてあればそのままでも十分あり。

 口の中にご飯と一緒に含むことで、絡まり、蕩けて広がる甘さと潮の香りは本当に最高だから。


 ただ、手ごろさ、簡単さで言うのなら麺に絡めるのも美味だ。

 冷やし中華にウニを乗せて絡めて食べるのは最高。

 麺に絡まったウニは、安い1パック198円の特売冷やし中華を2500円出しても食べられない超高級料理に変える。

 ゆでたてパスタにウニをふんだんに使ったクリームソースをかけるのは、本当に美味しい。

 平打ちのフェットチーネ風が良いと思う。

 あの味をこの世界で食べられるなら私はホント、少額銀貨1枚くらい普通に出す。

 あっちのせかいでだって、牛乳瓶入り生ウニはそれくらい普通にした。


「とりあえず、ガルフとトランスヴァール伯爵に相談してみます。

 他にも美味しい海産物は色々あるので、ラールさんも研究してみてください」

「解った」

「フェイは次にトランスヴァール伯爵領に行った時、ウニも乱獲にならない程度に獲っておいて下さいってお願いしておいて」

「解りました」 


 ウニは初夏から真夏が一番美味しい。

 もう今年はそろそろ終わりに近いだろう。

 でも、懐かしくて大好きな味がこの世界で味わえて、大満足。


「マリカは美味いものを食べてるとき、本当に幸せそうな顔するよな」


 リオンがどこか呆れたような顔で笑う。自分ではよく解らないけれど、


「そうだね、そうかもしれない」


 懐かしい味と、遠い昔、車で一人旅をして見つめた海、登るアサヒに光る金色の海を思い出した。

 向こうの世界に戻りたい、とは思わないけれど。



 あの時は、一人旅だった。

 でも今は美味しい、を幸せを分け合える人がいる。


 うん、私はけっこう幸せだと思う。

 


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