【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

地国 旧友との再会

公開日時: 2022年7月19日(火) 07:42
文字数:3,556

 エルディランド最後の夜の日。

 安息日。


 私は、第二王子グアン様の案内で、製紙工場にやってきていた。

 護衛兼案内人としてユン君も一緒。



「どうぞご覧下さい。我が国が誇る製紙工場です」


「うわー、凄いですね…」


 見せて貰った工場は、私が思い描いていた通りの和紙工房、では無かった。

 かなり広く本格的な工場、だ。

 エルディランドの紙は、基本的には和紙の作り方、ではあるのだけれど、細かい所が色々と違う。

 まず、材料が木の皮ではなく、木の中身、木材を細かく砕いた木のチップなのだ。


「主に、エルディランドで良く採れるカルファの木を主に色々な植物から紙素を作っています。

 一つの木材だけで作っていると、木がいくらあっても足りませんから。

 木を伐採したら、必ず植樹をするなどしてエルディランドの森林を破壊しすぎないように注意しています」


 小さく、細かく裁断した木のチップを煮溶かして紙素を作る。 

 それを紙漉きの手法で梳いていく形だ。

 

「紙素を作るまでが大変で、カイトが最初に作り始めた時は、木の皮を数日水にさらしたり、煮込んだりととても時間がかかるものであったようです。

 それを精霊術を使ったり、木を柔らかくする薬品を開発するなど研究を重ね、死の直前まで試行錯誤を重ね、ある程度安定生産ができるようになりました」


 昔ながらの和紙技法を主に、できるところでは精霊術を使うなどしてこの世界独自の製紙技術を作りあげてきたことを尊敬する。

 でも…


「…見せて頂いてなんですが、この製法は秘密だったのでは?」


 少し心配になる。

 エルディランドのこれは特産ではなかろうか?

 今回の視察は私だけでは無く、ミリアソリス、フェイ、モドナック様などのアルケディウスの文官が揃っている。

 置いて来ようかと思ったのに、連れてきていいと向こうからお声をかけて頂いたのだ。

 けれど、グアン様は優しく首を横に振る。


「大王様から、アルケディウス…いいえ、姫君がご希望ならお教えしても良いと言われております。

 それに全世界の紙を、エルディランド一国で賄うのは不可能。

 今後、各国に技術を広めていこうという話は以前から出ていましたので」

「アルケディウスで紙を作ってもよろしいのですか?」

「構いません。

 できれば正当な契約を交して頂きたい、とは思いますが」


 チップを煮溶かす為の薬品の作り方などは門外不出とすることで、エルディランドの優位性は保てる、ということらしい。


「エルディランドの印刷技術は今、どのような形で行われているのでしょうか?

 ガリ版印刷が主であると伺っていますが」

「ええ。

 カイトが知らしめた知識の中には、活字と呼ばれる金属加工品を組み合わせて作る『活版印刷』というものもあったのですが、何分、鉄工業がエルディランドはあまり得意では無く。

 まだそこまで辿り着いていないのが現状です」


 個人レベルでは卓越した技術者はいるが、それを主産業にするには材料の輸入その他も含め、心もとない、と…。

 それなら…


「では、技術交換のような形にするのはいかがでしょうか?

 アルケディウスは隣国アーヴェントルクから鉄鋼などが手に入りやすい為、鉄鋼業が得意です。

 エルディランドからは製紙技術を輸出頂き、アルケディウスは今後印刷技術を研究し、輸出する」

「それは…面白いお話ですな。検討の価値がありそうです」


 グアン王子の目が、優しい案内役から、冷静に利益を計算する国務大臣の目になってる。


 お互いが得意分野を抱え込むのではなく、協力し合えば互いに大きく発展していくと思う。

 行き来に時間がかかるのは難だけれども…そこは、まあ色々と方法はなくもないし。


 エルディランドにも、通信鏡作って貰おうかな?

 



 一通りの見学を終えた後、私達は印刷工房の一角にある応接室に案内された。

 そこは応接室だけれど、書庫でもあるという。

 実際中に入ってみるとびっくり。

 いくつもの本棚に、本がみっちり。

 凄い、全部植物紙の本だ。


「ここにあるのは印刷工房でここ百年の間に印刷された植物紙の本です。

 原則印刷した本は全て見本誌をここに置いているのでそれなりの量になっていますね」


 城に戻られたグアン王子の代わりにユン君が説明してくれる。

 グアン王子はスーダイ王子や大王様と相談して、製紙関係の契約について詰めて来るということなのでその間ここで待たせて貰う事になったのだ。

 文官達も、王宮などで本そのものには触れ親しんでいても、植物紙の本だけ、こんなに見たのは初めてなのだろう。

 目を輝かせている。


「読んでもいいですか?」

「勿論どうぞ。壊さないようにだけ気を付けて」

「ありがとうございます」


 ちゃんとある程度だけど本は種類別に分類されている。

 書店の様に薄い木の板でブックエンドが所々に入れられて


『娯楽本』『聖書』『指南書』

 

 などと記されているのがなんだか、日本的というか、異世界的だ。

 私は外国の書店とか図書館とか行ったことないから他の外国がどうなっているのかは解らないけど。


「この本の分類法もカイト様が?」

「そうです。

 自身も色々書いていたようですね。

 発酵の仕組みとか、製紙の方法とか」 


 何冊か読ませて貰ったけれどやっぱり日本で教育を受けた人らしく、見やすい。

 絵や表の様なものが使われていて読む人が理解しやすいよう工夫がされているのが解った。

 凄い人だと思う。

 思うけれど…。


 私は本をパタンと閉じて、本棚にゆっくり戻した。

 そして、隣でニッコリ微笑むユン君。

 ううん。クラージュさんの顔を見る。

 今、側に居るのはリオンと、カマラだけ。

 他の文官達は、本探しに夢中だから多分、聞いていないだろう。


 エルディランドの滞在も、残りあと僅か。

 これ以下の人数でクラージュさんと話ができる機会はもう、多分無い。

 だから、


「ユン様。お伺いしたい事があるのですがいいですか?」

「はい、なんでしょう?」


 笑われてもいい。

 小さな声で、気になっていたことを聞いてみた。



「…貴方は、カイトさんですか?」


 彼は目を丸くして立ち尽くした。

 ハトが豆鉄砲を喰らったみたいな驚きが見える。

 やがて立ち直ったユン君は

  

「どうして、そう思われるのです?」


 くすくすと楽し気に笑いながら、そう応えてくれたのだ。


『違います』という即時否定で無かったということは、肯定しているのだと思う。

 同じように驚愕の表情を浮かべるリオンとカマラを一度だけ見遣ってから、根拠を話す。

 根拠というには細やかなものだけれど、そうかも、と思って見れば彼からのメッセージはあったから。



「ヒントを頂きましたから。

 千の風とワイルドカード」



 カイトさんのお墓参りの時に、ユン君がかけてくれた「千の風」と言う言葉。

 私は、あの時、素直に向こうの世界でミリオンセラーになった名曲を思い出していた。


 お墓の前で、泣かないで。

 私は墓の中になどいない。

 そう残された人を慰める曲なのだ。

 あれは。


 そしてワイルドカード。

 向こうの世界のカードゲームでしか使われない言葉。

 私は知っているから正しい表現に納得したけれど、他の皆はきっと意味が解らなかっただろう。


 ユン君が転生者で幾度か、リオンと違う形の転生を繰り返した、と聞いた後。

 これらのヒントに気付いて、私は…ずっと、ずっと昔。

 リオンが私が異世界転生者だと話した時に、言ってくれたことを思い出したのだ。


『マリカは、元々、この世界の人間で、間違って…

 いや、この世界に必要な知識を学ぶ為に異世界に行ったのだ』

 

 この世界にラノベのような向こうの世界からの異世界転生者が他にいるかどうかは解らないけれど。

 知る限り、出会う限りの転生者は『星』に選ばれた存在である現状で、偶然異世界からの転生者がいた場所に、偶然『星』の転生者がいるのは不自然な気がした。

 だから、もしかしたら…。

 

 私の見上げる視線に彼は楽しそうな笑みで頷くと


「…流石ですね。でも、それに気付いたのだとしたらあともう一つ、気付いて頂きたかった」

「え?」

「『私』だけであったら姫君がそうだと知っても、あちらのことを知っているとは思いませんでしたよ。

 …『俺』の事を覚えておいでですか?『高村先生』」


 とんでもない爆弾を投下した。

 その瞬間、予想外の、まる十二年聞いた事の無い『私の呼び名』に身体と頭は完全に動きを止める。


 私をその名で呼ぶ異世界転生者…。

 カイト…。

 そんなまさか、まさか…。



「片桐…海斗先生?」

「はい、そうです。

 お久しぶりです。高村真里香先生」



 彼が笑顔で頷いた瞬間、全ての力が身体から抜ける。

 まるで風船から空気が抜けた気分だ。

 身体から、全部の力が一気に消えて私は倒れた。

 棒切れのように。バッタリと。

 

「おい! マリカ! どうしたんだ?」

「しまった。一気に伝えるには刺激が強すぎましたか。

 リオン…殿、今、寝所の準備をしてきます。彼女を連れて来て下さい」

「わ、解りました! カマラ、彼の手伝いを」

「はい!」

 

 そんな会話を頭の遠くで聞きながら。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート