大祭を締めくくる舞踏会が始まる寸前。
「やっぱり、決意は変わらないかい? フェイ」
女王陛下は、そう問いかけた。
星に祈るような、最後の望みをかけるような心からの願いであったけれど
「はい。申し訳ありません。伯母上」
フェイが強い眼差しで頷くと、彼女はそれ以上、もう何も言わなかった。
そして、宣言されたのだ。
「シュトルムスルフト王族フェイは、成人を機に王位継承権を放棄し、一個人として独立する。」
と。
女王陛下の前に膝を折り、王の杖から力の一部を譲渡するフェイ。
その光景を見つめながら、私はここに至るまでの騒動を思い返していた。
大祭七国巡りの事実上最終国、風の国、シュトルムスルフトにやってきた私達には一つの目的があった。正確にはフェイの目的、だけれども。フェイをシュトルムスルフトの王族籍から外し、正式に大神殿の神官長として、一人の成人男性として独立させる事。
「僕が王位継承権を持っている事そのものが、国を乱す原因にもなります。妻や生まれてくる子どもに類が及ばないようにする為にも、しっかりとけじめをつけておかないと」
本人がそう言う通り、国にやってきて間もなくフェイは、彼を次期国王として祀り上げようとする勢力に接触を受ける羽目になった。
だいぶ変わりつつあるとはいえ、男尊女卑の思考が強いこの国にとって、女王の代わりに神輿に担げる存在がいるということは、確かに問題なんだろうな、と思ったものだ。
最初から王になるつもりは無いフェイは、情報を集めるだけ集めて、女王陛下に報告、反逆罪として彼らを告発して、彼女の治世の為に大掃除をしていくつもりであったらしい。
ところが、首謀者の一人であり、シュトルムスルフトの大貴族の重鎮がフェイに反逆されたことでプッツン切れて、最悪の手段に出た。女王陛下に毒を盛ったのだ。
しかも私とフェイの名を使って。
「伯母上!」
「……フェイ。ようやく尻尾を掴んだよ」
女王陛下が倒れた。毒を盛られたようだ。という話を聞いて吹っ飛んでいった私とフェイの前で、ベッドに横たわりながらも女王陛下は強い笑みを浮かべていた。
「この毒物は身体の自己修復機能を阻害し、精神を麻痺させて苦しめず死に至らしめることに特化している王家の伝来の特別なもの。
私自身、他者に使った事もあるものだから良く知っている。毒に慣らしてもあるしね」
「彼らが毒物を使ってくる可能性があると、既に報告していた筈ですよ。無理に毒を口にして証拠を掴まなくても背後関係を洗えば十分でしょう?」
「まあ、そうなんだけれど、私が倒れた、自分の思い通りになっているといい気にさせることで油断させて、その間に証拠を集めて一気に片を付けてしまおうと思ってね。
君も力を貸してくれるだろう? フェイ」
「……貴方と僕は、どうしようもなく同類、というか血縁なのですね。
解りました」
その後、女王陛下とフェイは凄い勢いで、首謀者である公爵の外堀を埋める行動に出た。
実際、荒業というかリオンに転移術を使ってもらい犯罪ギリギリの所で証拠を集めさせ、ゲシュマック商会を通して圧力をかけて、重税や脱税についても暴いた。
そして、公爵を断罪する前に息子や、周辺貴族達を呼び集めた女王陛下はこう告げた。
「お前達に、一度だけ機会をやろう。公爵と運命を共にするか、それとも全てを悔い改め私に忠誠を誓うか」
「変わりゆく世界、新しい文化に興味がない。『新しい食』も『転移魔術による新型流通』も『石油による生活を便利にする新しい科学』もいらない。
公爵への恩義を優先する、という方はどうぞご自由に。
強制はしませんよ。自分達だけもう一度『精霊に見放された』時代の生活に戻ってもいいというのであれば」
一度上がった生活水準や、覚えた『新しい食』生活、便利な道具や流通に人は逆らえない。
ただでさえ、連判状を奪われ、犯罪の様子を録画され証拠を揃えられた上に、そう目の前で王族に宣告されれば抗う勇気を持ち続けられる者は誰もいなかった。
公爵の子息などは、多分に父親を煙たがっていたところもあったのだと思う。これを機に老害から逃れられる、となればむしろ積極的に証拠の提出などに協力してくれた。
もし、公爵が慕われていて、実行犯や息子、周囲が彼に忠誠を誓っていたらまた流れは変わっていたかもしれないけれど。
可哀相だが、本人が思っている程公爵は周囲に慕われている訳でもなかったということだ。
『あいつも哀れな奴だ。有能であっただけに自分が認められなかった事、得られなかった王の位に執着してしまったのだろう』
とは『精霊神』ハジャルヤハール様の談。精霊神様にとって王族はみんな自分の子どもみたいな感じで気になるのだろうな。
かくして、悪役令嬢物じゃないけれど、断罪はなされシュトルムスルフトの闇の最後の象徴は消え失せた。残りの大貴族達も、公式の場で振るわれた裁きの鉄槌に慄いていたようなので、少なくとも暫くの間は大人しく女王陛下に従うだろう。
その上で、フェイは大貴族達の前でアマリィヤ女王陛下に、王の杖の力の一部を譲渡した。実際にシュルーストラムを返したわけではない。本杖も
『アマリィヤ女王に文句は無いが、私はフェイを魔術師として選んだのだ』
といって離れる気皆無だし。
でも、大神殿所属とはいえ他国に行き王族籍から離れる者に王の杖を持たせておく訳にもいかない。
だから、パフォーマンスとして力の一部を譲渡というかコピー、して形の上だけでも王の杖の権能を譲渡した、という形にしたのだ。
まあ、当のアマリィヤ様は最後までフェイのシュトルムスルフト籍からの離脱には浮かない顔をされていた。これは仕方のない事かな。
フェイは今回の件で改めて、情報収集能力、判断力、精霊古語の読み解きに、新しい技術に関する知識の提供、と王子としての有能さをがっつり示したわけだから。
公爵も言っていたけれど、アマリィヤ様はフェイが王位につくなら、自分が退位して補佐についてもいいと思っていた風がある。
でも、本人がそれを望んでいないのは明らかだったし。
「寂しいけれど、仕方ない、かな? 君の人生に私がとやかくいう権利はない」
「ありがとうございます。僕もシュトルムスルフトや伯母上が嫌いなわけでは決してありません。ただ、それよりも大切なものがあるのです。お許し下さい」
本当に無理強いはしないでくれた。
だからこそ、フェイは女王陛下を慕い、魔術師の力の譲渡、なんていうパフォーマンスにも付き合った。
これが先代の国王陛下のように、一族の長の権限で無理やり子の去就を決めるような相手であれば、きっぱり故郷を捨てたのだろうけれど。
女王陛下のその潔さをこそ、フェイは慕っている。
「籍からは外れますが、シュトルムスルフトが僕のもう一つの故郷であることも、伯母上が数少ない、大切な身内であることも変わりません。
何か困ったことがあった時は、必ず助けに来ますから」
「頼むよ。期待している」
フェイは、そう言って深く女王陛下に頭を下げた。
大事な伯母上のこれからの為に、フェイはその言葉通り大掃除をしていったのだ。
『国とアマリィヤのことはあんまり心配するな。
私ができる限りはフォローもしてやるさ』
そう精霊神様も請け負って下さったのでとりあえずは一安心だ。
フェイにとってはかなりの変化であり、成長だと思う。
本人が言っていた通り、恩には恩を。という思想からくるものだとしても。
自分から大切な人たちとの絆を改めて結んでいった。
リオンや私達、自分の周りだけを考えていた少年が、少しずつ大切なものを、世界を広げつつあるということは。
フェイは今後、正式な大神殿の長となる。
今後、妻ができて、子どももできて、もっともっと大切に思う者が増えて行くだろう。
それが大人になるっていうことかな。
「さて、帰りましょうか。マリカ」
「うん。帰ろう。私達の居場所へ」
私は頷いた。
また一歩、大人への階段を上ったフェイを頼もしく思いながら。
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