大祭七国巡りもいよいよ最後。
シュトルムスルフトへ出発するという朝。ゲシュマック商会からアルが来てくれた。
アルは現在、ゲシュマック商会大聖都支店の店長で、科学部の統括主任。
忙しいのは解っているのだけれど、四人で一緒に旅行を楽しみたいという私の我儘を聞いて貰った形になる。
「シュトルムスルフトの石油は科学部には欠かせないものだから、まあ、気にすんな」
と笑って引き受けてくれたのはありがたい。
まあ、そんな言葉づかいは流石に身内の場での話で
「今回は御同道賜ります。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。頼りにしていますね」
外では皇族と商人モードを崩すわけにはいかないのだけど。
とにかく、私達は四人(&他の使用人さん達と)大聖都の転移門を使ってシュトルムスルフトへと向かった。
神殿を出て感じたのは湿った水と緑の香り。
王都カウイバラード。ううん。国全体が変わったのだなと感じる
かつてシュトルムスルフトは、乾いた印象のする国だった。
砂漠が多い事も勿論あるけれど、他の意味でも。
精霊に見放された国、なんて言われていたけれど、今は環境がかなり改善されたようだ。
柔らかい香りが街から漂うくらいには水や植物が、大地に戻ってきているのだろう。
「ようこそ! マリカ様!」「『聖なる乙女』の御訪問に感謝を!」
「ご婚約、おめでとうございます」
神殿からお城に向かうほんの少しの間だけのことなのに、そんな歓迎の声が馬車の中にまで響いてくる。
昔は男尊女卑の考え方が根強いイスラム風国家であった為、女性単独で出歩く人はまず見なかったのだけれど、今はかなり改善された様子だ。
最初に訪れた三年前から考えると倍以上に女性の数が増えている感じ。
頭にスカーフや被り布をして、髪を晒さないのは変わらないけれど表情も明るい。
そして……
「お帰りなさい! フェイ様!」
「シュトルムスルフトの誇りにして『聖なる乙女』の忘れ形見!」
フェイにそんな声がかけられていることに驚いた。私への声とほぼ同等かそれ以上に感じる。
本人もちょっと困惑している様子だ。
女王ファイルーズ様が、フェイの事も正式に公表していることは知っていたけれど、まさか、民衆にここまで周知され、なおかつ大人気だとはちょっと予想外だった。
市民街を抜けるまで止む事の無い歓声を受けながら、私達はシュトルムスルフトの貴族街に入り、ムスタクバル宮殿へと。
白磁のような荘厳で眩い宮殿が三年前と同じように私達を出迎えてくれた。
「ようこそ、マリカ様」
「まあ! アマリィヤ女王陛下!」
王宮に入り直ぐの大広間に、輝かしい一団が待っていた。
私は軽くカテーシー。
「この度はお招きいただきありがとうございます」
訪問の挨拶と、感謝を送る。
静かな笑みでそれを受け止めたシュトルムスルフト女王 アマリィヤ様は次にフェイに視線を向けた。
「いや、ご結婚前のお忙しい中、足をお運び下さりこちらこそ感謝申し上げます。
それから、フェイも……お帰り」
「訪問の許可を頂き、感謝申し上げます。この度は、どうぞよろしくお願いいたします」
アマリィヤ様の眼差しは数少ない身内を、愛する甥の帰還を喜ぶ優しさに満ちているけれどフェイはあくまで貴族の一人としての態度を崩さない。ぶれないフェイの姿勢に小さなため息と笑みを落としてアマリィヤ様はでも、受け入れて下さった。
「明日から、大祭が始まる。今夜はゆっくりとしていってくれ。
シュトルムスフトが今できる、最高のおもてなしをさせて頂くつもりだ」
「ご厚情心から御礼申し上げます。精一杯努めさせて頂きます」
「それから、時間があれば石油関連についてのご助言を賜れれば助かる。
ゲシュマック商会の代表も来て下さっているとのこと。期待している」
定型の挨拶を終えた後、私達は最初の時と同じように離宮の一つに案内された。
元は後宮の一部であったらしいけれど今の国王は女性だから、あまり使用してはいないのだそうだ。フェイやリオン、アルにも豪華な一室が用意されている。
かなり広い区画を一人占め。ちょっともったいない。
と言ったらまた怒られそう。
「セリーナ。ミュールズさん。夜の晩餐会と、明日の儀式の準備をお願いします。
カマラとリオンは護衛よろしく。
フェイとアルは自由に動いて貰って構わないから」
「ありがとうございます」
「オレは二日目の会議まで準備や根回ししてる。そっちの邪魔はしない。あまり気にかけないでくれていい」
「ありがと。アル。大祭初日は精霊神様との面会の後、一緒にご飯食べようね」
「了解」
離宮に落ち着き、ホッとしたのもつかの間。
フェイが面会を申し込んできた。
「どうしたの? フェイ?」
「僕は今日の夜の晩餐会。欠席させて貰ってもいいですか?」
「え? 招待来ていたよ。
ファイルーズ様や王太后様、フェイに会えるのを楽しみにしているんじゃないの?」
晩餐会には基本的に招待が送られる。
招待を受けた人の分以外は席が用意されていないのが普通だ。
護衛士達や侍女など、使用人の同行は許されるけれど、食事をいっしょにすることはできない。
それは、婚約者であるリオンも例外ではなく、今夜は王族主催、大貴族が殆ど入らない身内の晩餐会であるけれど、彼には食事の席が用意されていない。
まだ、婚約者だから仕方ない。他国でもそうだった。
だから護衛士として私の後ろに立って貰うことになる。
一方でフェイにはしっかりと晩餐会に席が用意されている旨が招待状と一緒に連絡として届いている。
シュトルムスルフト王族としてか、賓客としてかは解らないけれど。
「それは、そうなんですが……、見て貰えますか? これを」
そう言うとフェイは荷物持ちに連れてきたクリスに視線を向けた。
彼が持っていたのは丁寧に巻かれた文書。
上質な羊皮紙で優美な文字がつづられている。
割られているけれど封緘もなされていて、送り主の本気が感じられる
「これは、なあに?」
「僕に向けて当てられた招待の手紙ですよ。
ご丁寧に女王陛下の晩餐会の時間とかち合わせてあります」
文書を見せて貰うと宛名はシュトルムスルフト王子フェイ殿。
差出人はシュトルムスルフトの未来を憂う者。
個人名は無い感じ。
呼び出しの場所は、貴族街の料理屋だ。
ゲシュマック商会の貴族街店舗と同じく、各国にも貴族が新しい食を楽しんだり会合に使ったりする食事処がある。そこへの呼び出し。
なんか陰謀の匂いを感じる。
「僕を試している節がありますね。この招待を受けるか、それとも女王陛下を優先するか」
「こっちを断って、女王陛下とお話する、じゃダメなの?」
「そうしたいのは山々なんですが、これはある意味、いい機会、かな? と」
「いい機会?」
「ええ。せっかくですから、親愛なる伯母上の為に、大掃除をしていこうかと思います」
大掃除。
彼の言葉にゾクリ、と背筋に冷たいものが走る。
言い切ったフェイの口元は確かな笑みを浮かべていたけれど、その瞳は冷徹で。
何か強い意志を、思いを宿していることが、簡単に見て取れたからだ。
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