リオンの飛翔は基本的に近距離しか跳べない。
だから、人に見られないように物陰から物陰へ、幾度か飛翔を繰り返し、貴族区画から市民区画に移動した。
市民区画は、大祭の宵。
丁度盛り上がり始めていた所で、人がごった返している。
その中に私達二人が紛れ込んでも、多分誰も気にしないと思う。
「手を離すなよ」
「うん」
少年のリオンのそれとは違う、固くて強くて大きな手。
大人になっても小柄で、私のそんなに大きくない手はすっぽりと包まれてしまう。
離れないようにしっかりと握り直して、私達は下町の、そんなに目立たない古着屋に飛び込んだ。
昔、ゲシュマック商会で勤めていた頃、時々島の子ども達やティーナ用の服を買ったことがあるお店だ。
「いらっしゃいませ」
「俺とこいつの服を一式貰っていく」
「どうぞ、お好きなのをお選び下さい」
祭りの日だし、従業員も客も殆どいない。
店主ともう一人が店の中を整えているくらいだ。閉店間際だったのかもしれない。
私は騒ぎにならないうちに。
私達の服の奇妙さに気付かれないうちに、身体に合う&目立たないを優先して服を選んだ。
清潔感のあるワンピースドレスに下着、靴下に、頭に被るウィンプルなど。
「お祭りの日なのですから、もう少し華やかなものはいかがです?」
「いえ、これで大丈夫です」
「そうですか? せっかくお綺麗なのに」
身体に合った服を着ると、ようやく一心地がついた気がした。
「主 大きめの帽子は無いか?」
「あることには在るけど、顔が隠れちまうよ。
男前がもったいなくはないか?」
「いいんだ。目立ちたくない」
リオンはアルケディウスの民族衣装では無く、シャツにチュニック、ズボンにマントの共通服だ。
猟師とかが良くしている服装だけれど、剣帯に短剣をつけるとお忍びの戦士とか皇子に見える。
あ、うん。
お忍びで街に降りて来るお父様と似た雰囲気だ。
その辺の猟師とかには見えないな。
「今迄来ていた服はどうなさいます?」
「あ、もって帰りますから包む布を下さい」
「かしこまりました」
服を包んでくれようとする店員の好意を断って、私は所々破けてというか、破いてしまった服を布に包む。
これ、どういう風に言い訳しようかな?
まあ、考えるのは後にしよう。
(なかなか、いいではないか?)
「アーレリオス様?」
頭の中に響いてくる囃す様な声に、私は顔を上げる。
(随分と化けたものだな。美しい。流石『星』の娘だな)
「ありがとうございます」
鏡を見ている余裕は無かったけれど、前の精霊の貴人モードと同じならばそれなりの美人している筈。
現に
「待たせたか? マリカ?」
「ううん、リオン」
私の前に立つ精霊の獣モードのリオンは、本当に、息を呑むくらいにカッコいいから。
「後は、屋台のどこかで靴を買って、祭りを見て回ろう。
どこか見たいところはあるか?」
「買い物は…無理だよね。なら中央広場のアレク。
後は壁沿いの屋台をぐるっとひやかして、遊んで帰る。それで…いいですか?」
(いいよ。細かい所は君達に任せる)
リオンの方から言葉にならない声が聞こえた気がした。
ラス様の声(?)だ。
私は、私の中にいるからアーレリオス様の声が聞こえたと思ったのだけれど、リオンの中にいるラス様の声も聞こえる。
テレパシーっぽいもの。なのかな?
(解っていると思うけど、あんまり長くはもたないから。日が代わる事には戻って)
「はい」
私が寝入ったのは火の刻の頃だったから夕方の六時前後。
それから少し経っている。
なら今は風の刻くらいかな。夜の七時から八時。
お祭りが一番盛り上がる時間帯だ。
アレクの演奏にも多分間に合う。
私達は素早く店を出ると、手近な店で靴を買った。
一式着替え終わった荷物がけっこうな嵩になってしまったので、どうしようか迷ったあげくゲシュマック商会に預かって貰う事にした。
「すみません。どなたかいらっしゃいますか?」
「どちら様です? 今日はもう閉店しておりますよ」
店に行ったら予想通りリードさんが、留守番をしていた。
いつも店員達を祭りに行かせる為に、屋台店舗の計算とか後始末を兼ねてリードさんが居残っているのは知っている。
リードさん以外は…いないっぽい。
良かった。
「リードさん。私、マリカです。こっちはリオン」
「え?」
突然入ってきた男女に目を瞬かせたリードさんは、私の言葉に唖然としか表現できない顔をする。
まあ、無理もないよね。
十一歳と、十三歳の私達しか知らないのに、いきなり現れた大人が知り合いの子どもだと名乗ったりすれば驚くのも当然。
でも、細かい事情を説明している暇は、ちょっとない。
「とある事情で、こんな格好していますけれど、間違いなくリードさんの知るマリカとリオンです。
詳しくは後で説明しますか、この荷物を暫く預かって頂けませんか?」
私は二つの布包みをリードさんに指し出した。
中を見せるとリードさんの顔つきが変わる。
「この服と靴……確かにマリカ様とリオン様の服。
面影もありますし、話し方もマリカ様。…ということは…本当に?」
流石。シュライフェ商会と繋がっている事もあるのだろうけれど、リードさんは私達の服などを覚えていてくれたようだ。
「はい。『精霊神』様に祭りをご覧に入れる為に身体を貸して大人になった。と思って下さい」
「前に、お二人がそのようなことをなさった、ことがあると旦那様から伺ったことがありますが、そのような奇跡が本当にあるのですか?」
「ええ。時間が勿体ないので詳しい事情は後で日を改めて説明します。
とにかく今は、この荷物を預かって、後日指定した時にもってきてほしいんですが。
お願いできますか?」
「解りました」
リードさんは頭の回転が速く、そして余計な事を詮索しないし聞かない。
部下としてこれ以上信頼できる人はそういないと思う。
「お礼は後で改めて。
では、宜しくお願いします」
「いってらっしゃいませ」
リードさんには申し訳ない事をしたけれど、これで、財布以外の荷物が無くなり、身軽になった。
祭りを本格的に楽しめる。
「証拠が残るから、買い物はできないぞ」
「解ってる。でもこういう賑やかで、活気にあふれた雰囲気って見ているだけでも楽しいでしょ」
「そうだな」
(確かに)(こういうの好きだなあ)
私達の中で見ているであろう『精霊神』の同意の声が聞こえてくるようだ。
汗ばむような陽気よりなお熱い人々の熱気。
普段、毎日を当たり前に生きている人々が、この日ばかりは活気を取り戻すと言われている年に二度の大祭だ。
アルケディウス王都 プランテリーアの大祭の見物は何といっても旅商人達の店が軒を連ねる城壁市場だ。
外城壁に合わせてぐるーりと、各国の名産品を売るお店が並んでいた。
今年は勝ち戦だったので、去年の夏よりも多いかもしれない。
服や、ショール、靴下や手袋などの小物は大体揃うし、木の皮で編んだカバン、布製のトートバック風のものも目移りしそうな程にある。
後は、各国の飾り物。
部屋を彩どる華やかな色合いの装飾品。
派手で安っぽいけれど綺麗なアクセサリー。
そんな中に紛れて、去年はフリュッスカイトの高級化粧品が売っていたし、ガラス細工の店があったりして侮れない。
「ん? アレは何?」
城壁市場の一角に目に見えて解る人だかりがあった。
近づいてみると、なんだか香ばしい香り。
「いらっしゃい、いらっしゃい。
エルディランドからはるばる運んできたショーユを使った串焼き鳥だ。
こっちはリアで作った甘くない、菓子。『せんべい』。
『聖なる乙女』がお授け下さったこの味はアルケディウスでもまだ真似できないエルディランドの『新しい味』だよ」
呼び声に誘われてみれば本当に、携帯コンロを使って焼き鳥と手焼きせんべいを出している店がある。
確か、これはエルディランドで向こうの代理店、シービン商会に譲ったレシピだった筈。
エルディランドからはるばるこっちに売りに来たのか。
外国人がアルケディウスで食べ物を売ることはまだあまりないので、興味から客がかなり集まっている。
夜の祭りに合わせて、昼のアルケディウスの屋台と時間をずらして販売しているのも頭がいい。
食べてみたいな。
「二人分頂けますか?」
「ありがとうございま…」
売り子の人が、何故か固まった。
おーい、大丈夫?
「おい!」
「あ、失礼しました。串焼きとせんべい、一つずつでよろしいですか?」
「ええ、お願いします」
「熱いのでお気を付けて」
紙袋とかは当然ないので、まだ油の滴る串焼きと少し粗熱を取ったせんべいを手渡しして貰う。
まずは串焼きにかぶりつく。こういうのはお行儀を気にしても仕方ない。
「美味しい! 醤油にお酒や砂糖を混ぜてあるんですね」
「よくご存じで。最初はちょっと味に固さがあるんですが、肉の油が混ざるとだんだん柔らかくなるようで。
これから、きっとどんどん美味くなっていきますよ」
「こちらのリアの固焼き菓子も美味いな。手焼きの何とも言えない歯ごたえがいい」
「今年、夏の戦でエルディランドの軍が糧食として採用して、フリュッスカイトを破った縁起のいい食べ物ですよ」
今まで大祭には食料品を扱うお店はなくって、個人的には物足りなかったのだけれども、こういう食べ物屋台が出てくると俄然お祭りらしくなるなあ、と思う。
「店主、俺にもくれ」
「こっちにもだ」
「はい、少々お待ちを!」
店の前で私達が食べていたのが良い宣伝になったのか、今まで遠巻きに見ていた人たちが、どっと押し寄せ注文をしていく。
邪魔になってはいけないので串焼きの串を店に返し、食べかけのせんべいをもって私達はそこを離れた。
「美味しかったです。ごちそうさま~」
「あ、ありがとうございました!!」
店の人達が揃って深々とお辞儀をしたことや、店に残った人達が私達をなんとも言えない眼差しで見つめていたことには気付かなかったのだけれども。
私は諦めていた大祭を、この目で見れて、味わえて。
かなり浮かれていた。
「せっかくだし、いっぱい、楽しもう!」
まだまだアルケディウス、大祭。
夜は始まったばかりだから。
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