火の一月最後の夜の日。
私は魔王城から戻ったその足で、大神殿に行って、礼拝に参加する羽目になった。
どうやら、神殿の者達が
「今日は、祭事に向かう前の『聖なる乙女』が礼拝にご参列下さいます」
と、言ったとかなんとか。
ゲシュマック商会から大神殿に向かい、着替えをして即、朝の礼拝に参加する。
おかげで神殿の席を埋め尽くす人達が、前回の予告なしの時よりも真剣な眼差しで私を見ている。
挨拶をしたり、聖典を読んだり。
一挙手一投足に注がれる人々の視線。
自意識過剰、と言われそうだけれど、本当に凄い熱量を感じるのは気のせいではないと思う。
『聖なる乙女』の肩書がこの世界の人達には本当に大きいのだと改めて実感する。
式典が終わると前と同じように人々の挨拶を受ける。
その中に
「お久しぶりでございます。マリカ様」
聞いた声があって、私は意識をそちらに向けた。
艶やかな禿げ頭が神殿の煌々とした灯りを反射して眩しい。
ではなくって
「アルケディウス商業ギルド長 アインカウフにございます。
その節は皇女に対してご無礼を致しましたことをお許し下さいませ」
うん。ギルド長だ。
私がギルド長と会った回数はそんなに多くない。
最初の会議の時と、後は数回くらいだ。
「こちらこそ、ちゃんとした挨拶もせずこのような事になってしまいごめんなさい」
大祭で、私が第三皇子の隠し子だ、と公表されてからこっち、商業ギルド長などに挨拶に行く余裕などなかったけれど、ガルフに聞く範囲では
『何故隠していた!』
と荒れ荒れだったらしい。
「いえ。第三皇子のご息女と知れば色々な事が納得できます。
それを知らせず、隠してきたガルフには苛立ちを禁じ得ませんが、今後、我が一族と商会はアルケディウスの産んだ真実の『聖なる乙女』に忠誠を誓います」
満面の笑みで膝をついている。
商会長は毎年欠かさず大聖都の礼大祭を見に行く『聖なる乙女』ガチ勢なんだって。
「今迄のアンヌティーレ様に比べると色々と不慣れで見劣りするところがあるでしょうけれど、許して下さいね」
アンヌティーレ様の舞と儀式が好きだったのなら、私ではがっかりするのではないかな、と思ったのだけれどもギルド長は大きく首を横に振った。
「いえ。大礼祭の式典を司る乙女がアルケディウスより出る。
それはアルケディウスの国民にとって何にも勝る誉。
毎年、大礼祭は各国商人などが集まる機会でございますが、今年は姫君のご活躍もあり、鼻高々でいられそうです」
本当に満面の笑みを浮かべている。
でも、そうか。
ある程度の豪商達にとっては礼大祭に行くというのは、年に一度の顔合わせとかもであるのか。
そうなると、行かれるのが迷惑、と切って捨てる訳にもいかなくなる。
「精一杯努めますので、宜しくお願いいたします」
「楽しみにしております。
どうぞ、今後、色々と御用の際にはゲシュマック商会、シュライフェ商会だけでなく、ガルナシア商会にもお声かけ下さいませ」
力の籠った売り込みを残してギルド長は下がって行った。
その後はシュライフェ商会、ゲシュマック商会とアルケディウスの大店の商会長達が順番に挨拶をしていく。
「シュライフェ商会で手掛けた衣装を身に纏った『聖なる乙女』の舞を、しっかりと目に焼き付けたいとおもいます。
そして次年度はより良い衣装をご用意してみせますので」
「そう毎年誂えるつもりはないですよ」
「ですが、姫君は成長期で在らせられますし、舞の衣装は身体に合わせてありますから、しっかりと仕立て直した方が……」
セールストークに余念がないあたり、流石、女手一つで店を支える商会長だと思う。
実際問題、神殿長の正装はともかく、舞の衣装は確かに、身体に合わせてあるので成長期の間は仕立て直した方がいいのかもしれない。
他に流用のできない、豪奢な作りなだけに勿体ないけど。
「その辺は、おいおい。
気を付けて行って来て下さいね」
「ありがとうございます」
ガルフもリードさんを連れて来てくれた。
「マリカ様の『神殿長』としてのお姿を拝見するのは初めてですが……とてもお美しく、威厳を感じます。
昔……最初に出会った時を思い出しますね」
「服に着られているだけですよ。少し恥ずかしいですが……」
素直な賛辞に頬が紅くなる。
「最近、郊外の畑などに精霊を狙ってか、魔性が出没する事が多いそうです。
くれぐれも旅路、お気をつけ下さい」
「ありがとう。ガルフもよく注意して下さいね。
貴方はアルケディウスの『食』の要です」
私は心もち、他の人より多めに祝福してガルフを送り出した。
その後はかぞえきれないくらいの多くの人の挨拶を受け、祝福を与えたので、礼拝が終わる頃はもうぐったり。
でも、今年は随分たくさんの人がアルケディウスから大祭に参加する様だ。
聖地巡礼のように滅多に行けないものだと聞いていたけれど、シュライフェ商会やゲシュマック商会のように今年は奮発する人が多いのかもしれない。
期待度の高さが伺われる。
「お疲れ様でございました。
やはり、神殿長の御威光は素晴らしいですね。
今日の献金は通常の十倍にはなりそうです」
疲れ切った私とは正反対にフラーブの顔色は明るい。
今日は大店の挨拶が多かったから寄付金も見栄の張りあいになったのかもしれない。
私にはどうでもいいことだけれど。
「それは良かったですね。
献金の使用方法はある程度の裁量に任せますが、ちゃんと明細は記録して下さいね」
「かしこまりました」
無駄遣い防止の釘はしっかり指して、私はフラーブを見つめる。
「明日から大聖都に参ります。
留守中はよろしくお願いします」
「お疲れではございませんか?
転移陣をお使いになれば、もう少しゆっくりして行かれることは可能ですよ。
大神殿からも、姫君のご負担を減らす様に転移陣のご使用を勧めるように、とも伝言されております。
先程の会話でもありませんが、魔性の目撃事例もございますし」
「大丈夫です。旅の間のんびりしていきますから」
フラーブに他意はないのは解っているけど『大神殿』で一人になるのは避けたい。
絶対に。
「解りました。
礼大祭に赴く『聖なる乙女』を襲撃する愚かものがいるとは思いませんが、魔性の話もあります。十分お気を付けて」
「ありがとう」
帰り際、神殿の司祭が私を呼び留めた。
「神殿長様」
「なんですか?」
「これを。ギルド長から神殿長様に託された献上品にございます」
「献上品?」
差し出されたのは小さな布包みだった。
掌の上に乗るくらいに小さい。
ノアールに開けて貰うと
「これは!」
「なあに? なんだったの?」
声を弾ませるノアールの手元には二つの小さな青い花が咲いていた。
「大祭の精霊の髪飾り、ですね」
「始めてみました。なんという美しさでしょう」
フリュッスカイト自慢の色ガラスだと以前聞いた。
今はギルド長の店が、独占輸入販売しているのだと。
こうして改めてみると本当に綺麗だ。
「付けて貰ってもいいかしら?」
「はい」
青い星が髪に煌めく。正確には五枚花弁の花モチーフなのだけれど、髪につけると星に見えるのだ。
ご機嫌取りの贈り物だと解っていても、祭りの事を思い出して嬉しくなる。
それに、今は見えないけれど『星』から貰った護りの蒼とよく似た色で、私を守ってくれているような気にもなった。
今日の挨拶を受けて、この祭りをどんなに人々が楽しみにしているか、少しわかった気がする。
私にとっては『神』との直接対決。
怖くて気重でしかなかったけれど、楽しみにしてくれる人達の為に。
応援してくれる人達の為に。
「礼大祭。頑張らないとね」
髪飾りに触れながら、私は自分にそう言い聞かせたのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!