子ども達の救出後も、私達はヒンメルヴェルエクトでの生活を慌ただしく過ごした。
市民議会と、貴族会議も見学させてもらう。
本来なら秋の戦の後は故郷に戻る大貴族達も、今年は私の帰国まで待っていて下ったとのこと。色々と、新体制や新発見の報告と『新しい食』のレシピ関係についてなど、日々活発な議論が繰り広げられていた。
私も子どもと女性の保護、育成について少し話をさせて頂く。
「今後『精霊神』様の復活により、各国とも色々変化していくと思います。特に女性の妊娠、出産率は劇的に上がる見込みだそうです」
アーヴェントルクの『精霊神』様の話を伝え、アルケディウス、プラーミァの王族、皇族の出産の事例も話した。
「子どもは『星』の未来を担う大事な存在です。ぜひとも積極的な保護、育成をお願いします」
私の話を、表向きかもしれないけれど貴族会議、市民議会、どちらでも真剣に聞いてくれた。会議の後
「アルケディウスより、ヒンメヴェルエクトの代理店を任されましたラコンテル商会にございます。皇女の演説に感銘いたしました。
商売の件を抜きに致しましても、お力になれればと存じます」
議長を務めるヒンメルヴェルエクトの商業ギルド長が挨拶してくれた。
この世界では市民議会と言っても、まだ一般選挙ではなく地主や工業ギルド長、商業主など町の有力者が集まって合議し、方向性を決定。
運営する形になっている。でも、ある意味彼らは市民街のことは誰よりも良く知っている。
「廃棄児は今までは個人で見出し、育てている者はいたもののその殆どは神殿に捨てられたり、奴隷商に売られたりしていました。今後はそのような存在はなるべく保護して、育成するように致します」
「ありがとうございます。
当面は新しく大公家管轄となった孤児院に導いて貰っても構いません。孤児院は母親の出産を助ける機能も有して、最終的には母子の保護を行うようにする予定です」
既にアルケディウスの孤児院ではその体制が軌道に乗り始めている。
家族の助けが得られない母親は孤児院で保護し、出産。
身体を休めつつ自立への道を助ける形だ。
今まで、女性が安心して働ける職場は少なかったけれど、今後『新しい食』を始めとする農業、工業など色々な職場で需要は上がっていく筈だから。
出産を経験した女性が、次の出産を行う女性を助けたり、孤児達の面倒を見てくれるようになれば良い循環にもなる。
「アルケディウスの孤児院や母子院なども見学させて頂きたいですわね」
「いつでも受け入れますのでお声かけ下さい」
マルガレーテ様もそう言って、真剣に取り組むことを約束して下さった。
それから『精霊神』復活の後、今まで考えもしなかったメリットが生まれた。
『マリカ。ここと、ここを採掘するように子ども達に指示して』
復活した空の『精霊神』キュリオ様が地図に指示した場所は今まで、あまり人が入らない荒れた山地だった。
ところが、そこをオルクスさんなど魔術師が入って調べてみると……。
「驚きました。鉄や今まで発見されていなかった金属の鉱床などがたくさん発見されたのです」
今まで鉄や貴金属の鉱床が新たに発見されることはあまりなかった。
金属の一番の産地であるアーヴェントルクと近いので、ヒンメルヴェルエクトも鉱床などがかなりあったっぽい。
その殆どが鉄鉱床で、鉛と亜鉛。銅鉱床が少し。
金や銀などの貴金属は出てこなかったのだけれども、工業的にはそれがベターで、鉄、鉱床からは磁鉄鉱も出た。
製鉄加工については原油の精製と同じく魔術を使う事でかなりショートカットできる。
元々、この国の『精霊神』様の司る力は光、雷。
アリアン公子は『精霊神』様の力を使って磁鉄鉱から超強力磁石を作り出し、なんとか発電まででこぎつけた。
さらにこの国の王宮魔術師オルクスさんは火の王の杖の所持者だ。
炎熱関連の魔術は相当得意なようで、ふいご作業など人力作業の代わりに術を使うことでかなりの成果を上げることができたたという。
「ご覧になって頂けますか? 精霊古語の文書を読み解くことでできた新しい金属です」
「うわあ、凄い。綺麗な金属ですね」
ヒンメルヴェルエクト最終日前日、見せて貰ったのは向こうの世界を思わせる透き通った美しさを持つ新しい金属だった。
「名前は解りませんが、鉄と新発見された金属を混ぜ合わせたもの。
錆びず、傷に強い金属性質をもつとか。加工もしやすいそうですから色々なものに使えそうですね」
なんとなくステンレスっぽいので新発見された鉱石ってクロムとかそんな感じなのかもしれない。
でも、そうか。
『精霊神』様は自国の大地について良く知っている。
だから、彼らが教えてくれる気になれば、どこにどんな地下資源があるかなども解るんだ。
この世界は向こうの世界とは完全に同じでは無いけれど、空気もあるし、水もあって大地も同じように植物を育て、実りを育む。
物理法則も『精霊の力』という魔術を使いこそすれ、同じ共通のものをもっている。
滞在期間中に蒸気機関、までは流石に完成させることができなかったけれど、時間と素材と人々のやる気さえあればそう遠くないうちに完成させることができるだろう。
私は後で部屋に戻った後『精霊神』様に聞いてみた。
「ラス様。アルケディウスにも地下資源あります?」
『……多少はね。春になったら教えてあげるよ。ただし、使いこなせるかどうかは君たちの『精霊の書物』の読み解きと努力次第』
「はい」
使い方は教えない。自分で見つけ出せ。
という『精霊神』様達の思いは解る気がする。
この世界には、最初から様々な知識が残されていた。
向こうの世界で多くの人達が疑問に思い、研究し、積み重ねてきた科学という人知の結晶。
それらは『精霊神』様達によってこの世界に受け継がれ、『精霊古語』という名で私達に伝えられ。側でひっそりと、見つけ出され使われる時を待っていたのだ。
長い不老不死が人々から、活気ややる気を奪っていたから今まで見つからなかったけれど、今後、そこに新しい知識があることを知った私達は、後戻りすることはできない。
今後、各国の書物を読み解き、秘密を探り、実践し、生活を豊かにしながら先に進んでいくだろう。
『星』はそれを許してくれているという。
長い、500年という不老不死世を経て人はようやく、新しいステージにステップアップしようとしているのかもしれない。
0から新しい法則を見つけ出し、積み重ねてきた先人たちに比べれば私達はずっと恵まれている。『精霊の力』という補助もあるし。
「見ていて下さい。自然や『精霊』を大切にしながら、新しい技術を大切にして人々や、これから生まれてくる子ども達が幸せにできる世界を作っていきますから」
『うん、楽しみにしてるよ』
子ども達が健全に生きる為の世界の環境整備が随分、大きくなったけれど。
子どもが幸せになる為には大人も幸せにならなくてはならない。
幸い、この世界には国同士の戦はない。人間同士が本気で傷つけあい、殺し合う理由も必要もない。
だから、みんなで幸せになる為に、全力で力を合わせることができる。
私はそう思っていた。
翌日、ヒンメルヴェルエクト最終日前日。
「今日もいい天気ですね」
「本当に。南の方は冬が遅いのですね。アルケディウスはもう雪が積もっている頃でしょうに」
「そうだね。もう夜の二月も終わりだから。
今日で七国訪問もいよいよ……って、ええっ!」
空を見上げた私達は自分達の目を疑った。
ほんの一瞬前まで綺麗に輝いていた空がいきなり分厚い雲に覆われた。
「な、なんですか? 一体?」
「マリカ!」
異変を感じて飛んできてくれたであろうリオンが、私を守る様に立つとほぼ同時。
『聞くがいい。そして跪き、慄け。弱き者達よ』
地面を揺るがす地鳴りのような音共に、それは聞こえてきた。
『今、ここに魔王が復活した』
「「え?」」
『人々の悲鳴と血と、力を我に捧げよ。
我が名は エリクス・ヴァン・デ・ドゥルーフ。
勇者の身をもって復活した、真の魔王である』
その時、世界中で空を仰いだ者全てが見たという。
空に立つ『魔王』の姿を。
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