地の国 エルディランド。
大王ホワンディオ様が治めるこの国は、七国の中でもかなり特殊な国であるのだという。
「あのね。エルディランドは『大貴族』がいないんだって。いるのは『王子』だけ」
私はプラーミァの宿屋で、随員への慰労晩餐会を終えた後、使節団のトップを呼び集めた。
リオン、アル、フェイ。ゲシュマック商会のハンスさんと書記官のモドナック様。
私の随員、ミュールズさんにミーティラ様、ミリアソリスと護衛のカマラ。
セリーナとノアールにはお茶出しを頼んだ。
「? それはどういうことなのですか?」
「聞くところによると、エルディランドの『王子』は我々で言う所の『貴族』のような資格でして、王に認められた者の意味。
『王子』でないものは各領地を治める事もできないのだそうです」
「流石モドナック様。お祖父様も情報収集はなされていたんですね」
私は羊皮紙を見ながら頷いた。
今見ながら話をしているその文書は、プラーミァのお土産の中に布に包まれて入っていたものだ。
多分、プラーミァが知る限りのエルディランドと、風国シュトルムスルフトの国と、王家の情報が記されていた。
あんまり大っぴらに他の国の王族に渡せるものではないから、多分こっそり入れてくれたのだと思う。
私達の旅の助けになるように。
いや、もう本当に助かる。
シュトルムスルフトのは後でじっくり検討するとして、まずはエルディランドだ。
「『王子』には大王陛下の直接のお子も少なくありませんが。陛下が見込んだ戦士や文官、魔術師なども多く含まれているとか。
その百人以上。
詳しくは解りませんが毎年順位が入れ替わり、王宮内で立場も変わる。
悪事を為した者などには資格の剥奪も在りえるそうです」
「そういう国策の為か、国民全般が比較的元気が良くて、プラーミァとの戦の結果もほぼ互角なんですって」
ちなみにシュトルムスルフトに対してはプラーミァはほぼ全勝。
勝ちすぎて時々、ワザと負ける等の調整をしているのだとか。
「今の第一位は大王の第一子で、第二位は植物紙と印刷事業の責任者だそうです。本当に血が繋がっていなくても重用されるのですね」
第一位から五位までは王宮で王の後継者候補として仕事をしている。
大王様はかなりの御高齢なので、仕事の殆どからは手を引いているのだそうだ。
第六位からはその能力に応じて領地を任されているとのこと。
五人の王子の中で一番力と勢いがあるのは第二王子らしい。
外様でありながら現在、エルディランドのメイン産業である製紙印刷を司っている。
植物紙の発明と印刷は、何も変わらないこの世界。
不老不死世界 500年唯一の大発明と言われている。
紙の製作方法が門外不出なので、世界を大きく変える、とまではいかないけれど、羊皮紙しかなかったこの世界に大革命をもたらしたのは間違いない。
向こうの世界が証明しているようにあと、数百年もすれば。
エルディランドが紙の製法を他国に明かせば、だけれど。
加えて『ショーユ』と『サケ』。
食事が絶滅していたこの世界で重要視されていなかったけれど、私にとっては正に晴天の霹靂。
この世界にあるとも、作れるとも思っていなかった奇跡のアイテムだ。
「エルディランドには、私と同種の異能をもつ方がいたのだと思います」
「神の世界の知識を見る方でございますね?」
ミュールズさんの問いに私は頷き返した。
随員団の上層部には私は『この世界とは違う世界の知識を見る異能力者』と認識されている。
異世界転生、まで知っているのは魔王城の子ども達を除けば、リオンと、フェイ、とアルまで。
アルケディウス全てでもお父様とお母様が増えるだけ。
国王会議で大王は印刷製紙をエルディランドに知らしめしたた本人は既に亡くなっていると言ってた。
酒と醤油を作り、和紙を作ったことからして多分その人は日本からの異世界転生者だったのだと思う。
もっと早くに気付くべきだった。
ガリ版印刷、って言葉が用語として拡がっていたけれど、これは日本独自の呼び方なのだから。
「正直に申し上げますと、私はエルディランドでソーハと呼ばれる豆、とリアと呼ばれる穀物を入手し、アルケディウスで育てられるようにしたいと思っています」
ソーハは大豆。これは実物に近いものを国王会議で見たから間違いない。
リアは話しか聞いていないけれど、話とリアから作った、と言われるサケの風味からして米だと思われる。
定期的な輸入は勿論頼む。
醤油も酒も、専門の醸造知識と設備が無いと製造は難しいので、アルケディウスでの作成は難しいと思うし。
でも、大豆と米があれば、現代日本人の調理知識を持つ私にはレパートリーが飛躍的に増えるから絶対欲しい。
加えて種麹が手に入れば味噌も作れるようになる。
醤油と酒があるなら麹は存在するだろうし。
「印刷は、食べ物に比べると優先度が低いですが手に入れられれば今後、アルケディウスが発展していく大きな力になると思います」
情報伝達を重要視するなら印刷技術の方が重要と言えるかもしれない。
ただ、国の状況などから推察するに、エルディランドは金属加工とかが得意じゃないっぽい。
ならアルケディウスで手回しミキサーを再現してくれた職人や、ぶっちゃけ天才職人シュウのいるアルケディウスと協力すれば、活字の作成と活版印刷も可能になるかもしれない。
今の『第二王子』は転生者本人ではなく、後継者のようだからどこまで異世界知識を持っているか解らないけれど。
「なので、第二王子とは接触し好を計りたいと思っています。
ただプラーミァでの実例と、エルディランドの国策からして、高い地位を得たいと思う『王子』またはその近辺の人間が、私を手に入れようと求婚という手段に出て来る可能性はありますね」
「でしょうね。今回はグランダルフィ王子のような防波堤は望めない。
大王様もどこまで味方になって下さるかは解りません。行動には細心の注意を払うべきです」
「うん、…って、フェイ。それ私に言ってる?」
勿論、と私を見たのはフェイ、ではなくってリオンだった。
皆も頷いている。
「お前は、子どもと食べ物については目の色が変わるからな。
そこを突かれたら、あっさり落とされそうだ」
「…あう、そんなことはないもん」
一応反論なんてしてみたけれど、プラーミァでの騒動を思うと説得力はない。
皆の信用も無い。
「話を聞くに、一番心配なのは第一王子でしょうか?
生まれだけで地位を固めている存在のようですからね。
実力で地位を得ている第二王子へのコンプレックスから、マリカに手を出す可能性が否めません」
「どんな人なのかな?」
「プラーミァの資料にも詳しい情報はありませんが、戦の勝率はあまり良くない様子…。
さして有能でもないかもしれません」
資料を見ながらのミーティラ様の厳しい目が光る。
ソルプレーザタイプの放蕩息子だと嫌だなあ。
「第二王子に接触するのは良いが、結婚が条件とか言われたらきっぱり拒めよ」
「うん」
それは絶対。
どんな情報もエルディランドに嫁入りしたら教える、という交換条件なら絶対却下だ。
「マリカへの求婚者はプラーミァ方式で全部蹴散らす。
カマラも絶対に王子達を近寄らせるなよ」
「解りました」
カマラは真剣な顔でリオンの指示に頷いてる。
うん、私も改めて注意しよう。
「とにかく、明日からはエルディランドです。
未知の国、未知の人々。
皆さんも、身辺には十分に気を付けて下さい」
「はい」
随員達に声をかけ、私自身も気合を入れ直したのだった。
新しい国と人との出会いに、ちょっぴり胸を躍らせながら。
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