私にとって、ヒンメルヴェルエクト最大の成果。
この国に公家管轄で孤児院を開くことができた。
孤児院の院長というか責任者はマルガレーテ様。
元々、孤児院を気にして時々、顔を見せたりしてたんだって。
子ども達もマルガレーテ様を慕っているし、孤児の生活などについても基礎知識があって話や説明がしやすい。
正直、子ども達を助けただけではダメ。
その後の事を考えるように、とアルケディウスでも言われていたから、信頼できる方にお願いできたこと、かなり満足している。
子ども達は、最初環境の変化に戸惑っていたけれど、直ぐに笑顔を見せるようになった。
「もう、叩かれたりしなくていいの?」
「ええ。ここには理由なく貴方達を怒ったり、危害を加えたりする人はいませんよ。
安心して暮らして下さい」
この一言でどれだけ酷い目に遭わされていたかが解るから、私は一人一人を抱きしめる。
緊急避難的に受け入れたので当面はマルガレーテ様の私邸を使うことになってしまったのは申し訳なかったけれど。でもマルガレーテ様はけっこうノリノリで、使用人たちと一緒に色々と今後の方針を考えて下さっている。
ある程度の年の子もいるので、勉強もさせるけれど、当然仕事もさせていく。
この世界ではやっぱり、子どもでも仕事をして自分の食い扶持は稼がないといけない。
子ども時代は勉強に遊びに、という余裕のある生活を早く用意してあげられればいいのだけれど。
機織り、刺繍などと共に、神殿長に言った通り、小さく細い指先を使う事で繊細にできる細い糸や配線コードのようの金線なども作って貰うことになったらしい。
なんと館の厨房で子ども達に作らせることを条件に簡単な食事も出すことに。
未来の料理人育成だ。今、料理人は一番食いはぐれがない。
子ども達には暖かく、綺麗な部屋に清潔な衣服と、寝床が与えられた。
貴族の館を孤児院にするのはちょっと罪悪感があったのだけれど、マルガレーテ様。
「元々、大して使っておりませんでしたので、どうぞ、お気になさらず」
って、私が必要経費を出すといったのだけれど、受け取って下さらなかったのだ。
「ありがたいお申し出なれど自国の子らの育成に、他国の方から金銭の補助を受ける程、ヒンメルヴェルエクトは財政に余裕がないわけではございません」
とは公子様のお言葉。確かにあんまり無理強いするとヒンメルヴェルエクトの顔を潰しちゃうよね。
なので、退屈しのぎに持ってきた知育玩具を譲ったり、子どもの育成指導に向けてアドバイスをしたりと、実務でお手伝いすることにした。
思いつくままに子どもの保育についての注意点をまとめておく。
レシピも孤児院に残していく分についてはサービスする等配慮した。
何かあったときには連絡してもらうように、通信鏡についてもお知らせ。
七国のうち六カ国に通信鏡を渡しているのに、ヒンメルヴェルエクトだけなしって訳にもいかないしね。
通信鏡のおかげでアルケディウスを経由すれば七国全てが即時連絡を取ることができる。
特にヒンメルヴェルエクトはフリュッスカイトと連絡を取り合いたいのだそうだ。
「精霊古語の書物の中に『電池』というものがありまして。色々な作り方があるようなのですが一番我々が作りやすいのは特殊な溶液に貯めるものなのです」
話を聞いたら二種類の金属片を入れた水溶液を使うって言ったからボルタ電池のことだと思う。
希硫酸とか塩酸とか、水酸化ナトリウム、とか化学薬品名を言われても直ぐには作れないけれどフリュッスカイトなら水の王の杖の力で水を変化させられる可能性があるそうな。
(エリチャンやシュルーストラムの外付け機能を使う許可はまだ出なかった。国に帰ってから実験しろって)
もしかしたら科学に強い国だから、それ以前に薬品を持ってたり、作り方を知ってたりするかもしれないし。
「お互いに技術を交換することで、互いに発展していくことができると思います」
『仲介はお任せ頂きたい。お力になりましょう』
「皇王陛下……」
皇王陛下。蒸気機関や電気などの話を聞いて凄く興味を持ってた。
仲介って名目で情報を得ようって言う気満々だね。
でも、皇王陛下の意図を読んだうえで
「アルケディウスには恩もありますし構いませんよ」
公子様はそう言って笑う。
「むしろ、こちらからお願いしたいくらいです。
通信鏡を始めとする知識を今後とも交換して頂きたい」
フリュッスカイトの公子様達とアリアン公子は気が合いそうだし、七国の連携が密になれば『精霊の力』『魔術』と技術、科学を併用し生活がもっと便利に豊かになるだろう。
まあ、私はまた、
『どうして、其方はいつも騒動を引き起こすのだ! 一度でいいから何も騒動を起こさずに戻ってくることはできんのか!』
と怒られたのだけれど。
今回は反論しない。孤児達救出の為に相当無理したのはホントの事だし。
「まあまあ、皇王陛下。そう怒らず。
姫君のおかげで、この国も大掃除が進みました」
「大公閣下」
「正しく『幸せを運ぶ小精霊』ですな。今や国の人気者ですよ」
「え? 人気って?」
「神殿での儀式で感動した者が多いようです。議会からも滞在中、一度はご尊顔を拝させて貰えないかと要望があって……」
「いつの間に?」
国を超え、笑いあう、今まで年に一度さえもあったことの無かった他国の王族同士。
繋がった七精霊とその子ども達。
それが私は嬉しくて、一年間の長旅。頑張ってきて良かったな。と思ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
これは、誰も。
『精霊神』達も知らぬ、気付かぬ闇の中。
とある二人の会話。
「――――――?」
「まだ、そこまで急いで事を成す必要は無いでしょう。
彼女には借りもできましたし」
「―-。――――」
「ええ、彼は酷すぎた。『神』の名の元に勝手をしすぎた。
『父上』は自らの配下を信じて僕らを送り出したのに、まさか子どもを尊重する事さえ無くなっていたとは計算外でした。彼の態度や行動は本当に困りものでしたから」
「――――――――」
「はい。500年の間に一桁。
そう簡単に僕らのように限界を迎えて『目覚め』送り出される兄弟は増えないでしょうけれど、彼らがこの国に来た時の為に良い環境を整えておくことができたのは良い事だと思います。
流石『父上』も頼りにする『星』の『保育士』ですね」
「――――――――――?」
「『父上』は何も指示を出してきてはおられません。
それは僕達に任せるということ、状況を見るという事。
いずれ、彼女達を手に入れる為に反旗を翻し、『精霊神』と刃を交える時が来たとしても、それは今では無くていいと僕は考えます」
「――――――」
「そうですね。『父上』の理想と思いを彼女達が理解してくれれば。
そして僕らと兄弟達の為に彼らが自分から力を貸してくれるようにできれば良いのですが。
今の状態から察するに『星』と『精霊神』達ががっちりと固めていて、彼らにとっていいように吹き込まれているのかもしれませんね。
二人ともせっかく聡明そうなのに利用されて。もったいない」
「――――」
「『父上』には報告したのでじきに、何か動きがあるかもしれません。
今はお互いに、彼女達との信頼関係構築に勤めましょう。
くれぐれも気付かれないように。
僕はおそらく、もうバレているでしょうが貴女はせっかく気付かれずいい所にいるのです。焦って失ってはもったいないですよ。
まったく、『精霊神』が作った精霊石の道具は力が強くていいですが、やっかいだ」
「----。―――――」
「解っていますよ。
無理はしません。少しずつ、確実に。
全ては『父上』の望みと『兄弟達』の為に」
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