『マリカ、ちょっと話がある。大至急来て欲しいのだが』
「はい、なにか緊急の御用でしょうか?」
大聖都にそんな連絡が来たのは風の一月ももう終わろうという頃だった。
連絡を寄越してきたのは皇王陛下。
直々に通信鏡連絡というのは意外に珍しい。
「騎士試験とかで何か、私が必要な用事でも?」
『いや、そちらは昨日無事に終わった。ヴァルが優勝してな。
去年のレスタードと会わせて、長年の騎士試験常連の名を返上したところだ』
「それは、良かったですね」
セリーナがヴァルさんの応援に行きたいと言うので、一週間のお休みをあげたのは先週のことだ。帰ってきたら話を聞こうと思ってあえて情報は集めなかったけれど、めでたい。
ただ、セリーナとヴァルさんが結婚する話になるとソレルティア様とフェイみたいに大聖都とアルケディウスの双方向単身赴任になってしまうだろう。どうするかは本人達の話を聞いての要検討課題になるかな?
「それなら、ご用とはなんでしょう?」
『『精霊神』様からのお召しだ。お前に渡したいものと話があるとおっしゃっている』
「私に? ラス様が?」
以前は割と普通に大聖都に入ってきていた精霊神様達だけど、『神』が結界をガチガチに張ったという二年前の新年からは滅多に端末さえも入れてくることはなくなった。
私に話をするときは二人とか、それ以上の力で穴を開けないといけないという話を聞いた気がする。
『そうだ。アルケディウスの祭りはまだ少し先だからな。
来て貰えるとありがたい』
「かしこまりました。明日には行けるように致します」
『頼む』
フェイに報告して緊急里帰りとなる。リオンはこちらで騎士団を率いて治安維持関係のお仕事があるので居残り。護衛はカマラのみの日帰り予定だったのだけれど
「ついでと言ってはなんですが、シュライフェ商会に連絡を取りますので、仮縫いをなさって来て下さい。結婚式の衣装も進めたいと言っていましたので」
「解りました。こちらの方はお願いしますね」
フェイにそう言われたので、急遽アルケディウスで一泊することになった。
お父様やお母様も喜んで下さったのはホッとする。
臨時でフォル君やレヴィーナちゃんと会えるのも楽しみだ。
翌日、アルケディウスに戻った私は、その足で神殿の精霊石の間に向かった。
転移陣が同じ神殿内にあるのだから、先に用を済ませてしまったほうが合理的。
皇王陛下からも、挨拶とかは後でいいので、先に精霊神様のご用事を済ませるように言われている。
「お帰りなさいませ。マリカ様」
「留守を任せきりでごめんなさい。フラーブ。
神殿の方に問題はありませんか?」
「今までの業務に葬儀と、怪我人の治療などが加わり、少し忙しくなりましたが混乱などはなくなんとかやっております」
「それは良かった。もし困ったことなどがあればいつでも言って下さいね」
「ありがとうございます」
アルケディウスの神殿は、自分で言うのもなんだけれど、一番職務に対する清浄化が進んでいるので、多少の揺らぎにはびくともしない強さがある。
任せておいていいだろう。
神殿奥の精霊石の間に向かい、カマラとフラーブを見張りに立てて、一人で中に入る。
特に灯りは無いのに薄く輝く緑の巨大水晶。
全てを知った後、精霊神様達と会うのは初めてな気がする。
ふと、私は重力に逆らい宙に浮かぶ水晶を見つめた。
厳密には水晶では無いのだろうけれど。
これは自分の本体とラス様が言った通り、ナノマシンウイルスと融合し、バイオコンピューターと化した精霊神様達の体。
これを失うと多分、精霊神様達はその存在を維持できなくなるのだろう。
ちょっと、怖い気がする。
警戒は厳重で、滅多に普通の人は入れないとはいえ私達の手に精霊神様達の命が託されているなんて。
不老不死世。神の時代。これが壊されるようなことにならなくて良かった。
多分、神も、そこまでは望んでいなかったのだろうけれど。
考えに耽ってしまった頭を振って、私は前を向いた。
精霊石の前に膝を付き、祈りを捧げる。
(「ラス様。お召しにより参りました。何か御用ですか?」)
そう私が語りかけると同時、いつものようにトプン、と身体が異次元に沈む。
神々の領域、疑似クラウドが開いたのだろう。
焦ることなく深呼吸。眼を一度深く閉じて開けば。
「やあ、マリカ。お帰り」
「ラス様」
そこには緑の精霊神、ラスサデーニア様がいた。
少し寂しそうで、悲しそうで、申し訳なさそうな笑みを浮かべて。
「そんなに時間は経っていない筈なのに、凄く久しぶりに会ったような気がするよ。
もう、君はほぼこちら側の存在になってしまった」
確かに、久しぶりの気がする。ヒンメルヴェルエクトでキュリッツオ様にはお会いしたけれど、余分な話はしなかったし。
「自分ではあまり大きく変わったって自覚は無いんですけれど、そうなんですか?」
「うん。言ってみるなら、地球時代の能力者と殆ど同じになっているんだ。
肉体がナノマシンウイルスによって作り替えられて、普通の人間とは遺伝子からまったく違う構造になっている」
「へえ~」
「精霊の力を本格的に使うには体にそれを支えるだけの力が無いといけないんだろうね。
普通の人間は、身体を作り替える変化に耐えられなかった。自分の身体に軽く力を借りる『能力』くらいなら大丈夫だけど。だから、人間が精霊の力を使うには精霊石の補助が必要で、本格的に使おうと思うなら、身体を作り替える変生が必要だった」
「そうなんですね」
我ながら気の抜けた返事だと思うけれど、自分の体の中がどうなっているかなんて解らないから返事のしようがない。
「今の君には自動翻訳機能みたいなものも備わっているから、どの国の精霊古語も読めるし、理解できる。話そうと思えば話せると思うよ。書くのは身体に依存するから訓練が必要だろうけれど」
「ああ、だからリオンはどんな言葉も読めたのに、書くのが苦手だったと」
納得。つまりリオンは本当に最初の最初から、私達と違う『精霊』だったんだ。
そして、精霊とはナノマシンウイルスを使用する為に調整され、適合した存在。
ナノマシンウイルスは単体では凄い力があってもそれを有効活用するには媒介となる宿者が必要なわけでそれが精霊石であったり、私達のような人型精霊であったりする。
「この星に根を下ろした子ども達や子孫の中には、ごくごく稀に能力者並の適合力を持つ子もいてね。そう言う子は大抵人々の指導者になって、死後は精霊石として人々を守ってくれている」
「魔王城の島の長の精霊石や、精霊石のついた道具はそういう過程からできたんですか?」
「うん。死後を捧げても、人々を守ることを望んでくれた優しい子達だ。
そして……今は君も、こちら側の存在になっている」
「はい」
夢から醒めた後、ステラ様は意図してか私に『そういう』話をしなかった。
もう、今から嫌だと拒絶しても逃れるのは不可能な類のことだから。
「覚悟はできてる? 人の輪から外れることの」
「はい。私は、お父様やお母様、リオンやアルやフェイ、魔王城の子ども達。
この星に生きる人々が笑顔で過ごせる世界を護り、支えたいと思います。
その為にできることがあるのなら、逃げるつもりはありません」
「君は、本当にいい子だね。親に似たんだろうな。きっと」
「親……」
ラス様の言葉の意味を噛みしめる私に、頷き、振り切るようにラス様が笑う。
「うん。そういうことなら、改めて僕らは君を仲間として、兄弟として、家族として受け入れる。全力で君達に力を貸すよ。
今後ともよろしくね」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
指し伸ばされた手を握手だと思って掴もうとしたら、ぐっと引き寄せられてハグされた。
いやらしさの無い、心からの家族の抱擁だと思うけれど、どこか切なさを感じるのはラス様の身長を私が、いつの間にか超していたからだろうか?
今は、ほんの少しだけれど。私はこれからもっと大きくなるのだろうか?
それともこの大きさのまま固定されるのだろうか。
聞く勇気は今は出ない。
「そうだ。君を呼んだのはこんな話をする為じゃないんだ?」
「え? そうなんですか?」
「詳しい話はこれからゆっくりとしていくから。みんなも、君達を待っているし。
今日、急ぎで呼んだ理由はこれ」
「これ、って……わああっ!」
私を名残惜しそうに、でもきっぱりとした声と態度で胸から離してラス様は指を弾く。
パチンと、いう乾いた音と同時、私の頭上から、ふわりと何かが落ちて顔と身体を覆う。
「うぷっ。な、なんですか? これ」
顔にかかったそれを、慌てて外すと思ったより柔らかく、すべらかな感触。
布だった。大きな大きな、染み一つない純白の。
「プレゼント。僕達、いや、正確に言うなら君のお父さんからの、ね」
慌てる私を見ながらラス様は微笑する。
優しい、家族の顔をして。
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