【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

夜国 リオン視点 帰って来た皇子と消えた皇女

公開日時: 2022年11月14日(月) 08:52
更新日時: 2023年2月23日(木) 12:21
文字数:4,185

 おかしい。

 何かが……明らかにおかしい。


 俺は相手と手合わせをしながら感じていた。

 

 アーヴェントルクの騎士将軍が一人。

 グレイオス。


 彼は、俺にマリカへの求婚を賭けて勝負を挑んで来た筈だ。

 恵まれた体躯と、確かな腕を持っている。


 なのに、この男は戦いの開始後からずっと、のらりくらりと俺の攻撃を躱すばかりで、一向に仕掛けてくる様子を見せなかった。

 今までマリカの求婚者の実力者は腕の良しあし、実力の差はあれど、皆、俺をなんとしてでも倒そうと血走った眼で襲い掛かって来た。

 俺を倒せば、マリカの婚約者の一人として、名乗りを上げられる。

 そうすれば、貴族社会で一気に有利に立てるだろう。


『新しい味』『アルケディウス皇女』『聖なる乙女』


 王族、皇族も喉から手を出して欲しがる至宝。

 それがマリカなのだ。


『マリカを奪われたくないのなら、覚悟を決めろ。アルフィリーガ!』


 ライオに言われるまでもなく、俺は世界の全てを敵に回そうと、マリカを守ると決めている。

 戦で精霊石を守る名誉な地位を授けられた騎士将軍。

 身分は高いのだろうけれど、地位に実力が伴っていない男になどマリカを託すつもりは毛頭ない。

 けれど、こいつはそれ以前だ。

 やる気があるのか、無いのか解らない。



 彼と剣を交すのは二度目。

 一度目はほんの一月前のこと。

 夏の戦で精霊石を守る彼と戦った。


 その時も思ったけれど、弱くは無い、

 堅実で確かな技は、しっかりとした指導を受けた者だろう。

 人のレベルとしてなら十二分に国のトップを張れる。


 けれど、弱くは無いだけ。

 強いと、思える相手では無い。

 五百年の時間があり、その時間を戦いの訓練に費やし己を高めた戦士達がこの世界にはいる。

 プラーミァの国王やカーンダヴィット、フリュッスカイトの騎士将軍ルイヴィル卿。

 彼らに比べれば一段劣ると言わざるを得ない。

 技術の面でも、精神の面でも。

 七国でも一二を争う強国、アーヴェントルク。

 その頂点に立つ騎士将軍の一人としてみればあまりにも…。


(いつまでも、付き合って遊んではいられない。行くか!)


 俺は、後ろに下がると同時、足に力を入れて、跳躍。

 奴の懐に一気に踏み込み、身を屈ませる。

 そのまま遠心力と身体の力で足首を払った。

 まわし蹴りだ。


「ぐっ……」


 恵まれた体格の持つ膂力でなんとか、たたらを踏むに留めたのは大したものだが、崩れた体制を見逃してやるつもりは無い。


「これで、終わりだ!」


 そのまま一気に胸元に潜り込んで、襟首をつかみ膝に足をかけた。

 全身の力と膝のバネを利用してやれば、奴の身体は軽々と宙を舞い、地面に背中から叩きつけられる。


「が! ぐああっ!」


 つぶれたカエルのような音が喉から零れ、奴は意識を飛ばした。

 これ以上は戦闘続行不可能の筈だ。


「では、失礼する……」

「ま、待て……。これは、剣の勝負だ…まだ、勝負は……」


 お辞儀をして去る俺をグレイオスはまだ、止めようと手を伸ばす。

 もう、誰が見ても勝負はついていると思うが……

 それでも、やろうというのなら…。

 俺が短剣を持ち直した時だ。


「何をしている! グレイオス!!」


 場を一瞬で支配する強い声が響く。

 俺はとっさに武器を隠し普通のものへと持ち直す。


『戦士ライオットが娘婿候補に貸し与えた、勇者アルフィリーガの武器の写し』


 マリカ皇女の婚約者リオンがカレドナイトの短剣を使うのは周知の事実になりつつあるが、それでもこの男に見せてしまえば写しではないと気付くかもしれない。

 一時、仲間であり友であったアーヴェントルク皇子 ヴェートリッヒには。


「あ、兄上……。どうして……こちらに……。

 お戻りは今日の夜の筈では……」


 兄上と聞いて、少し驚いた。

 そういえばヴェートリッヒには三人の妾腹の弟がいると聞いた。

 三人とも生まれた時から臣下に落されて一人は文官。一人は神殿長、そしてもう一人は騎士……。

 そうか、騎士になった弟がグレイオスだったのか?

 戦ではそぶりも見せなかったから、気付かなかった。


「嫌な予感がしたんだ。

 だから、最低限の用が済んだら後をアザーリエに任せて戻って来た。

 でも……。どうして、お前がそれを知っている?」

「……ッ」

「そもそも、何故お前がマリカ皇女の婚約者に決闘を申し込んでいる?

 お前は愛妻家で、妾一つ持たない真面目な男なのに」

「……そ、それは…」


 余計な事を言ってしまった。

 そんな顔つきでグレイオスは唇を噛むと顔を背ける。

 荒げられる声と正反対に、俺の頭は急速に冷えて行った。

 彼が決闘を申し込んできたのが、もし本人の意思ではないとしたら……。

 その目的は……。

 

「と、いうかマリカ皇女はどこだ??

 護衛騎士と離れ、どこにいる? 厨房か……? まさか……」

「しまった!」

   

 俺は、瞬時に走り出した。全速力。

 城の中ですることではないが、気にしている余裕はない。

 さっきの皇子ではないが嫌な予感がする。

 とてつもなく。


 さっきの騎士将軍がマリカを欲していないのに、俺に決闘を申し込んで来たのだとしたら、その理由はなんだ?

 俺とマリカを引き離す事?

 時間を稼ぐこと?

 護衛騎士と、護衛対象を引き離そうとする者がもしいたら、その人物は間違いなく『敵』

 護衛騎士が側にいては困ることをしようとしているのだから。


 今、マリカの側にいるのは……。


「私はアルケディウス騎士貴族 リオン。

 我が主、マリカ皇女に火急の用件がある。ここを通されたい!」

 

 俺が女性皇族のプライベートエリアに立ち入ろうとすると、門番の騎士が首を横に振った。


「この先は、男子禁制の特別区画。

 何人とたりとも勝手に立ち入ることはできません」

「現在、皇女は皇妃様とのお茶会の最中です。終了までどうかこちらでお待ちを」


 彼らの職務上、その言葉も対応も正しく、理解できる。

 けれど、胸の中に広がる言葉にできない暗雲は消えない。

 濃さを増し広がる一方だ。


「何があったんだ? 少年騎士!」

「ヴェートリッヒ皇子……」


 俺の後を追いかけてきてくれたのだろう。

 ヴェートリッヒ皇子の姿を見止めた俺は、スッと膝をついた。


「皇子。

 申しわけございませんが、皇妃様にお取次ぎ頂ける様にお力をお借りできませんか?

 嫌な予感がするのです。皇妃様のお茶会に呼ばれたマリカに……もしやなにかが……」

「! ちょっと待て、今、何と言った?

 母上が? 

 マリカ皇女をお茶会に招いた?」

「はい。アーヴェントルクでの滞在終了を前に、お礼をしたいと直々に……」


 その瞬間。

 皇子の顔が色を変えた。

 夜を徹して駆け抜けて来たのだろう、いつもよりも赤みを帯びてさえいた顔が一気に血色全てを失い純白に変わる。

 その真剣な眼差しに、俺は遠い遠い過去を思い出す。




 森の奥で戦いを前にした、他愛もない雑談。

 身の上話、過去の話。

  

「いいな。君達は。

 愛してくれる家族がいるのだろう?」


 寂しそうに呟く青年に、戦士はなんとも言えない顔で肩を竦めて見せた。


「俺もこいつも、家族に恵まれているってわけでもないけどな」

「王宮って、基本、子育てには向いてないとこだよね~」

「俺は母上がいないし、こいつは両親もいない。

 まあ、愛して頂いた実感はあるけど。

 お前の方が羨ましいと思うぞ。父皇帝がいて、母上も妹もいるのだろう?」


 けれど、アイツは硬い表情で頭を振ったけ。


「いるのと、愛してくれるのは別物さ。

 それに……。本当はもういないのかもしれないし」

「え?」

「もしかしたら……あの人は……」

 母上は……」

「どうかしたの?」

「いや、何でもない。

 とにかくアーヴェントルクは色々と大変なんだよ。

 皇族も自分の欲しいものの為には手段を選ばない性格だからね。

 妹は我が儘だし、母上は妹以外の皆に厳しいし。

 アーヴェントルクの魔女、なんて言われてるくらいなんだよ」


 軽口と悪口に隠した本音は、結局、旅の間言葉には紡がれなかった。

 彼が本当に仲間となり、共に旅をすればいつか続きを聞けたかもしれない。

 けれど彼は、国に、家族の元に帰って行った。

 それでも、自分に応えてくれない国と家族であっても、大事だと微笑んで……。




「まさか……母上は……また? 本気で……」

「皇子!」


 呆然と、我を忘れたかのように目を見開いた皇子は俺の声に我に返ると、護衛騎士達の前に宣言した。


「アーヴェントルク第一皇子ヴェートリッヒの名において命じる。

 今すぐ扉を開け、取り次げ……母上に火急の要件有りと」


 強い『命令』は決して荒い頭ごなしの命令ではない。

 けれど深く、底冷えのする声で発せられ扉の前に立つ騎士達を身震いさせた。 


「で、ですが、皇妃様からは、呼び出しがあるか、話が終わるまで何人たりとも決して中に入ってはならぬと……」

「反論するな! 騎士風情が第一皇子の命令に逆らうのか!!!」


 なおも従わぬ配下の頭上に鋭い意思が落ちた。

 反論を許さぬ決然とした迷いのない皇子の命令に、亀のように首を竦めると


「わ、解りました。少々お待ちを……」


 護衛騎士の一人が、駆け出して行く。

 アーヴェントルクの皇子は女たらしで皇帝の期待に沿えない役立たず。

 そんな一部の評価は、この一連の動きを見ただけでも間違いだと解る。

 解る筈だ。


 ギリリ、と、歯を噛みしめる音がする。

 砕けても構わないというような鈍く、それでいて鋭い音は、自分では無いこの皇子が発したものだと俺は理解する。

 俺には、正直、まだ今の状況がどれほど切迫したものかが、完全には解らない。

 見えているのはきっと、この男だけだ。 


「……言った筈なのに。アーヴェントルクの皇族に決して油断するな、と」

「皇子、それは……一体、どういう事……」


「た、大変です!」


 彼が答えを紡ぐより早く、皇妃への取り次ぎに入った筈の女騎士が転がるように出てきて、皇子に跪く。


「皇妃様の部屋に、誰もいません。

 本当に、誰も! 私達がこの扉を守っていたので、他に誰も出入りした者はいない筈なのに!」

「なんだと!」「どけ!」


 俺が、問いかけるより早く、皇子は開いた扉の隙間を抜け、駆け出して行く。

 一瞬遅れて、俺はその後を追いかけた。

 城の構造を理解しきっていない俺と、全てを理解している皇子の差は明らかで、俺は最初から最後まで彼を追い抜けぬまま、そこに辿り着いた。


「……どういうことだ。マリカと随員達はどこに行ったんだ?」


 部屋には誰もいない。

 だから、俺の呟きに応える者はいない。


「母上……まさか、そこまで……」


 ただ、すっかり冷え切ったテアと食べかけられて床に転げた菓子が、この部屋で、何かが起きた事を、

 いや、何が起きたかを雄弁に物語っていた。

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